元自衛官・五ノ井里奈さんへの謝罪文を自衛隊が事前にチェックか 元上司が法廷で「性行為を思わせる動作」も証言
スローニュース 岩下明日香
陸上自衛隊郡山駐屯地(福島県)に勤務していた元自衛官の五ノ井里奈さん(23)。彼女への強制わいせつの罪に問われている元自衛官3人(いずれも懲戒免職)の第2回公判が、7月31日に福島地裁(三浦隆昭裁判長)で開かれた。
やはり懲戒免職となった当時の上司(元2曹)が証言したのは、元自衛官の男たちが五ノ井さんに格闘の技をかけて覆いかぶさった様子だ。その証人尋問を聞いている最中、五ノ井さんは椅子から崩れ落ちるように倒れ、病院に救急搬送された。
当初、警務隊から受けた聴取で「見ていない」と虚偽の証言をしていたこの元上司は、証言台で新事実を語った。
元上司の証言で浮かんだ新事実
強制わいせつ罪に問われているのは、元自衛官の渋谷修太郎(30)、関根亮斗(あきと)(29)、木目沢佑輔(29)の3被告。彼らは、郡山駐屯地に所属していた2021年8月、北海道の演習場で飲み会をしている時に、五ノ井さんの首に手をあてる格闘の技をかけて押し倒し、下半身を押し付けるなどしたとして、2023年3月17日に在宅起訴された。
6月29日の初公判ではいずれも無罪を主張したが、渋谷被告は腰を振ったことは認め、「笑いをとるためだった」と述べた。
この事件を含め、五ノ井さんに対して日常的に性的な身体接触や発言があったことなどを、自衛隊と防衛省は2022年9月29日に事実として認め、謝罪している。
翌10月17日には、元上司と渋谷被告、関根被告、木目沢被告が神奈川県に出向き、それぞれ五ノ井さんに直接、謝罪をしていた。当時、1人1枚ずつ、白い便箋に反省の弁を綴っていた。
その謝罪文、実は自衛隊側が事前に内容を確認して「赤線」を入れ、修正されていたことなどが、今回の元上司の証言から浮かび上がった。
第2回裁判での証言詳報
今回の裁判で証人尋問を受けた元上司は、2011年に入隊し、事件当時は2曹だった。
検察から被告3人との関係性を問われると「渋谷はムードメーカーで大隊に笑いを与えてくれるような存在」「関根は一番長い付き合い。慕ってくれて、私の指示通りに動いてくれる。一生懸命にやってくれる隊員」「木目沢は優秀な部下」と述べた。被告人席に並んで座る元部下に顔を向けることはなく、「一緒に遊ぶこともあり、勤務時間外でも上下関係を保ってくれた。悪ふざけをしてしまうこともあった」と語った。
検察:悪ふざけとは?
元上司:他人をいじって、周囲の笑いをとるようなことです。
検察:五ノ井さんとの関係性はどうでしてたか?
元上司:上司部下という関係。退職する1年前まで一緒に勤務していました。その時、(中隊の新隊員に)五ノ井しか女性がいなかったので、自分から積極的に話しかけ、プライベートでも話しかけるようにしていました。
検察:「X1曹」はどんな立場でしたか?
元上司:X1曹は中隊長の次にある、戦砲隊長でした。5つの砲班があり、それをまとめる立場でした。
検察:X1曹とあなたの関係は?
元上司:柔道部の先輩後輩で、6年の付き合いがありました。
Xという1曹(懲戒免職)は、事件の現場に居合わせた人物である。X1曹と元上司が格闘の技について話している時に、被告ら男性隊員が、首に手をあてる技を五ノ井さんにかけ、腰を振るなどのわいせつな行為をしたとされる。
五ノ井さんは柔道をするために郡山駐屯地への配属を希望し、そこから自衛隊体育学校を目指そうとしていた。その夢を途絶えさせた上司のうちの1人がX1曹だ。
「やりすぎだと言った」性行為を思わせる動作があったことを認める
検察:事件当時、X1曹はどういうきっかけで208号室(現場の部屋)に来たのですか?
元上司:班長(自分のこと)への激励と乾杯をしに(部屋で開かれていた飲み会)来たのがきっかけでした。
検察:X1曹と格闘の話をしていたのは誰ですか?
元上司:私です。どういう経緯で格闘の話になったのかは覚えていませんが、X1曹は「相手の首をきめれば相手を制せる」と話していました。その時に、渋谷が五ノ井に「首をきめていいか」と聞いて、五ノ井が「いいですよ」と返した。五ノ井は、その場の空気が悪くならないようにそう言ったのだと思います。
検察:技をかけた後、渋谷は何をしましたか?
元上司:技をかけて、五ノ井を(2段)ベッドに倒すように押えて、渋谷は五ノ井の頭を守るように支えながら、覆いかぶさる状態になりました。(渋谷が)それから状態を起こし、性行為を思わせるかのように腰を2~3回、4~5回振っていたのを覚えています。
検察:五ノ井はどのような体勢になっていましたか?
元上司:上半身はベッドの上で、下半身は左足がベッドの上にあり、右足がベッドから出るような体勢でした。入口から入って、右から2番目のベッドでした。五ノ井の頭の位置は、中央(通路側)に向いていました。
検察:どのくらいの距離からその行為を見ていましたか?
元上司:私は入口から入って、(奥の)窓側から見ていた。距離は2~3mほど。
検察:渋谷は何をしていましたか?
元上司:渋谷は上体を起こして、ベッドから若干離れたところで腰を振るような動作をしていたのを覚えています。五ノ井は2つ目のベッドにいて、渋谷は1つ目と2つ目の間。ベッドからベッドまで約1~1.5mのスペースがあるので、その間に立ってやっていたと思います。
検察:渋谷が腰を振ったときの様子はどうでしたか?
元上司:他の(2段)ベッドもあったから、はっきり覚えていませんが、ベッドから離れてそういう動きをしていたと思います。私から見た角度では、渋谷と五ノ井は離れていたのかなと思いました。障害物があって、見えない部分があったと思うので、言い切れないです。
検察:それを見て、あなたは何か言いましたか?
元上司:私は「やりすぎだ」と発言して、笑っていたのは事実です。
検察:笑っていたのは誰ですか?
元上司:周囲につられるように、私も笑ってしまいました。
検察:なぜ「やりすぎだ」と言ったのですか?
元上司:格闘の技をかけるだけだと思っていたけど、上司と部下の一線を越える性行為を思わせるような体勢を見て、「やりすぎだ」と言ったのを覚えています。
検察:その時の五ノ井の様子はどうでしたか?
元上司:五ノ井は顔に出さずに我慢して、空気を壊さないようにしているのがわかりました。
検察:関根についてはどうですか?
元上司:(渋谷の行為が終わってから)1、2分も経たないうちに、今度は関根が覆いかぶさって性行為を思わせるような動きをしていたのは覚えています。きっかけはわかりませんが、渋谷がやったことに対して、同じように周囲の笑いをとろうとしたのだろうと思いました。
検察:関根はどのようにして五ノ井に技をかけたのですか?
元上司:私と渋谷は自衛隊で格闘指導官をしていて、指導できる立場でしたが、関根は経験がなく、あまり格闘には詳しくはありませんでした。X1曹が関根に「こうだ」とジェスチャーしていたのは覚えています。
検察:渋谷との違いはありましたか?
元上司:(関根も)同じく2番目のベッドで五ノ井の頭が中央(通路側)に向くように押し倒していました。渋谷より、腰を振っていて、スピードが増していたようにみえました。渋谷より腰を振った回数は多いと思うけど、回数は断言できません。この時も、笑って見過ごしていました。
検察:どうして笑ったのですか?
元上司:周囲の反応も変わらず、そこにいた隊員のほとんどが笑っていたからです。
検察:木目沢が技をかけたところはどうでしたか?
元上司:木目沢が腰を振ったところも、技をかけたところも記憶にありません。
検察:渋谷がもう1回技をかけたところについては?
元上司:(2回目は)見ていません。
検察:208号室を出たことはありますか?
元上司:用便と洗濯と喫煙で208号室を出たことはあります。その場にいなかった時に起きていた可能性はあると思います。
「五ノ井が訴えている姿を見て、罪悪感に……」
検察:はじめに聴取を受けたのはいつですか?
元上司:(2021年)8月のことについては、(北海道の演習場から)帰隊して、9月に1回目の聴取がありました。その時には、事実を言わず、渋谷と関根が性行為を思わせるようなことを「見ていない」と答えました。
検察:なぜ見たことを言わなかったのですか?
元上司:当直で渋谷と関根の3人になったときに「どうすんだ」と確認したところ、「やっていない」と言ったので、「じゃあ俺も言わない」って。それで「見ていない」と証言しました。3人をかばいたかったというのもあるのですが、やったことを上司である自分が注意しなかった責任もあるため、(見たことを)言わなかったのだと思います。
検察:渋谷と関根が五ノ井に首をきめているところを見たと、最初に認めたのはいつですか?
元上司:2022年9月~10月ころ、渋谷から「見ましたか」と聞かれ、「俺だけじゃないし、俺もその場にいたから、俺も言うよ」となりました。五ノ井がメディアで発信して、誹謗中傷もあるなか、一生懸命に訴えている姿をみて、罪悪感を覚えるようになりました。なんで最初から言わなかったんだという後悔もあって、言うことにしました。
元上司は、2022年12月に懲戒免職になった。退職金は給付されず、処分に対する不服申し立てをしなかった。上司はこう語った。
「11年間勤務してきて、後輩のことを思ってきたつもりでした。上司である自分にも責任があります。五ノ井のことは、自衛隊にいる時に、早く真実を述べていたらよかったと後悔しています。渋谷も関根も認めて、男としてしっかり責任をとってほしい。家族より一緒にいる時間が長かったので、目の前で証言するのは、つらく心苦しい。退職してからは一度も会っていなかったけど、きのう夢に(被告)3人が出てきた。渋谷だけでなく、自分からやったことはしっかり認めてほしい」
五ノ井さんが倒れた瞬間
検察官に続き、被告らの弁護人による証人尋問では、格闘の技をかけた状況について繰り返し問う場面があった。
弁護人:渋谷が技をかけるときに「かけていいか」と聞いていたのですか?
元上司:そうです。
弁護人:五ノ井さんがそれに対して「いいですよ」と返したことについて、本人が「その場の空気が悪くならないように」と言ったのですか?
元上司:そのような感じにみえました。
弁護人:それは、あなたの認識?
元上司:はい。
弁護人:あなたの座っていた場所は?
元上司:2~3m離れた場所で見ていました。五ノ井は右脚をベッドにかけた状態。渋谷は中腰で(五ノ井から)離れているところにいました。
弁護人:渋谷が技をかけて、関根が技をかけるまでの時間は?
元上司:1、2分なかったように思います。
弁護人:X1曹が技をかけるように指示する発言はなかったと、あなたは言っている。なぜ……。
「ダダンッ」
被害者参加制度を利用して検察側の席に座っていた五ノ井さんが、この瞬間に椅子から崩れ落ちるように倒れた。呼吸が落ち着かず、過呼吸のような症状になり、一時法廷内に緊張が走った。
参考人の元上司は、倒れた五ノ井さんの方に顔を向けるそぶりは見せず、正面を向いたままだった。公判は、一時休止となり、五ノ井さんは救急車で最寄りの病院に搬送された。
「謝罪文は大隊長がチェック、その通りに直した」
約1時間後の15:30から公判は再開し、X1曹の指示があったかを問う尋問からはじまった。
弁護人:X1曹からの指示の有無について聞きます。2021年9月11日、警務隊の聴取に対して、X1曹が技をかけるように指示するような言葉を言っていないと供述している。先ほど、少なくとも1人(関根)に対しては指示をしたということですか?
元上司:いえ、X1曹については、渋谷が技をかける時には、自分が見ていた限り、指示はしていないと思います。
弁護人:具体的にX1曹はどういう言葉をかけていたのですか?
元上司:関根は格闘技が分からないので、X1曹が具体的に「こうだ」って言ったのは覚えています。
弁護人からは、自衛隊の対応について問うものもあった。
弁護人:陸上自衛隊の幕僚長が(2022年9月29日に)記者会見をすることを、事前に伝えられていましたか?
元上司:大隊長から聞かされた。その謝罪(会見)の前日くらいだったと思います。
弁護人:2022年10月17日、神奈川県で五ノ井さんと会っています。行くきっかけは?
元上司:大隊長から「こういう機会を設けたから、強制ではないけれど、行くか行かないか」と言われ、「じゃあ行くか」となりました。
弁護人:2022年10月13日付で、東北方面特科連隊から「五ノ井里奈さんに対する謝罪要領について」という書面が出ていましたか?
元上司:はい。
弁護人:謝罪要領に謝罪の順番として、渋谷3曹、元上司、木目沢3曹、関根3曹の順にと書いてあるのですが、その通りの順でしたか?
元上司:順番は(自分が1番に)変わりました。その書面は謝罪に行く1週間前くらいに見ました。
弁護人:東北方面特科連隊が作った文書の中にQ&Aとして想定問答が書かれています。それをあなたは見ましたか?
元上司:はい、見ています。
弁護人:想定問答は1~10番まであって、被告人渋谷には追加のQ&Aがありました。1~10までは、あなたに関わる想定問答もありましたか?
元上司:Q&Aを渡されましたが、直接会った時には自分の言葉で伝えました。
弁護人:(五ノ井さんに渡した)謝罪文を誰かがチェックましたか?
元上司:謝罪文は大隊長がチェックしました。(書いてから)次の日か、2日後に赤線で返ってきたから、その通りに直しました。
弁護人:あなたは民事裁判において、セクハラがあった事実を認めていますか?
元上司:すべてを認めたわけではないのですが、和解の方向へ進めたいです。
弁護人:五ノ井さんに対して、あなたがセクハラをしていたことを認めるから、和解するということですか?
元上司:そうです。
弁護人:被告人をかばうために「見ていない」と答えたとしていましたが、それはあなた自身が当事者だからではないのですか?
元上司:それは一理あると思います。当時、上司でありながら、何もしないで笑っていましたから。
証言で明らかになったのは、元上司と3人の被告の謝罪文は、東北方面特科連隊の大隊長が事前にチェックし、書き直されていたということだった。
4人の直筆の文面を見ると、「深く反省」「深く猛省」と、謝罪には定番の同じような文言が並ぶ。構成も似ているようには見える。果たしてどのような目的でチェックが行われ、どう修正されていたのか。
性行為のような動きをより詳細に証言
弁護人の尋問が終わると、改めて検察官が問う場面があった。
検察:渋谷が五ノ井の頭を守るために頭を抱えながら、覆いかぶさった時、渋谷の上半身はどのような状態でしたか。
元上司:(五ノ井の)頭が落ちないように頭を抱えて、覆いかぶさるような状態でした。
検察:五ノ井の体勢は、左足がベッドで、右足がベッドから落ちていたと。それは脚を開いた状態でしたか。
元上司:そうです。脚を開いた状態でした。
検察:渋谷の脚はどこにありましたか?
元上司:(五ノ井の)脚の間に立つような感じ。
検察:どこの方向に向かって腰を振っていましたか?
元上司:(渋谷が)五ノ井の方を向いて腰を振っていました。
検察:性行為を思わせるように腰を振っていた? 具体的には?
元上司:はい。性行為でいう正常位のような腰ふりをしていました。
検察:先ほど弁護人からQ&Aについて聞かれていました。それに従って謝罪を述べましたか?
元上司:マニュアルに従ったわけではなく、自分の答えを言いました。
「2人目も同じような動作をするとは思わなかったのか」
最後に裁判官が、当時の様子を確認した。
裁判官:渋谷被告人が五ノ井さんに技をかけはじめたきっかけですが、誰かが指示したわけではないと、先ほど言っていました。それでは、どういったきっかけで技をかけはじめたのでしょうか?
元上司:私とX1曹は、けっこう大きい声でしゃべっていたので、渋谷がこんな感じだろうと思って、やったんじゃないかなと。
裁判官:渋谷被告人が技をかけた後に、「やりすぎだ」と言いましたね。笑いが起きてから、そのあとに関根被告も技をかけています。渋谷被告人と同じように関根被告人が技をかける時にも同じように性行為を思わせるような動作をするかもしれないとは、思わなかったのですか?
元上司:正直そこは、はい。
裁判官:関根被告が、ただ技をかけるだけで終わらず、そのあとにもしかしたら笑いをとる意図で、性行為を思わせるような動作をする可能性があった。そういう場の雰囲気だったということですか。
元上司:はい。
裁判官:渋谷被告人が五ノ井さんに技をかける時に、会話はありましたか?
元上司:はい。技をかける前に渋谷が「技をかけてもいい?」と五ノ井に聞いて、五ノ井も「いいですよ」と言ってから、渋谷は技をかけました。終わってから、寝ている状態だった五ノ井の手を取って、立たせてあげていました。
裁判官:同じように関根被告が技をかけた時に、会話をしていましたか?
元上司:渋谷同様、口頭で「技かけていい?」と聞いて、あとは何を話しているかは聞こえませんでした。
裁判官:木目沢被告人については、あなたは技をかけたところを見ていないということですか?
元上司:そうです。
裁判官:木目沢被告人がなにかをして、笑いが起きたということは?
元上司:いろんな場面で笑いが起きていたので、(木目沢によって)笑いが起きていたかはわからないです。席を外した時間もあり、木目沢がどこに座っていたかもわかりません。
公判は16時ころ閉廷。もう1人(現場に居合わせた自衛官)の証人尋問も予定されていたが、休廷の影響で次回以降に行うことになった。
今回の裁判で明らかになったこと
今回の裁判で明らかになったこと改めてまとめると、
3被告の「性行為を思わせる動作」を「見ていない」と言っていた元上司が、少なくとも2人の行為を認め、経緯を詳細に証言した。
3被告と上司の謝罪文は、自衛隊の大隊長が事前にチェックして、修正されていた。想定問答も自衛隊の手によって作られていた。
ということだ。
五ノ井さんはその日のうちに回復した。
次回の裁判は8月23日に開かれる。
【おことわり】元上司への退職金について、当初の記事では給付されたとしていましたが、給付されていなかったことが分かりました。訂正してお詫び申し上げます。(2023/9/8)
取材・執筆 岩下明日香
五ノ井里奈さんの著書『声をあげて』(小学館)の構成者。スローニュースの編集メンバー。事件を継続的にウオッチ。