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調査報道に取り組むジャーナリストは、スローニュースをどう使うのか

※旧SlowNewsのサービス終了前の記事です。文中のリンクは現在は使えませんのでご了承ください。

 調査報道に取り組むジャーナリストは、どのように読書をするのか。今回は現役の記者として初めて司馬遼太郎賞に輝くなど、優れた実績を残してきた朝日新聞編集委員の奥山俊宏さんに、スローニュースの使い勝手や、おすすめの本について聞きました。
(聞き手:SlowNews 熊田安伸)

取材の教科書となった「田中角栄研究全記録」

熊田 奥山さんは仕事でも書籍にアプローチすることが多く、SlowNewsもその一つだとのこと。どのように活用されていますか。

奥山 これほどの書籍、特にノンフィクション作品の集積がネット上にあるということがまずうれしいです。さらに、ネットで読むことに違和感がないことにも驚きました。紙の本で読むことに慣れている私のような世代でも、オンラインの長文記事を読むのと同じような感覚で接することができます。しかも、書棚を探す手間ひまがかからない。

 SlowNewsに掲載されている大切な本を一つ挙げろと言われれば、立花隆さんの『田中角栄研究全記録(上下)』(講談社 1982年)に触れないわけにはいきません。

 1974年10月発売の文藝春秋に掲載された『田中角栄研究 その金脈と人脈』で、田中角栄首相の政治とカネの問題がクローズアップされ、田中さんは首相を辞任せざるをえなくなった。調査報道の金字塔で、当時、小学生ながら私も「金権政治」批判が叫ばれていたのをよく覚えています。そのきっかけになった最初の原稿がこの本に収録されていて、その裏話や後日談が盛り込まれています。私は駆け出しの記者の頃に文庫本で読みました。今改めてSlowNewsでその原稿を読むと、若いころ以上に「うん、うん」とうなづきながら読んでしまいます。政治とカネの調査報道で、私自身、立花さんの手法をまねて取材し、分析し、記事を書いてきたことに気づかされます。そのつもりは当時なかったので、おそらく無意識にまねていたのでしょう。

熊田 私もそうですが、多くのジャーナリストに影響を与えた作品でした。

奥山 記者として共感したのは、立花さんが解説で書かれていたことです。田中さんが牛耳る当時の国家権力への恐怖から様々な人に心配をされたが、立花さんは「名誉棄損の最高刑が(懲役)3年」「まあいいや」と覚悟を決め、「覚悟さえできてしまえば、権力の威嚇はさして有効ではない」と、割り切っておられた。やはり立花さんもそうだったのかと感じました。私自身、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで記事を出すことがありますし、その記事のために自分が筆を折ることになってもかまわないと覚悟を決めるというか、あとのことは天に任せるということもある。当局の支えのない調査報道の勝負原稿を出すときはたいていそんな心境です。そういう腹をくくった覚悟と緊張感こそが大切だと、本書は教えてくれます。

偶然に出会った日本陸軍の将たち

熊田 他に挙げていただいたのが、早坂隆さんの『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』と『指揮官の決断 満州とアッツの将軍 樋口季一郎』の2冊です。

奥山 私は、小学生のころから零戦とか大和とか海軍が好きで、阿川弘之さんの山本五十六、井上成美、米内光政の三部作をはじめ海軍に関する本はたくさん読んできました。日米戦の回避を唱えていた彼らを中心に、戦後は海軍善玉論が主流で、私も海軍の軍人というか組織を扱った作品が大好きでした。一方で日本陸軍は軍国主義的で好戦的なイメージがあり、なかなか関心を持てませんでした。

 しかし、SlowNewsでこの2作を読んで、これまでのイメージが覆された。今までの自分の見方は皮相的で、やはり事はそう単純なものではないのだと気づかされました。

熊田 永田鉄山は「陸軍の至宝」と呼ばれたほどの人物ですが、軍務局長に抜擢された1年後に皇道派の相沢三郎中佐に惨殺されます。この「相沢事件」がその後の皇道派の青年将校による2・26事件に繋がっていく。樋口季一郎も、上司として相沢の扱いに苦慮していました。

奥山 両書を読むと、官僚的なイメージがあって否定的に見ていた永田鉄山も、官僚機構の中で熟慮を通して良き判断をしようと力を尽くしていたことを知りました。また樋口季一郎については、SlowNewsでこの本を読んで初めて知ったのですが、自身の地位を顧みず、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人に対してビザを発給したほどの英傑でした。特に印象に残るのが、革新へと血をたぎらせる相沢三郎の指導に苦心する樋口が、皇道派将校の理論的支柱だった北一輝についてこう吐露する場面です。

それは北一輝氏の指導力が私のそれよりも強力であるからである。又それは積極、消極、攻勢守勢の威力的差異の問題でもある

 つまり革命を志向する人物には、「とどまれ」というより「やれ」というほうが説得力があるのだというのですが、こうした自己分析ができるのは、樋口が内省的な人物だったからだと思います。この逸話は、その物事の是非以前に、積極論のほうが消極論より勝ってしまうという教訓を、現代の組織人に与えています。

興味のなかった書に出会えることが大切

熊田 本来、関心のなかった日本陸軍の書にSlowNewsでたどり着かれたというのは、サービスを提供する我々にとって最高の賛辞です。興味のあるものに加えて、異なる価値観の書籍に出会っていただきたいという思いがあります。

奥山 まさにそこに意味があると思います。SlowNewsは多様なアプローチで作品に出会うことができるのが魅力です。私は作品一覧から上記の3冊にたどり着きました。検索機能も便利ですが、それでは読んだことのある『田中角栄研究』はたどり着けるとしても、関心のなかった『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』や『指揮官の決断』には出会えなかったでしょう。書店に出向いてまで買うことはなかったでしょうから、SlowNewsだからこそ出会えた良書でした。

 いまナチスの密告制度について調べています。市民が利己心から権力者に密告するのと、自分を犠牲にする覚悟で組織の不正を報道機関に内部告発するのとでは、意味合いが大きく違うはずですが、そうした違いがいまだにあいまいです。公益通報者保護法の改正法が来年6月に施行されるのですが、「密告」と「内部告発」では何が違うのかというのをはっきりさせる原稿を書きたいと思っています。

 SlowNewsに期待したいのは、こうした取材のための資料集めの中で、SlowNewsのコンテンツの原稿のワードを「全文検索」できるようになれば、素晴らしいなと。例えば「密告」とか「内部告発」とかを検索すると、「密告」あるいは「内部告発」という言葉がどのような文脈でどのように使われてきたのか、参考資料となる作品がたちまち目の前に現れる。サイト内の資料性が格段にアップすることになると思います。そうなると、SlowNewsの検索がリサーチの基本のキになると思います。

熊田 ありがとうございます。そうしたサービスの拡充は我々のミッションとして鋭意、努めてまいります。

9月29日追記:奥山さんご指摘の「全文検索」ですが、キーワードで収録している全ての書籍・記事の横断検索ができるようになりました。

写真:田川基成 構成:藤岡雅

奥山俊宏 朝日新聞編集委員

1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒。朝日新聞社入社。福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『秘密解除 ロッキード事件――田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店)で司馬遼太郎賞(2017 年度)受賞。福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含めた業績で日本記者クラブ賞(2018 年度)受賞。その他の著書に、『内部告発の力』(現代人文社)、『ルポ 東京電力 原発危機 1 カ月』(朝日新書)など。(出典:『バブル経済事件の深層』岩波新書)



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