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【スクープ】阪神・淡路大震災から30年、アスベストによる健康被害の疑いはこれまで知られてきた人数の3倍以上と判明…被害はさらに拡大のおそれも

1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。それからまもなく30年になる。

都市直下型地震で、兵庫県神戸市や阪神地域の多くのビル・マンション等が倒壊。建物には建築材として石綿(アスベスト)が使用され、倒壊や復旧に伴う解体時に大気中に飛散した。石綿を吸い込むと、十数年から50年という長い潜伏期間を経て悪性中皮腫や肺がんといった健康被害を引き起こす。これまでの報道などで、石綿関連疾病を発症して労働災害(公務災害)として認められた人が8人いることが判明していたが、実際にはさらに多いとみられることが今回の取材で明らかになった。

労災の対象とはならない石綿被害者への救済金を扱う独立行政法人環境再生保全機構に情報開示を求めたところ、被害が認定された18人が「阪神・淡路にかかわった」と機構のアンケートに答えていたのだ。これまで分かっていた8人と合わせると、26人にのぼる。

ただ、これは被害の一端と見られ、石綿の潜伏期間を考えると、被害は今後さらに広がる恐れがあるが、行政の腰は重い。

フリーライター 中部剛士

阪神・淡路の建物解体で飛散、異常な数値の検出も

石綿とは天然の鉱物であり、耐熱性、耐摩耗性、絶縁性、耐腐食性といった優れた性質を持ち、加工しやすい。しかも安価であったため、建築材や工業製品として幅広く使用され、日本石綿協会の統計では1930年以降、約988万トンが輸入されている。髪の毛の約5000分の1の石綿繊維を吸い込むと、重篤な疾病を引き起こす可能性があり、2012年、全面的に使用禁止となった。ただ、古い建物には今も使われており、地震で建物が倒壊したときには飛散しやすく、また、平時であっても解体時に慎重に取り扱う必要がある。

大震災直後の1995年を振り返りたい。被災建物の公費解体が決まり、解体が急ピッチで進む。被災地のあちこちで重機がうなりを上げてビルを解体、がれきを積んだトラックが縦列をつくって仮置き場や処分場に向かった。街中がほこりっぽくなり、出勤途中の会社員や通学の子供たちはマスクをしたり、口元を抑えたりする。こうしたほこりの中に石綿が含まれていた。

阪神・淡路大震災後、神戸市に入った中地重晴氏(現・熊本学園大教授)が撮影した建物の解体現場。粉じんが舞い、毒性の強い青石綿も確認した(記事タイトルの写真も中地氏撮影)

民間研究機関、環境監視研究所(大阪市)の中地重晴氏(現・熊本学園大教授)らは2月に被災地に入ると、神戸市東灘区の国道2号沿いで、毒性の強い青石綿が吹付けられたビル解体現場に遭遇。ここで石綿濃度を調査すると、大気1リットル中、石綿繊維が160本、250本という異常な数値を検出した。一般の大気中の基準はなく、大気汚染防止法は石綿工場等の敷地境界で大気1リットル当たり繊維10本を基準値としており、これと比べると16、25倍の多さである。中地氏によると、作業員は散水もせずに作業を続け、周辺にいる住民らは作業を見守っていたという。

当時、神戸市は環境庁(当時)と連携し、市内7地点で1995年2月から9カ月間、一般大気中の石綿濃度を測定。0.2~4.9本/リットルにとどまっていることなどから、市は「一般市民への震災によるアスベストの影響は基本的に小さい」と評価する。これに対し、NPO法人ストップ・ザ・アスベスト代表の上田進久氏は「調査は不十分。データは白石綿であり、毒性の強い青石綿が調査されていない。飛散を過小評価している」と猛反発する。

相次ぐ石綿労災の認定

「一般市民への影響は小さい」と市は評価していたが、その後、阪神・淡路にかかわった労働者の石綿労災の認定が相次ぐ。

初めて報じられたのは、2008年3月。被災地で解体作業をして石綿を吸い込み中皮腫を発症したとして労災請求した兵庫県内の30代男性が、姫路労働基準監督署に認定され、各メディアが報じた。このとき、兵庫県は「震災での解体作業と中皮腫発症との直接の因果関係を認めたものではない」と発表した。

ところがその4年後の2012年、震災が影響したとしかいいようのない事例が明らかになった。震災直後から約2カ月、被災建物の復旧作業(石綿建材の片付けなど)に携わった兵庫県宝塚市の男性(当時65歳)が中皮腫で死亡し、西宮労基署が労災として認定されたのだ。

撮影:中地重晴氏

さらに、震災直後、神戸市長田区で警戒活動をしていた元警察官の男性が中皮腫で死亡しており、「震災時の警察活動しか石綿を吸い込む機会はなかった」という元警察官の主張を認め、2018年に公務災害として認定されている。

厚生労働省も震災の影響を示唆する。同省は毎年、石綿労災が認定された事業所を公表しているが、2022年度分で大阪・淀川労基署が認定した中皮腫患者について特記事項として「阪神淡路大震災の復興関連作業による間接ばく露。通常業務での取り扱いはなし」とし、2023年度分では神戸東労基署が認定した肺がん患者について「大震災発生の時に間接ばく露を受けた可能性あり」として公表している。

「悪性中皮腫が多発する」診察した医師の“予言”

これまで報道等で震災にかかわる8人が石綿労災として認定されているが、その一人、兵庫県芦屋市の建設会社元社員のAさんは生前、筆者の取材に「私が中皮腫になった原因は震災以外考えられない」と話していた。労災認定にかかる資料を情報開示請求してもらったところ、労基署と主治医の間で次のようなやり取りがあったことが記録されていた。

労基署 「被災者(Aさん)は平成7年1月17日の阪神淡路大震災後、約2年8カ月の間、現場監督にあたり、解体作業や改築作業に従事した際、石綿のばく露を受けたと申述していますが、今次中皮腫との因果関係について、症状経過、検査結果等により、ご教示お願いします」

主治医 「中皮腫の原因として、解体作業時のアスベスト混入によることが、強く考えられる」

労基署 「その他参考となる意見・事項がございましたらご教示願います」

主治医 「今後、神戸中心に悪性中皮腫が多発すると思われる」
  
筆者は阪神・淡路大震災に伴う石綿被害を約20年追い続け、多くの医師を取材してきたが、「石綿による健康被害は心配ない」と被害を否定する医師は一人もいなかった。

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未公表の衝撃的な結果を入手

石綿による健康被害を受けた場合、業務上であれば、労災や公務災害として補償を受けられ、業務上でなければ、石綿健康被害救済制度により医療費や療養手当を受けることができる。

発症までの潜伏期間が長く、どこで石綿を吸い込んだか分からないことが多いことから、救済制度を扱う環境再生保全機構は2021年度から震災に関するアンケートを実施した。阪神・淡路大震災などの震災に関し、次の作業をしたかどうかを尋ねている。

  1. 被災した自宅で石綿建材を片付けた

  2. 震災復旧作業

  3. 震災ボランティア

このアンケート結果は公表されていないため、昨年12月に開示を求め、内容を整理したのがこの表である。

石綿被害者のうち阪神・淡路にかかわる作業をした人は18人(男性15人、女性3人)。2022年度だけで15人に達し、2021年度の少なさは同年度途中から始めたためだと思われる。

22年度分のうち1人は東日本大震災の業務にも携わっていたという。最長居住地域は兵庫県内だけでなく、京都、大阪、神奈川、静岡などに広がり、フリーコメントには大工作業、仮設住宅建設、木造住宅耐震診断、塗装、電気工事、水道管敷設工事といった言葉が記されているほか、「がれきの街中を歩いた」との記述もあった。震災後、全国各地から復旧・復興にかかわる業者が集まっており、労災の対象とはならない個人事業主の可能性があるほか、震災ボランティアにかかわっていたとの回答も2人いた。

2023年度がどのような数字になるかが注目される。

能登半島の被災地に阪神・淡路の教訓を

能登半島地震は阪神・淡路と異なり、ビルやマンションといった大型の建物は少ない。しかし、石綿は一般の家屋にも使用されており、災害廃棄物の仮置き場では石綿含有建材が分別されている。

発生から1年がたったものの、被災家屋の解体・撤去は見込み数の43.7%(2024年12月末)であり、今後急ピッチで進むのだろう。解体には業者、ボランティアらがかかわっているが、ボランティアには石綿のリスクが十分に伝わっておらず、防じんマスクの着用も十分ではない。

石綿建材の使用が確認された石川県輪島市の被災建物(2024年12月、撮影・中部剛士)

石川県が住民や災害ボランティアに注意喚起するリーフレットを作成しているものの、現場には浸透していない。被災地NGO恊働センター・能登事務所担当の増島智子さんは解体中の家屋から石綿を含んだ瓦を確認しており、ボランティアに注意を呼び掛けている。

今、石川の被災地は、復興のため被災建築物の早期解体・撤去が求められているが、石綿飛散を予防しなければ大きな禍根となりかねない。

中部剛士(なかべ・たけし)

1966年大阪府生まれ。神戸新聞編集委員、論説委員を経てフリーに。災害報道や地域振興、地域医療の取材に携わったほか、アスベストによる健康被害、過労死・職場のメンタルヘルスといった労働問題に力を入れてきた。共著に『忍び寄る震災アスベスト』(かもがわ出版)。『「働き方改革」で過労死はなくなるか』(アトリエエムブックレット)