【独自】全国初の行政によるPFAS血中濃度の検査実施へ 岡山・吉備中央町が6000万円余を予算案に
フリーランス 諸永裕司
国の政策に一石を投じる決断だろう。
岡山県の吉備中央町が、国際機関から発がん性を指摘されているPFAS(有機フッ化化合物)に汚染された水を飲んでいた住民の血液検査の費用を、新年度予算案に盛り込んでいることがわかった。
3月議会に諮られる予算資料にこう記されている。
<健康影響調査業務 61,200(千円)>
町の関係者によると、汚染された飲み水によって体内にPFASを取り込んだ住民たちの血中濃度を調べ、その後の健康状態も観察していくという。血液検査は、対象となる約1000人(円城地区)のうち希望者に行う。
PFAS汚染をめぐる血液検査を自治体が実施するのは全国で初めてで、国内では例のない汚染地域での大規模な調査となる。山本雅則町長は「住民に寄り添う」という言葉どおりの決断をした。
きっかけは、昨年10月、水道水からPFOAとPFOSの合計で1400ナノグラムが検出されていたことが岡山県の指摘で発覚したことだ。少なくとも2020年から3年間、国の目標値の16〜28倍の濃度だったことが判明している。
町はその後、住民の健康への影響が懸念されることから、血液検査の実施について検討をはじめていた。「知見のある専門家に方向性を出していただきたい」として、健康影響対策委員会(委員長=頼藤貴志・岡山大大学院教授)を設けた。
国は依然として血液検査に後ろ向き
そもそも、国は汚染地域での血液検査には後ろ向きの姿勢を崩していない。
環境省が設けたPFAS対策戦略検討専門家会議は「今後の対応の方向性」とする提言の中で、以下のように記している。
しかも、委員からの指摘を受けて公表直前に修正するまで、「慎重に検討すべき」と書かれていた。
食品影響について検討してきた食品安全委員会(内閣府)のPFASワーキンググループも、現在パブリックコメントを募集中の評価書(案)に、こう記している。
町の決断の背景にあったのは
こうした状況のもと、吉備中央町の健康影響対策委員会には9人が集まった。
「PFASウオッチ」(第6回)で紹介したように、議論をリードしたのは、国立環境研究所の中山祥嗣・曝露動態研究室長だった。ただひとり、PFASについてアメリカでの研究実績があり、前述した国のふたつの専門家会議でも委員を務める。
第1回会議で、中山室長は、水道水中のPFASの値が高くなってから10年に満たないと推測されるとして、
「血中濃度を測る必要はない」
と発言した。血中濃度が高かった場合、住民が不安になるのではないかとの声もあがった。
ところが、クリスマスを前に流れが変わる。
きっかけは、原田浩二・京大准教授が一部の住民の求めに応じて、独自に血中濃度を測ったことだった。
日本に基準はないが、アメリカの学術機関「全米科学アカデミー」は20ナノグラムを超えたら「健康への影響が懸念される」として、脂質代謝異常や甲状腺ホルモンの検査のほか、腎がんの徴候や症状を医師に確認してもらうよう勧めている。
その20ナノグラムを、2歳から80歳までの27人全員が上回っていたのだ。しかも、4種類のPFASの合計で最大389ナノグラム、平均でも186ナノグラム。アメリカの高濃度汚染地帯に迫るほどの高さだった。
3月1日、第4回会議の終了後、頼藤委員長は、委員会としての「提言」と「報告」を近く町に示す、と発表した。
「血液検査に関しては、こちらがやった方がいいとか、やらない方がいいという提言ってなかなかちょっと難しい。(略)政策を考える上でこういう点を検討して、町でご判断されたらいいのかなと思って(略)報告という形にしております」
つまり、委員会としては血液検査をするかどうかの方向性は示さず、判断材料を示すにとどめ、提言ではなく報告とするというのである。当初の消極的な方向性は消えたものの、積極的に実施を求めるというコンセンサスには至らなかったようだ。
それでも、頼藤委員長は、米国の機関では血液検査のメリットが示されていることに触れ、PFASをどれだけ体に取り込んでしまったか(曝露)を血液検査で調べると同時に、健康影響があるかどうかも追っていく必要性がある、との見解を示した。
「(注:血液検査と)健康影響がセットになるべきかなとは思っております」
「国や県からの圧力もあった」
飲み水の汚染発覚から4カ月あまり。町は、委員会からの正式な提言・報告を待たずに、血液検査を盛り込んだ予算案をつくった。決断に至るまでには環境省や岡山県からかなりの圧力があったようだ、と関係者は打ち明ける。
「血液検査をすれば、結果によっては高濃度汚染地域として全国的に注目を集める可能性がある。また、健康観察をつづけることで将来、健康被害が明らかになるかもしれない。そうした芽を摘んでおきたい、と国側は考えていたのではないでしょうか」
それだけに、血液検査の実施を求めて地元で活動してきた阿部順子さんは、町の決断を歓迎する。
「自分の体のなかにどれくらい危険な化学物質が取り込まれてしまったのかを知るのは住民の権利であり、それを知らせるのは汚染された水を提供してきた自治体の責任だと思います。なにより、調べてほしいと求めてきたのは、この町でずっと暮らしていきたい、安心して子どもを育てていきたい、という思いからです。子どもたちの将来のためにも血液検査とともに、健康状態を長期的にみていく仕組みを整えてほしいです」
PFAS汚染対策の先進地となる吉備中央町から、今後も目が離せない。
(編集より)毎週水曜日にお送りしている「諸永裕司のPFASウオッチ」、今週は独自の情報がありましたので、前倒しで月曜に発信しました。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)