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【諸永裕司のPFASウオッチ】なぜ前向きなイベントの取材が拒否されたのか、背景に浮かぶ経産省の「半導体政策」

「永遠の化学物質」として問題になっているPFAS(有機フッ素化合物)の最新情報を、フリージャーナリストの諸永裕司さんが伝える「PFASウオッチ」第4回は、「日本の代表的な企業がPFAS対策の最新技術を披露するイベント」が取材拒否になったことから、その背景を探りました。

PFAS対策技術の大規模イベントが「取材拒否」だった

10月中旬、東京・品川で3日間にわたるイベントが開かれた。

「PFAS対策技術コンソーシアム国際講演会」

主催したのは「PFAS対策技術コンソーシアム」。経済産業省が所管する国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)の一組織で、「技術シーズと海外の最新研究成果を国内産業界・地方自治体等に普及させ、国内PFAS対策(計測・処理)技術の底上げを行う」ことを目的として2年前に設立されたという。

PFAS対策技術コンソーシアムのホームページより。国際講演会の概要報告などがダウンロードできる

コンソーシアムの山下信義会長はホームページでこう語っていた。

<新しい観点からPFAS問題の解決を試みる企業や研究機関の成果から、「国内PFAS研究の失われた15年を取り戻し、日本が開発したPFAS対策新技術を国際普及することは可能か?」 という問いには、条件付きですが 「YES」 と答えることができます>

山下会長はそう胸を張り、このようにも宣伝していた。

<日本を代表する看板企業が開発した、本邦初のPFAS対策技術も紹介します>

期間中、国内外の専門家がPFASの測定方法や汚染除去技術などについて最新の知見を発表する演題は20を超え、最後に「日本に必要なPFAS対策とは何か?」と題したパネルディスカッションもある。

最先端の技術や取り組みは、PFAS汚染を乗り越えた先の未来を照らす一条の光となるだろう。そう考えて取材を申し込んだところ、意外な答えが返ってきた。

「事前に、マスコミからの取材が入ることをご案内していないため、記事化されることを想定されていないご講演内容でご準備いただいている可能性がございます。また、聴講参加者の皆様にもご了解をいただいておりません」

参加は一部の会員企業・団体に限り、メディアの取材は受けないという。
それにしても、「本邦初のPFAS対策技術」をはじめ、前向きな取り組みをPRしようとしないのはなぜなのだろう。

「経産省がOKしなかったからでは」

疑問をぶつけると、ある政府関係者がささやいた。

「経産省がOKを出さなかったんでしょう。いまの戦略と噛み合わないから」

その意図を図りかねていると、関係者は続けた。

「PFAS汚染を引き起こしたのは在日米軍基地だけではないですよね。製造過程でPFASを使っていた業界のひとつが半導体です。でもいまは、熊本に台湾の半導体メーカーTSMCを誘致し、北海道には新設された国内の半導体メーカー・ラピダスが進出するなど、経産省は1兆円規模の補助金を注ぎ込んで、半導体産業の復活に賭けている。そんなときに、過去の汚染が注目を集めて水を差されたくない、ということでしょう」

私がPFASを使っていた企業について開示請求すると、出てきたのは黒塗りの文書だった。

また、PFASをめぐる専門家会議の中で、環境省は、経産省が保有する企業に
ついて情報を共有すべきではないかと委員から問われ、「経産省から提供に
応じてもらえない」と明かしている。

半導体の未来と重なるPFAS

なぜ、それほどまでに企業を守ろうとするのか。

かつて日立製作所で半導体の技術開発にかかわった湯野上隆氏の著書を読んで、おぼろげながらその答えが見えてきた。『半導体有事』(文春新書)によれば、半導体はもはや人類の文明に不可欠なものであり、その製造にはPFASが不可欠なのだという。

<PC、スマートフォン、各種電気機器、ゲーム機、クルマなどを購入すると、これら電子機器に搭載されている半導体も購入することになる。世界の(80億人の)2022年の平均値が1人あたり138個で9608円(買っている)>

ところが、アメリカの大手化学メーカー3M社が2025年末までにPFAS製造からの撤退を決めたため、日本だけでなく世界中の半導体工場の稼働が止まる恐れがあるという。

それでなくても世界の競争に敗れてきただけに、半導体政策での巻き返しを期す経産省からすれば、過去の汚染の後始末どころではないということなのだろう(同書では、経産省による半導体戦略の「誤り」が指摘されている)。

ところが、そうした姿勢が皮肉な現実を招いている。

PFASは全国各地から高濃度で検出されているものの、どこから汚染がもたらされたのかについては自治体の調査に委ねられ、汚染源は一部をのぞいて特定されていない。

その結果、いくつかの革新的な技術開発が生まれかけても、実証実験をする「現場」が見つからないのだという。

「国が汚染と正面から向き合おうとしないため、汚染源が特定されず、結果として汚染除去の技術を試すことができない。そのため、汚染の先の出口を示すこともまたできなくなっているのです」(政府関係者)

PFAS汚染はどこへ向かうのか。半導体の未来とも無縁ではなさそうだ。

PFASを使用していた産業でどのような汚染が起きているのか。日本で初めて「職業曝露」が明らかになった、静岡県のMCF清水工場でのケースについて、現在配信中のスローニュースでは具体的なデータを入手して明らかにしている。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄の密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com

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