戸籍もなく、別人として生きた理由とは 「桜花」提案者の隠された戦後史
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「義父が桜花を発案したということはずっと家族の胸にしまってきました。でも最近、テレビ番組でたまたま目にした桜花の映像に衝撃を受けて、、、」
衝撃的な一本の電話がきっかけになったノンフィクション『カミカゼの幽霊 人間爆弾をつくった父』(神立尚紀著)を紹介します。
爆弾、アメリカからは「BakaBomb」(バカボン)ともよばれた悲劇の特攻兵器「桜花」。生還不能の条件で集められた桜花の部隊「第721海軍航空隊」いわゆる「神雷部隊」は、沖縄への特攻出撃を繰り返し、その戦没者は829人にものぼりました。
その桜花の提案者とされる大田正一さんは、公式記録では終戦直後の1945年8月18日、茨城県神之池基地を零戦でひとりで飛び立ち、遺書を残したまま行方不明になり、殉職したことになっています。
しかし、実は戦後も生き延び、別の名前で無戸籍のまま結婚し、家族にも正体を隠したまま子供まで育てていたのです。
旧軍人、遺族など500人以上を取材し、元零戦搭乗員やその遺族などで構成する「零戦の会」会長をつとめる神立尚紀さんが、突然、大田さんの遺族からかかってきた電話をきっかけに、「幽霊」として生きたその足跡を、家族とともに追いかけます。
大田さんはなぜ行方不明を装ったのか。なぜ正体を隠さなくてはならなかったのか。特攻隊遺族から恨まれた彼は本当に「桜花」の真犯人だったのか。そして、無戸籍の大田さんは戦後どんな生活を送り、その家族にはどんな運命が待ち構えていたのか。
その数奇な生涯を追う中で、特攻兵器にまつわる非情な歴史、そして大田さんを利用した海軍上層部の狡猾さも浮き彫りになります。
この夏に読みたいノンフィクションです。(瀬)