
【スクープ続報】「なくてもよかった」と委員も認める低評価の論文で「コレステロール上昇」を認定せず/PFAS論文差し替え疑惑④
私たちが毎日飲む水の基準の根拠を決める過程で、評価のもととなる190もの論文が非公開の会合で差し替えられていました。
連載第4回は、PFASとは「関連なし」と結論づけられた脂質代謝(コレステロール値の上昇)について検証します。
根拠の1つとされた論文は、がん患者に高用量のPFOAを投与した研究で、担当した委員みずから「なくてもよかった」と認めるものでした。しかも、リスク評価の検討後に追加されていたのです。
こうしたことの結果、PFASのリスクが過小評価されるということはなかったのでしょうか。論文差し替えの裏側に迫ります。
※今回の検証・取材は、フリーランスの諸永裕司さんが、NPO法人・高木仁三郎市民科学基金の「PFASプロジェクト」と共同で行っています。
食品安全委員会がもうけたPFASワーキンググループ(以下、PFAS部会)は昨年6月、PFASによる健康への影響についてまとめた「食品健康影響評価書(以下、評価書)」を発表した。
検討された8項目の健康影響のひとつに、「脂質代謝(コレステロール)」がある。
評価書は、
複数の疫学研究により、ヒトのPFOS 及びPFOA へのばく露と、血清総コレステロール値の増加との関連が報告されている(p.55)
としながらも、結論としては関連を認めていない。
影響を及ぼす可能性は否定できないものの、証拠は不十分であると判断した(p.56)

「関連あり」9本と、「関連なし」6本
評価書では「関連あり」とする論文が9本、「関連なし」とする論文は6本引用されている。
「関連あり」は、アメリカのEPA(米環境保護庁)による論文の信頼性評価がつけられた7本がすべて「中程度」(4段階で上から2番目)だった。
EPAによる信頼性評価とは「対象者選定(Participant selection)」「曝露評価(Exposure measurement)」「結果(Outcome)」「交絡(Confounding)」「分析(Analysis)」「選択(Selective)」「研究精度(Study sensitivity)」の7項目を検討し、総合評価を以下の4段階で示すものだ。
「良い」(信頼性が高い)
「十分」(信頼性は中程度)
「不十分」(信頼性が低い)
「重大な欠陥」(情報不足)
EPAの2023評価書草案やEFSA2018意見書に採用されたものもある。また、9本の論文の対象者を合わせると6万人を超えるデータから得られた結果ともいえる。
一方、「関連なし」とする論文6本のうち、EPA評価がついたものは「中程度」が1本、「低」が3本だった。
否定の決定打とされた「がん患者」論文
ただし、評価書は論文ごとの信頼性には触れず、ある論文(*1)を取り上げて「結果が一致していない」としている。

それは、PFOAを抗がん剤として開発するため、標準治療が効かなかったがん患者に、一般より1000倍以上高い濃度で6週間投与し、コレステロール値の変化を調べたものだ。
介入的に高用量のPFOA にばく露されたがん患者ではコレステロール値がむしろ低下していた(p.55)
PFASはコレステロール値の増加をもたらすとは限らず、高曝露だとむしろ低下させる場合がある。評価書はそう示したうえで、PFASの影響を示す指標としてコレステロール値を取り上げることには「慎重であるべき」とした。
だが、この研究の対象は49人のがん患者(平均年齢61歳)で、症状はステージIからステージⅣ。進行度が判明している16人のうち7人はステージⅣだった。
対象ががん患者で、症例が少なく、投与量がきわめて高いなど、特殊な条件のもとに行われた研究結果をリスク評価に使うのは適切ではない、と複数の専門家は指摘する。
「末期がん患者は時間とともに栄養不良となり、コレステロール値が下がることが予想される」(徳田安春・群星沖縄臨床研修センター長/医師)
「通常、ヒトは何年、何十年という長期で曝露するもので、(リスク評価するには)6週間では短すぎる。投与前のPFOA血中濃度の正確な値も記されていない」(木村-黒田純子・環境脳神経科学情報センター副代表)
「対象は健康状態が悪い集団であり、一般集団と比較できない」(原田浩二・京都大学大学院准教授)
EPAは論文の信頼性評価を「低」(4段階で下から2番目)とし、EFSA(欧州食品安全機関)も、
この報告書ではヒトにおける影響に新たな光を当てることはできない(p.119)
と切り捨てている。
じつは、PFAS部会で脂質代謝の評価を担当した川村孝・京都大学名誉教授も、
「(きわめて高い濃度で)多量に投与すると何らかの直接、間接の影響で臓器の障害を起こして、コレステロールの合成を阻害してしまうということはあるかもしれない」(第3回)
と話し、この方法では純粋にPFASの影響を調べることはできない可能性を認めている。また、「(この論文は)あくまでも参考情報」とみずから口にしていたほどのものだ。
しかも、この論文は、PFASを製造していた米大手化学メーカー3Mから資金提供を受けており、発表された2018年は同社が被告となった裁判の係争中にあたる。
さらに、一般社団法人・化学物質評価研究機構(CERI)による事前の論文選定でも「BA」評価だった。「リスク評価への使用が必要な文献」は「原則、AAまたはA」とされていたが、PFAS部会で参照される文献に選ばれていた。
低評価の論文 「なくてもよかった」と委員
なぜ、この論文がリスク評価に必要だったのか。
CERIの論文選定検討会で座長をつとめ、PFAS部会で脂質代謝を担当した広瀬明彦氏(CERI技術顧問)にたずねた。
「ヒトでやった唯一の高曝露データであり、高用量でコレステロールが下がることを示すという意味で重要だと思った」
しかし、一般と比べて1000倍以上もの高用量を投与した結果を、一般の健康影響をみるための参考にできるだろうか。広瀬氏は、こう答えた。
「まあ、一段飛んでるよね」
海外の評価機関からも「適当でない」とされていると伝えると、しばらく口ごもり、こう言った。
「これが、なくてもよかった」
脂質代謝への影響を検討するにあたり、最初はみずから「重要だ」としていたはずの論文が、じつは「なくてもいい」と認めたのだ。

リスク評価の検討をした後で4本の論文を復活
じつは、このほかに、CERIの事前選定で選外になった脂質代謝に関する論文が5本、PFAS部会の過程で密かに追加されていた。
理由を問うと、広瀬氏は当然だ、と語った。
「事前選定のときは時間がない中で多くの論文を読まなければならなかった。論文の原文を取り寄せるにはコストもかかるので、アブストラクト(抄録)しか読んでないものも多い。評価書に入れるというポイントでもう1回(論文を)見直したときに、評価は変わりうる。(議論とともに)評価のイメージはどんどん変わるから」
これまで連載で報じてきたように、PFAS部会の目的は、食べものや飲みものから体内に取り込んでも健康に影響がないとされる「耐容一日摂取量」を算出することだった。このため、委員たちは算出の根拠となるデータはどの研究結果からなら採れるかを非公開の会合で議論していたという。また、論文の取捨選択も行なわれていた。
しかし、選外から復活したうちの4本は、PFAS部会で個別の健康影響についてリスク評価の検討を終えた後、評価書(案)が示される前に加えられていた。議事録をみると、個別の評価については第5回までに終えている。そこまでに評価に使う論文リストは示されているが、この4本は入っていない。しかし、評価書(案)が示された第6回になって、突然、出現するのだ。
ようするに、評価書(案)で関連を否定するための材料として加えられたのではないか。
ここから先は会員限定です。「AA」という高い評価の論文をなぜ外したのかについてもたずねました。