「手錠は規則だから外せない」救命のための医師からの要請に応じない警視庁の非道な振る舞い
警視庁に逮捕された40代女性が心臓の病気で留置場から病院に救急搬送された際、手錠につながれたままの状態で治療を受けさせられていた──。
無罪主張を続ける女性が、300日以上に及ぶ勾留体験を独占告白した。医療行為中の戒具(手錠・捕縄)の使用はどこまで許されるのか。
女性は「人間扱いされているとは到底言えなかった。適切な医療を適切な形で受けさせてほしかった」と訴えている(全2回のうちの1回目)。
スローニュース 宮崎稔樹/フロントラインプレス
勾留322日、一貫して無罪を主張
2024年5月23日、新型コロナウイルス対策の雇用調整助成金を不正受給したとして、詐欺罪に問われた日下早苗さん(48)は、東京地裁の公判で被告人質問に臨んでいた。紺色のスーツ姿で背筋を伸ばし、経営するコンサルティング会社の設立経緯や共犯とされた他の3被告との関係などについて淡々と答えていく。
警視庁渋谷署が日下さんを逮捕したのは、今から約1年2か月前、2023年6月10日のことだ。他の容疑者が経営する会社が、コロナ禍の休業手当を従業員に支払ったかのような虚偽の申請書を作成し、国の雇用調整助成金をだまし取ったという詐欺容疑だった。警視庁は逮捕した4人のうち、日下さんが指示役であるとのシナリオを描いていた。
日下さんや弁護人によると、経営コンサルタントの日下さんは、他の容疑者から相談を受けた際、助成金の仕組みや申請の仕方についてアドバイスし、申請書類の作成を手伝ったことはあった。
だが、伝えられた従業員の休業などが虚偽とは知らなかったという。日下さんが勾留中に綴っていた「被疑者ノート」の記述によると、取り調べの際、渋谷署の女性警察官は「机の上を叩きながら」「嘘ばかり言うな。国のお金をだまし取って子どもにご飯を食べさせて恥ずかしくならないのか。お前らの被害者は国民全員。同じ親として恥ずかしい。子どもがかわいそうだ」と怒鳴られ続けた。
その後、東京地検は他の容疑者とともに日下さんを詐欺罪で起訴。詐取した補助金は総額3030万円とされた。この間、日下さんは「不正受給には関わっていません」と一貫して否認し、それ以上の質問には黙秘を続けた。
そのためか、保釈請求は却下されるばかり。認められたのは4回目、逮捕から300日以上が過ぎた2024年4月26日だった。前日の誕生日は東京拘置所で過ごしたほか、三女の中学校の卒業式や高校の入学式にも出席できなかったという。
最高裁の司法統計年報(刑事編)によると、詐欺罪で起訴後も勾留された被告3029人の8割が半年以内に保釈されている。このことからも日下さんの「勾留322日」という長さが際立つ。
1年近い勾留で、日下さんは体調の悪化を最も懸念していた。約10年前から患っている「冠攣(かんれん)縮性狭心症」という心臓の持病。日本循環器学会が公表しているガイドラインによると、胸に痛みが走り、悪化すれば心筋梗塞を起こし、突然死もあり得る。
日下さんは閉所恐怖症でもあり、警察官が両脇に座る護送車での移動や3畳ほどしかない留置所の環境が、冠攣縮性狭心症の悪化に拍車をかけたという。パニックになりそうになるのを抑えようと力むと、胸の不快感が強まった。
そうしたなか、問題の「手錠したままの治療」が起きた。
心臓に持病、外部病院の診察は認められず
否認と黙秘を続ける日下さんは、弁護人から「被疑者ノート」を差し入れてもらい、日々の出来事を自殺防止用の特殊なペンで記録していた。
被疑者ノートとは、取り調べの様子などを残すためのもので、日本弁護士連合会が統一書式で制作している。違法・不当な取り調べを予防したり、後日の公判で役立てたりする目的。記載の内容には秘密交通権が保障されており、捜査側はノートの内容に干渉できない。
その記録によると、日下さんが最初に胸の違和感を覚えるようになったのは、逮捕から間もない2023年6月下旬だった。7月12日の項には、<この2週間ぐらい胸が痛い。あんまり眠れないし苦しい>と書き残している。留置されていた原宿署(東京都渋谷区)の署員に「専門医の診察を受けたい」と毎日希望したものの、「あなたより大変な人がいるから」と相手にされなかった。
8月4日、原宿署で測った血圧の値は「136」だった。元々が低血圧で「下が40~60、上が80~100」が通常値の日下さんにとって、明らかに高い数値。かかりつけ医には日頃から「低血圧の人の血圧が突然上がると、心筋梗塞になる可能性があるからよくチェックするように」と言われていた。
閉所恐怖症が狭心症の症状を悪化させる可能性もある。この日も専門医の診察を原宿署の署員に申し出たものの「高血圧は150以上」と断られた。被疑者ノートには、<上手に息が吸えていないみたいで、手足がしびれている。狭い所が苦手だから、毎日つらいけど、今日はもっとつらい。息がしづらい>という書き殴った文字が残っている。
普段から使っている「ニトロ舌下錠」という狭心症用の薬を処方されただけで、治療の要望は聞き入られそうになかった。辛辣な言葉を浴びせる警察官もいたという。
「救急車を呼んでみれば?」
「逮捕された身分で、一般の人とは違うんのだから普通に病院に行けるなんて思わない方がいい」
自分はいったいどうなってしまうのか、不安が募った。そして翌日、恐れていた事態が起きた。