世界的な科学者が「雇い止めは研究力低下の要因の一つ」と語る理由
日本の大学や研究機関で多くの研究者が勤続10年を前に雇い止めになっている問題。意欲と実績のある研究者が機械的に退職を迫られる実態があり、「科学技術立国」を目指しているはずの日本の研究現場に暗い影を落としている。
スローニュースでは4回にわたる連載「雇い止めと日本の研究力」で、この問題を深掘りする。初回は、睡眠研究で世界をリードする柳沢正史・筑波大学教授のインタビューをお届けする。
国際統合睡眠医科学研究機構の機構長である柳沢教授は、国の大型研究プロジェクトを率いるリーダーとして多くの研究スタッフを雇う立場であり、かつ文部科学省の人材委員会のメンバーも務めている。
雇い止めは研究現場にどんな影響を与えているのか。率直に語ってもらった。 【雇い止めと日本の研究力①】
科学ジャーナリスト 須田桃子
インタビューに入る前に、雇い止め問題の概要を紹介しよう。
発端は、勤続5年を迎えた任期付きの労働者が無期雇用への転換権を得られるようになる2013年の改正労働契約法の施行だった。研究開発に携わる研究者や技術者は特例により、5年ではなく10年が適用される。
改正法施行から10年の節目である2023年3月、予測された事態が起きた。文部科学省の調査によると、全国の大学や研究機関で大量の雇い止めが発生したのだ。
23年9月に文科省が公表した調査によると、全国の大学や研究機関で24年4月に契約更新すれば通算期間が10年を迎える特例対象者約1万2400人のうち、19.5%にあたる2420人が雇用契約を終了していた。将来を嘱望される若手研究者や実績のあるベテラン研究者が雇い止めに遭い、海外の大学や企業に転出したケースも報じられている。
改正労契法のアカデミアへの適用は間違いだった
──改正労働契約法の施行から11年が経ち、2023年3月にはアカデミアでの雇い止めが多発しました。現状をどう見ていますか。
柳沢:最初に結論を言うと、雇い止めは大問題である、というのが私の意見です。日本の研究力低下の要因の一つになっていると言っても過言ではありません。
この問題は、古典的な労使問題として捉えている方が多いですよね。とにかく、「雇い止めするような雇用者はけしからん」というのが一般的な論調だと思います。ただ、私自身は少し違う視点で見ています。
そもそも、労働契約法の2013年の改正は「有期雇用で人を雇い続けてはいけない」「やっていることは正社員と実質的に同じなのに、収入や福利厚生が格差のある状態で雇い続けるのは不公平だから、5年(※大学などの研究者の場合は特例で10年)経ったらちゃんと正社員として雇いなさい」という趣旨でした。
一般的な企業ならそれでいいのですが、同様の規定を大学や国の研究所にもすべからく適用してしまったのが間違いだったと、私は考えています。