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「PFASの血液検査は不安を増す」と否定的だった環境省が突然の軌道修正!岡山で検査実施の4日後に必要性認める手引き

血液検査に否定的だった環境省が一転

事実上の方針転換につながるだろうか。

環境省は昨年11月末、PFAS汚染への対策について自治体向けに作成した「PFOS及びPFOAに関する対応の手引き(第2版)」を公表した。

<PFOS及びPFOAによる健康影響を明らかにするために、疫学研究を行う上で血液検査を行うことも考えられる>

環境省はこれまで「汚染地域での血液検査の実施」について否定的な見解を貫き、初版でも触れていなかった。「疫学研究を行う」との前提つきとはいえ、ようやく実施の意義を認めたのだ。

それは、深刻な飲み水の汚染が起きた岡山県吉備中央町で、住民700人あまりが血液検査を受けた4日後のことだった。

汚染地域の自治体による血液検査が実施されたことから、軌道修正を図らざるを得なくなったのだろう。

「PFOS及びPFOAに関する対応の手引き(第2版)」より

血液検査の実施を決めるまでの道のりを、山本雅則町長はこう振り返る。

「町が予算をつけるまでの半年間、環境省からはずいぶん言われてきました」

言葉を選んではいるが、環境省から血液検査をしないよう、事実上の圧力があったことを認めている。

「ただ、予算が通って決まった後は、ほとんど何も言ってこられなくなりました。それが逆に不思議でした」

この言葉どおりだとすれば、血液検査の否定に実質的な根拠はなかったということになる。

昨夏の草案では事実上の不要論を展開

それでも、第2版の草案が示された昨夏の時点では、否定的な内容が書き込まれていた。

<血液検査については、かえって不安が増す可能性がある>
<血液検査を受けた人の精神的な面を含めたフォローの手法が確立されていないなどの多くの懸念点が指摘されている>

否定的な文言が連ねられた「PFOS及びPFOAに関する対応の手引き(第2版)」の草案

また、血中濃度がドイツの公的機関やアメリカの学術機関の定める指標を上回った場合についても、

<必ずしも健康障害が起こるとも限らない>
<将来、健康影響が発生することを意味しない>

と強調していた。

それまでも、一般向けに作成した「PFOS、PFOA に関するQ&A集」に、

<血液検査の結果のみをもって健康影響を把握することも困難なのが現状です>

と記すなど、環境省は汚染地域での血液検査については一貫して、事実上の不要論を展開してきた。

血液検査の実施は「慎重に」と

環境省がPFAS対策の司令塔と位置づけた「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」でのやりとりが象徴的だろう。

第4回(2023年7月25日)で、「PFASに対する今後の対応の方向性(案)」という自治体向けの文書に書き込む文言をめぐって意見がぶつかった。

<地域での血中濃度調査の実施については、血中濃度のみを測定しても健康影響を把握することはできないのが現状であるとともに、地域における存在状況に関する調査としては(略)本調査の結果も踏まえて慎重に検討すべきである>

汚染地域での血液検査の実施は、全国の平均的な血中濃度を把握する調査(本調査)を待って「慎重に検討すべき」とされたことを受けて、原田浩二・京大准教授が反論した。

「ここの文章は、基本的にやりたくない、あまり積極的にはやらない、つまり最終的には『慎重に検討すべきである』ということになっていて、非常にほかのところと違って温度差がある記述ではないかと思っております」

血中濃度がわかっても健康影響との関連まで判断できないのは確かだが、血中濃度がわかれば体の中にどれくらい蓄積しているかを把握できる。でも、このままでは自治体が血液検査をしない材料にされる懸念がある。原田准教授はさらに、こう口にした。

「この専門家会議があまりにも後ろ向きな立場である、ということを追認してよいのかと私は思うわけです。(略)私は一人の PFAS 研究者としてこのままでは困るかなというのもあります」

PFASに対する総合戦略検討専門家会議(撮影:諸永裕司)

ただ、「慎重に」という文言をめぐる評価は割れた。

「後ろ向きだというような印象は個人的には受けない」(鈴木規之・国立環境研究所フェロー)
「それほど違和感はない」(松井佳彦・早稲田大学研究員客員教授)

「慎重に検討するのは自明の理だと思う」(高野裕久・京都先端科学大学特任教授)
「『慎重に検討する』イコール『やらない』というふうに取られてしまうというのは大変よろしくない」(鯉淵典之・群馬大学副学長)

結局、環境省が盛り込んでいた「慎重に」の一言は最終的に削られることになった。

さらに、以前紹介した(https://slownews.com/n/n7bf9c75d53d3?)第5回(2023年8月1日)でも、血液検査の位置づけをめぐる議論が熱を帯びた。

原田准教授が「(手引きに)消極的な書き方をすべきではない」と指摘したところ、環境省の市村崇・環境リスク評価室長は次のように反論した。

「消極的に書こうとは思っておりません。科学的に正確に、誤解のないようにと思っています」

そして、3カ月後に公表された「手引き」第2版では、血液検査の必要性を認めたのだった。

環境省が触れない、血液検査を行う「メリット」

従来の姿勢から転じ、「科学的に正確に」記したということなのだろうか。「消極的」との指摘に反論した市村崇・環境省リスク評価室長に取材を申し込むと、回答を拒まれた。

代わりに応じたのは、リスク評価室長補佐だった。

――血液検査について「手引き」に盛り込んだのはなぜか。
「(国会議員から)レクチャーに呼ばれることが多く、(地方の)県会議員さんなどからの問い合わせも多く、地方自治体のみなさんにも周知するということからです」

――血液検査の必要性を認めたということか。
「血中濃度を調べても、健康状況を把握することはできません。疫学研究をしないと確かなことはわかりませんし、全国平均との比較もできません。我々はいまも、血液検査を推奨はしていません」

そもそも、環境省はこれまで、「化学物質のヒトへのばく露量モニタリング調査」の対象を「3カ所、80〜100人」に絞ってきたため、国民の平均値を言えるデータをもたない。それでいながら、全国平均と比較できないことを不要の理由に挙げているのだ。

血液検査によって曝露量を知ることにも意味はないのか。あらためて問うと、こんな答えが返ってきた。

「その意味では、意味があると思います」

じつは、血液検査の実施について、環境省はアメリカの学術機関「全米アカデミー」が示したガイダンスを参考にしたという。そこには、血液検査をめぐる「メリット」と「デメリット」が両方記されているが、環境省は以下に示す「メリット」に触れたことはない。

  • 曝露量は下がっていくと知ることができる

  • 地域が汚染に対応する後押しになる

  • 曝露量を知らないことによるストレスから解放される

  • PFAS曝露による潜在的な健康リスクへの予防的措置がとれる

  • 曝露低減に向けた対策の有効性を確かめることができる

全米アカデミーのガイダンスの原文

なぜ、短所のみを採用して、長所には触れないのか。

あらためて、環境省の市村・リスク評価室長にメールを送った。すると、16日後に返信があった。

<血液検査の実施に関する考え方については、これまでの環境省としての認識に変更はありません>
<(手引きについては)専門家会議での御意見も踏まえて、手引き全体として記載を精査したものです>

だが、血液検査の長所に触れない理由は書かれていなかった。

全国の汚染がないところでは測り、汚染されているところでは測るべきでない、としてきた従来の主張はそもそも論理が破綻していたのではないか。

吉備中央町で行われた血液検査の結果は1月28日に公表される見通しだ。その数字が、血液検査の意義を物語ることになるだろう。

*  *  *

<おことわり> 
前回のPFASウオッチで、「PFAS対策技術コンソーシアム」の山下信義会長のインタビューをお届けするとお伝えしましたが、予定を変更させていただきました。山下会長のインタビューは後日、公開します。

全国各地で汚染が確認されているPFAS。最新情報について、「諸永裕司のPFASウオッチ」で毎週お届けしています。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com