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「朝日新聞は信じないけど、〇〇記者は信頼できる」は成立するか。「署名記事」1か月分を完全分析した“自由研究”

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この記事書いたのだあれ? 新聞記者署名記事年鑑 朝日新聞 2023年9月暫定版 全データ公開

ありそうでなかった、新聞の「署名記事」のリスト。それを力業で作ってしまったのが、文藝春秋社の田中裕士さんです。あくまで「夏休みの自由研究」としてやってみたとのこと。

収集・分析の対象としたのは、朝日新聞の先月(9月)1か月分の記事です。署名記事を出した記者は663人で、記事本数はのべ2479本にのぼっています。これはなかなか手間のかかる取り組みですね。

結果はどうだったかというと、記事本数でトップはスポーツ担当の松本龍三郎さんで、なんと28本。ほぼ毎日出しているような数です。それ以外で上位を占めたのは、海外支局の記者が目立ちました。

しかしなぜ、こんな手のかかる取り組みをしたのか。そこにはこんな思いがあります。

「〇〇新聞ガー」といったメディア批判も、個人の顔が見えてくると、「〇〇記者のスタンスは違和感があるが、〇〇記者は親近感が持てる」であったり、「〇〇記者のこの記事はおかしいと思うけど、あの記事は良かった」など、大括りでない批判や批評が生まれうることになるかも知れません。

こういうことって本当にあるんですよね。最初に聞いたのは2016年、米CNNの人からで、分断が次第に広がる中、「CNNのことは信用していないが、〇〇記者の話なら聞くという視聴者はいて、そこにアプローチする必要がある。デジタルならそれはやりやすい」という話を聞かされました。

メディア不信の中で各社ともそうした取り組みを進めていて、例えば2018年にサイトを立ち上げたFNNプライムオンラインは、記者ごとのページを設けています。フジテレビの中では決して多くはない、調査報道に取り組む記者である知野雄介さんのページは、たまにチェックしに行っています。

毎日新聞も「筆者ページ」を設けていて、過去記事を一覧できます。『公文書クライシス』などで知られる大場弘行記者が、そろそろ『特権を問う』の次の調査報道を発信しないか、こちらでウオッチしています。

地方紙でもこうした取り組みを始めているところはあります。秋田魁新報で先進的なデータジャーナリズムに取り組む斉藤賢太郎さんが、何をターゲットにしてどういう表現を使ったのか、いつも注目しています。

田中さんもnoteの中で取り上げていますが、朝日新聞にも「記者ページ、記者アカウント」という一覧があります。ただ、多くの署名記事を書いている編集委員で載っていない人がいたり、過去に凄いスクープを書いた記者も最近の記事しか分からなかったりします。辞めた記者だと、朝日の業績として語り継がれるスクープを書いた人でもリストにはありませんね。

NHKにいた時の経験でも、「NHKは信じないけど、渡辺信記者の記事は読む」などということが実際にありました。「記者個人が一つのメディアになる」ということは、これからのメディアの新しい在り方であり、記者のブランディングもメディアにとっては重要になってきます。(ちなみにNHKでは何回も提案しましたが、こうした記者ページを作ることは認められませんでした)

そういうことを話すと、「個人のブランドが上がってしまったら、会社を辞めて独立してしまうではないか」というメディア関係者がたまにいますが、それは逆でしょう。個人として自立できるほどに育ててくれるメディア企業を目指す優秀な人は増えるでしょうし、独立したらしたで、「あの人を排出したメディアだ」とメディアのブランドが上がるのではないでしょうか。

田中さんは、日本経済新聞についても、期間はより短いですが、署名記事の分析をしています。

二紙を比較すると、「日本経済新聞の場合は署名記事と無署名記事の役割を明確に線引きして使い分けているように見える」として、より戦略的に取り組んでいると見ていました。

また、朝日に関しては、「署名の表記が分かりづらく、ルールもバラバラ。掲載基準もあいまい」と少々苦言を呈しています。

今回のような分析を個人でやるには限界があるでしょう。何か仕組みが欲しいところです。様々な関心に応えて読者に届くよう、メディアは個人に注目してもらう取り組みをもっと進めてほしいと考えます。(熊)

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