2年に及ぶ戦争はジャーナリストの「正義」さえ変えてしまった…衝撃のNHKスペシャル2本
あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。
きょうのおすすめはこちら。
戦火の放送局Ⅱ~ウクライナ うつりゆく“正義”
昨日の「今日の必読」では、戦時下でも政権と緊張関係を保ち続けるウクライナのメディアを取り上げた朝日新聞の記事を紹介しました。そこに描かれていたのは、極限状態にあっても「民主主義の守り手」として揺るがないジャーナリストの姿でした。
しかし、その姿ばかりが真実なのではありません。NHKスペシャル「戦火の放送局Ⅱ」は、ウクライナの公共放送「ススピーリネ」を舞台にした番組です。Ⅱとあるように、2年前にロシアの侵攻が始まった直後、NHKは同じススピーリネを取材したNスぺを放送しています。その時に語られたのは、放送局が攻撃されても、拠点を移して「戦火のもとでも自由な報道を続ける」公共放送の姿で、上記の朝日の記事に登場するジャーナリストを髣髴とさせます。
ところが、2年に及ぶ戦争が、そのジャーナリストたちの心をも蝕んでいる実態を描いたのが、今回の番組です。
番組では、朝日の記事にもあった「ロシアの偽情報やプロパガンダに対抗するため、ウクライナの民放4局と公営放送2局が同じ内容のニュースを流すテレマラソン」の実態をより詳しく描いています。前線の取材が当局に厳しく制限されるようになったため、軍の報道官が一方的に「垂れ流す」情報を流さざるを得なくなっていました。「前線を取材できないので真実かどうかさえ確認できない」といいます。
そして、前線で「ジャーナリストが来ると攻撃される」とまで非難された記者は、数々の惨状を目の当たりにしてペンを置いてしまいました。
2年前は「自由な報道」を掲げていた女性も、今では報道を検閲する側に回っていました。「戦争に不利になりうる情報は出せない」というのがその理由です。
さらに、ススピーリネをやめてしまったカメラマンは、ドローンの操作技術を、軍に教えるようになっていました。「もうプロパガンダとの戦いはどうでもいい。やつらを殺したいだけです」というインタビューが衝撃的です。
その「ドローン」が不気味に登場するのが、もう一本の衝撃的なNスぺです。
戦場のジーニャ〜ウクライナ 兵士が見た“地獄”〜
こちらも主人公のジーニャは元テレビカメラマン。彼の場合は招集されて応じ、東部の「反転攻勢」の前線で戦うことになりました。
この番組は、ジーニャをはじめとした兵士たちがスマホやカメラで撮影した戦場の映像でほぼ全編が構成されています。最前線の戦場の姿をここまでリアルに描いた番組が、かつてあったでしょうか。番組で何度も「戦場の実態を伝えるため死体や重傷の兵士の映像が流れます」と表示され、子どもには視聴させないようにという呼び掛けまでしています。
まるで第一次世界大戦を思わせる「塹壕」戦や、攻めていったはずの最新鋭の装甲車両が次々と鉄くずになっていく様子が描かれる「地雷」の恐怖。そして、不気味な「羽音」を響かせて戦場に飛来し、敵を抹殺していく「ドローン」。この三つが「地獄」の主題となって番組は進みます。
明るかったジーニャが、自ら人を殺しにいく経験を通じて、「戦場から戻ったら元に戻れると思っていたが、二度と元には戻れない」という変化が、その視線、表情を通じてわかります。
もう一つショックだったのは、カメラがとらえた戦場の様子は、まるで今の子どもたちにも流行りのFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム=本人の視点で武器を手に戦うゲーム)を見ているようだということです。ドローンを操作して兵士たちを殺害していくウクライナ兵は、「まるでこれはゲームだ」と話していました。
そういえば以前、調査集団べリングキャットが、ウクライナへのミサイル攻撃を遠隔操作していたロシアの舞台を割り出す報道をしていましたが、彼らも同じような感覚だったのかもしれません。
現実感のない戦場は、どこまでも広がっていってしまうのではないか、そんな恐ろしさも感じました。
この2本のNスぺ、「戦火の放送局Ⅱ」は3月9日(土))午後10:50 までNHKプラスで、「戦場のジーニャ」はNHKオンデマンドで見ることができます。(熊)