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NewsPicks副編集長・須田桃子が選ぶ「この科学ノンフィクションが面白い!」

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現在、NewsPicks副編集長として活躍する科学ジャーナリストの須田桃子さん。新聞記者時代には世を騒然とさせた科学スキャンダルを徹底取材した『捏造の科学者 STAP細胞事件』で、第46回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞、最先端科学から科学技術政策のあり方まで、サイエンス分野を幅広く取材し続ける記者の一人です。そんな須田さんがスローニュースで読んだ、イチオシの科学ノンフィクションとは一体、どんな作品なのでしょう? 

須田桃子科学ジャーナリスト。2001年毎日新聞社入社。水戸支局を経て2006〜2020年、科学環境部に所属し、科学、医療、科学技術行政などを取材。『捏造の科学者 STAP細胞事件』(2014年)で大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞。2冊目の単著に、約1年間の米国取材を基に書いた『合成生物学の衝撃』(2018年)。日本の科学の現状と背景を追った科学面の長期連載「幻の科学技術立国」で取材班キャップを務めた。同連載を再構成・加筆した『誰が科学を殺すのか』で2020年に科学ジャーナリスト賞。2020年4月からNewsPicks副編集長。

須田桃子さんおすすめの科学ノンフィクション
海部陽介『サピエンス日本上陸』
松原隆彦『宇宙に外側はあるか』
緑慎也『13歳からのサイエンス』
山田剛志『搾取される研究者たち』
豊田長康『科学立国の危機』
三井誠『ルポ 人は科学が苦手』
ベン・スミス『フェイスブック内部告発 全内幕』
小泉武夫『納豆の快楽』

――NewsPicksはサブスクリプションサービスですから、SlowNewsとはある種競合サービス。今日はご協力いただいて、ありがとうございます。

須田 いえいえ、スローニュースの理念には最初から共感していましたから、サービスは愛用しているんですよ。いまの時代、新聞の購読者が減っていて、雑誌もまた休刊が相次いでいる。そんなノンフィクション冬の時代に、過去の名作と言われるような作品から最新の記事まで、ひとつのサービスの中で自由に読めるというのはほんとうに贅沢だな、と思います。

デザインがいいですよね。背景色をちょっとグレーがかった生成りの色に選択できますよね。これが好きです。文字がくっきりしすぎていないのも気に入っています。収録する記事や作品を大切に扱おうとしている感じが伝わってきます。

——ありがとうございます。作品面では今後、もっとサイエンス系の書籍や記事をカバーできるようにしたいと思っています。現状は「#サイエンス」や「#資源・環境問題」「#テクノロジー」にあるような作品なのですが、須田さんが面白く読んだ作品はありましたか?

須田 まずは誰が読んでも面白いと思える一冊をご紹介します。海部陽介さんの『サピエンス日本上陸』。3万年前の人類がどうやって海を渡って日本列島に移住してきたかというのを、実際に舟を作って実証実験をしていくという研究をまとめた本なんですが、「ここまでやるの?」という実験の徹底ぶりなんです。最初は原始的な草束舟で航海実験してみるんですが、うまくいかない。手を替え品を替えで船をバージョンアップさせていき、最終的には丸木舟で実証に成功するんです。このプロセスがまた面白い。何度も失敗するけど、それで次が見えてくる、次につながるというところがうまくストーリーにもなっていて。

——失敗学的でもありますね。

須田 まさにそうですね。そしてとにかくロマンがあるんです。3万年前の人類は、どういう心境だったんだろうって、読んでいるうちに想像できてくる。考えうる渡海ルートの一つが現在の台湾から琉球列島に渡るルートなのですが、当時の台湾では食糧不足で困窮しているわけでもなく、普通に住める土地だったと言います。でも、海の先の遥か遠くに島影を認めた時、人々はそこに行ってみたいと思った。そこは想像だから科学じゃないんですけど、筆者の海部さんは、台湾の山に登って、実際に島影が見えるかどうかという調査までしています。実験を重ねたからこそ、説得力のある想像が生まれる。科学的な読み物でありながら、想像の余地が生まれるという、とても珍しい作品でもあると思います。これまで科学ノンフィクションを避けていた方にこそ、読んでみてほしいですね。

ブラックホールに身を投げたら、どうなる?

——須田さんは学生時代に宇宙物理学を学んでいたそうですが、宇宙系の作品で気になったものはありますか?

須田 松原隆彦さんの『宇宙に外側はあるか』はおすすめです。現代宇宙論の基礎的なところの概観をつかむのにはちょうどいい本です。何かと難しい現代宇宙論の歴史も整理して伝えてくれますし、いま直面している最先端のナゾが何なのかもわかる。もちろん2012年の本なので、現在はもっと解明されている部分もあると思います。ですが、日々ニュースで接する宇宙関係の報道を深く理解するためにはうってつけ。

——宇宙って言われても、ほとんどの人にとっては月旅行が実現したとか、その辺で理解がストップしてしまいますよね。

須田 ですよね。でも、この本にも書いてあるんですけど、月や宇宙ステーションって太陽系の話、地球近傍の話であって、広い宇宙で考えれば、ほんとうに私たちの近所レベルの話なんですよ。本の中では宇宙全体、宇宙の大規模な構造はどうやってできたのか、その証拠はどこにあるのかということを話している。こういうスケールの大きな世界の話はSFが好きな人に相性がいいかもしれないですね。私もSFが好きで、少し前に中国のSF大作『三体』の完結篇を読んだのですが、一つのエピソードとしてブラックホールに吸い込まれた科学者の話が出てくる。で、この『宇宙に外側はあるか』には実際にブラックホールに人が落ちたらどうなるかも書いてあるんですよ。基礎的な知識をまとめてくれている新書系は、SFの副読本になり得るという一例です。

——日々の不思議を解き明かしてくれるのが、科学ノンフィクションや解説書の面白さでもありますね。

須田 「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です」。これはノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎さんの言葉ですが、この名言を引用している緑慎也さんの「13歳からのサイエンス」は、科学と教育のあり方にさまざまなヒントをくれる連載記事ですよね。好奇心を抱くだけじゃなくて、それを持続させて深掘りしていく子ども、若者たちの姿をルポしていますが、ここで取材されているのは教育者や親の姿でもあります。「科学の芽」をどう育てていくか、時間をかけてもいい環境をどうやって整えてあげられるか。これは教育に関わる問いかけでもあり、また、科学政策にも関わる問いかけでもあります。

科学って、ほんとうに何年も地道な実験を重ねてようやく1本の論文になるような世界なんです。ところが今は、何かとインスタントな発想や実績が求められがちになっている。科学の本質が蔑ろにされ始めていると思うんです。

——須田さんが毎日新聞時代に取材班キャップを務めた連載「幻の科学技術立国」はまさにこの問題にフォーカスしたものでした。現在は『誰が科学を殺すのか』という本にまとまっていますね。

須田 この重要な問題について、スローニュースで読めるものとしては山田剛志さんの『搾取される研究者たち』や豊田長康さんの『科学立国の危機』があっておすすめです。

産学協同プロジェクトが日本でも一般的になってきていますが、『搾取される研究者たち』には、法律的なところに疎い研究者たちが、時に現場で不利益を被っていたり、理不尽な目に遭っていたりするという実態が書かれています。そして『科学立国の危機』は、なぜ日本が科学立国を目指しながらも凋落したのかを、圧倒的な量のデータを元に解き明かしています。データにものを言わせるというのは、相当な分析力と、データとデータの編集力が必要です。データを読み解くとは何かを教えられるような、まさに労作だと思います。

なぜ科学を信じられないのか?

——須田さんは科学ジャーナリストとして、どんなことに気をつけて伝えようとしているんですか?

須田 サイエンスの「面白さ」と「事実」をわかりやすく伝えることが大切だと思っています。これによって、報道に説得力が生まれると信じています。ただ「事実」を伝える際に難しいのは、正しい知識を伝えるだけでは、かえって意見対立を激しくしてしまう場合もあるということです。

三井誠さんの『ルポ 人は科学が苦手』はアメリカでなぜ「科学不信」が広がっているのかを追った作品です。進化論への反発者、地球温暖化などを「存在しない」とする層。なぜ人は科学的事実を信じることができないのか。ものすごく考えさせられる作品で、いま一度、科学報道の伝え方や、意味について立ち止まって問い直さなければと思うような一冊でした。

この本はアメリカの事例をルポしているんですが、日本は違うかというと決してそんなことはありません。それはコロナをめぐる一連の政治を見ていてもわかりますよね。結果としてうまくいっているように見える部分もあるけれど、科学を反映した政策になっていたとは言い難い。第5波で急速に感染者が減少した理由が明らかにされないまま、今も経済政策や医療政策が議論されている。政治と科学のあり方について考えるきっかけにもなる作品だと思います。

――いまや科学とテクノロジーは切り離せない分野でもありますが、「#テクノロジー」のジャンルで気になった作品はありますか?

須田 テクノロジーそのものの記事ではないんですけど、「フェイスブック内部告発 全内幕」は面白かったですね。ウォール・ストリートジャーナルが先駆けたフェイスブック元社員の内部告発が、なぜ世界を駆け巡るスクープになったのか。あるニュースが「スクープ」になるまでの一部始終と、メディアと告発当事者たちの駆け引きがここまで明らかにされた記事って、なかなかないですよね。とにかくスリリングで興味深い作品でした。

——ライバル社同士が同じSlackで情報共有する……というか、させられる展開になったり、知られざる舞台裏が細かく取材された記事でしたね。

須田 スクープ合戦はどこの国でもまだなされているわけですが、一方で最近は異なるメディア同士が共同戦線を張ることも増えていますよね。ウェブメディアと地方新聞社のコラボのように。ジャーナリズムの取材手法って時代や国によって変わっていくものなので、メディアで働きたいと思っている学生にも読んでみてもらいたい記事でした。とはいえ、今は記者を目指す人も少なくなっていますからね……。ジャーナリズムの面白さ、謎を解いていくスリル、そういう奥深さを感じてもらえるといいですよね。

科学ノンフィクションには、物語る文体がもっと必要

——須田さんの大宅賞受賞作『捏造の科学者 STAP細胞事件』も、謎に包まれた疑惑、人物を解き明かしてくようなスリリングな作品でした。

須田 当時私は毎日新聞で科学を専門とする記者でしたから、この問題が起きたときにまず最初に真実に辿り着きたい、スクープを取りたい、と正直に思いました。これは記者としての本能なんだと思います。ただ、それだけではないもう一つの思いがあったんです。それは私自身が当初、理化学研究所による「STAP細胞が発見された」という発表を信じ切って報じてしまったことに、後始末を付けなければならないという思いです。なぜ不正だらけの論文が世に出てしまったのか。途中で誰も気がつかなかったのか、それとも気がついたけれど止められなかったのか。人物、組織、科学研究の現在といった観点から、その背景を解き明かして、誰もが納得できる報道をしたいと思っていました。

——ここまで話を伺っておきながら『捏造の科学者 STAP細胞事件』はまだ、スローニュースに入っていないんですよね……。

須田 ぜひいつか、お願いします(笑)。スローニュースではあと、海外の科学ノンフィクションが読めるようになればうれしいですよね。ローワン・ジェイコブセンの『ハチはなぜ大量死したのか』は私が好きな科学ノンフィクションの一つですが、ハチの視点に立った叙述があるなど、ストーリーテリングが抜群なんですよ。科学ノンフィクションには、この作品のような物語る文体と構成がもっと必要なんだと思っています。

――さらに充実した本棚が作れるようにしたいと思います。

須田 そういえば、新聞記者のスタートは水戸支局からだったんです。なので、スローニュースに入っている小泉武夫さんの『納豆の快楽』。これがとても気になっていて、次はこれを読もうと決めています(笑)。

構成・撮影=鼠入昌史


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