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「政治マガジン」はこうして誕生した!その経緯と政治部との“微妙な関係”とは?【NHK政治マガジンの興亡①】

5月29日に開かれたイベント『「NHK政治マガジン」の内幕をすべて語ります!そしてNHKはどこへ行くのか』。参加できなかった皆さんのため、トークの内容と、さらにイベントでは語り切れなかったより深い内幕を加えて(2倍近く加筆しています)、数回にわたってお届けします。

第1回は「政治マガジン」誕生の経緯と、当初から抱えていた編集権をめぐる政治部との「微妙な関係」について。


「民業圧迫の象徴」とまで言われたウェブメディアがなぜ誕生し、突然廃止されたのか

今年3月29日で6年の歴史に幕を下ろしたウェブメディア「NHK政治マガジン」。当時は政治分野を専門にしたウェブメディアはあまり存在しておらず、週刊誌の中吊り広告風の斬新なデザインも話題を呼びました。

最終的には「民業圧迫」の象徴のようにまで言われるようになったウェブメディアがどのように生まれ、運営され、成長していったのか。従来型の発信では不十分だった政界の情報を多くの視聴者/読者に届けてきた公共性の高いメディアが突然廃止された今回の事態をめぐり、担ってきた役割をさかのぼって検証するのがイベントの狙いです。

登壇したのは、2018年に「政治マガジン」を立ち上げ、3年間編集を担当した、熊田安伸・元NHKネットワーク報道部専任部長と、ダイヤモンド・オンラインで『変局!岐路に立つNHK』の連載を発信したばかりの下本菜実さん。2人にジャーナリストの須田桃子さんが話を聞く形でイベントは進行しました。

立ち上げた時の問題意識は

須田 まずは政治マガジンの立ち上げの経緯から聞かせてください。

熊田 立ち上げに至った問題意識としては、とにかく「見られてない」ということです。テレビというメディアは放送時間が限られ、発信できる情報量が少ない。メインニュースの「ニュース7」はわずか30分しかない。さらに政治ニュースはその一部。公共メディアとしては政府が何を決定したかは必ず報道しなければならないのですが、そうなると首相や官房長官の顔ばかりということになってしまいます。せいぜいそこに野党の党首が加わるぐらい。

須田 政府の広報のように見えてしまうと。

熊田 そうです。
もう一つのポイントは、例えば当時の安倍首相が「普天間基地移設先のサンゴは全部移設した」という全体から見れば誤った発言をそのまま放送してしまったことが象徴しています。減点評価の組織なので、「間違えたくない」という意識が働いて、とにかく政治家の発言はそのまま報道してしまう「無謬性の呪い」みたいなものにかかっていました。

NHK「日曜討論」より

須田 テレビ以外の発信が必要だという意識が現場にあった?

熊田 そうなんです。特に政治ニュースは、記者は取材してもメモにするだけで、ほとんど報道されない。でも取材した情報は全部、受信料が原資になっているわけで、これは公共財です。それをちゃんと視聴者に還元したいと考えていました。それにはテレビだけでは限界があると。それを含めた3つの目標を実現したいと思っていたんです。

熊田 新サイトの立ち上げには、デジタルセンターという管理セクションの承認が必要。そこでネットワーク報道部の中枢として数々のサイトの立ち上げを手掛けてきた足立義則デスクとともに交渉に行きました。

対応したのはセンターの幹部で、NHKのデジタル全般を草創期から立ち上げ、NHKプラスなどの開設も主導した草場武彦さん。彼からものすごく高いハードルを課されました。「3カ月以内に週10万PVを取りなさい」と。もし達成できなければ、その時点で即、廃刊だと。NHKですから、Yahoo!もスマートニュースも拡散に利用できない。これは困ったと思いました。

独特の中吊り広告風インターフェースは週刊文春のおかげだった

須田 当時は大手メディアでこういう政治ポータルを持っているところは見かけなかったですよね。

熊田 まさにブルーオーシャンだとは分かっていたんです。だから、ダサくても分かりやすいほうがいいと、名称も「政治マガジン」というストレートなものにすることにしました。

中吊り広告みたいなインターフェースは、ある時、週刊文春の記者の講演を聞いていて思いついたんです。当時はまだ文春はデジタルに苦戦していました。でも「週刊誌の紙面とデジタルで同じことをやるわけにもいかない」と語っていた。

当時の文春のサイトには、トップ画面に中吊り広告の画像が張ってありました。そうだ、こういうイメージをそのままリンクにしたら面白いじゃないかと。文春は自分たちはできないと言っているし。

このアイデアをメンバーに話したところ、政治部出身の鈴木徹也デスクがすぐさまモックアップを作ってくれて。それをもとにデザインが決まっていきました。

「政治マガジン」より 週刊誌の中吊り広告を意識したインターフェースに

須田 記事の中身はどう決めたんですか?

熊田 体裁がこうなったので、週刊誌のように毎週何曜日には最新の特集記事が出るようにすると、読者の習慣がついていいよねと。水曜日に2本出すことで出稿側と合意しました。

でもそれだけでは記事の数が足りませんし、時には速報も出したくなることもあるでしょうから、何かいい工夫はないかと。

そこでNHKが出している政治ニュースがどういうものかを調べてみたところ、9割方が「誰かの発言のニュース」だったのです。そこで、日々出ているテレビニュース用に書かれた政治ニュースを「注目の発言」という形に加工して出すようにした。タイトルもほとんど書き換え、中身も改めて編集して。これは毎日何本も出しました。

新興メディアのアイデアもヒット番組も全部取り入れ…「大人の解決策」も

須田 全部、自分たちでアイデアを出したのですか?

熊田 実は立ち上げ前に、外部のメディアの人にも相談していました。2016年にスタートした新興ウェブメディアの「バズフィード・ジャパン」が話題になっていたので当時の編集長の古田大輔さんにイベントでお会いした際、「政治マガジン」のアイデアを打ち明けてアドバイスをもらったのです。

すると古田さんが、「政治家の行動や発言が検索できるようにしたらすごく役に立ちますね」と。おお、これはいいアイデアだと思いました。ただ全部は無理なので、まずは新聞でも出しているような「総理動静」をデータベース化しようということになりました。

総理動静をデータベース化した「総理、きのう何してた?」より 安倍さんのファンからは「『何してた』とは失礼だ」との批判もありました

「秘書の手帳」をイメージしたインターフェースにして、ワードで検索できて、データもcsv形式でダウンロードできるようにしました。これぞ「サービスジャーナリズム」だと。

また、とかく堅苦しい政治という仕事や政策のことをわかりやすく楽しく発信するコーナーも必要だと考えました。ちょうどその頃、テレビ番組の「サラメシ」が人気だったので、これの政治家や官僚版を作ったら面白いんじゃないかと思い至ったわけです。

そこで普段は報道局とあまり付き合いのない、番組制作局の担当プロデューサーに相談に行きました。でも、すんなりとはいかなくて。というのも、この番組は「テレビマンユニオン」という外部の制作会社が作っているもので、「彼らのクリエイティビティに対し失礼だ」というようなことで、まず番組とのコラボはとNGに。でも名前を使うことだけでもできませんかとお願いしたら、最終的に大人の解決策で、「サラメシ」の「メシ」を平仮名の「めし」にすることでなんとかOKになりました。

政治マガジンの「サラめし」より

ただ、後日談があって、あるイベントでテレビマンユニオンの幹部にお会いしてそのエピソードを話したら、「そんなの全然OKなのに」と言ってもらえました。

このほかにも、「Wikipediaより使える政治用語集」を目指したコーナーは、人気番組「ねほりんぱほりん」にお願いして、「ねほりはほり聞いて!政治のことば」に。こちらはあっさりOKが出て、キャラクターまで使わせてくれました。

政治マガジンの「ねほりはほり聞いて!政治のことば」より

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