SMAPをめぐる勢力争いが加速させたジャニーズの「テレビ局支配」
伊藤喜之(ノンフィクション作家)
ジャニー喜多川氏の性加害問題で、再発防止特別チームによる報告書を受け、9月7日、ジャニーズ事務所がついに会見を開いた。欠席の意向も報道されていた藤島ジュリー景子前社長も登壇したことは、創業家一族がほとんど公に姿を現さず、閉鎖性が指摘されてきたジャニーズ事務所がこれまでになく追い詰められた証左でもある。
会見で、ジュリー氏らはジャニー氏による性加害を認め、謝罪・補償に法的責任を超えて応じる姿勢を見せた。これ自体は評価できるが、発表した新体制は再発防止特別チームから求められた「解体的出直し」とは程遠かった。
9月5日付で社長を退いたジュリー氏に代わり、新社長に就いたのはジャニーズタレントの長男格・東山紀之氏。ジャニー氏の性加害を「鬼畜の所業」と断罪しながら、約40年も在籍した事務所内での性加害自体は「噂でしか知らなかった」と言い切る人物だ。
同い年のジュリー氏とは14歳の時に知り合い、「幼なじみのような関係」と語る。気心が知れた東山氏が何かと都合の良い人選だったのは間違いない。
ジュリー氏は社長から外れるだけで引き続き代表取締役に就く。100%保有する株も手放さない。そして何より驚かされたのは、性加害者・ジャニー氏の名を冠した社名も変更しない判断だった。
テレビ局から相次いだ「取引続行宣言」
この会見を受けて、ジャニーズタレントをCMに起用してきたスポンサー企業の一部は、これまでの関係を見直し始めた。
11日までに今後の方針変更や更新打ち切りを表明しているのは、日本航空、キリンホールディングス、アサヒグループHD、サントリーHD、東京海上日動、日本生命、日産など。人権に関連する目標を含むSDGs(持続可能な開発目標)などを企業活動に組み入れるようになった経営環境からすれば、企業が人権問題を抱える取引先とのビジネスを見直すのは自然な流れだろう。
少なくとも、性加害が放置されてきた要因の改善が客観的に確認できるまで取引を一時停止するといった措置を取らなければ、自らの会社も株主などから追及されかねない。当然の判断だ。
そんな中で、ためらいもなく「取引続行宣言」をジャニーズ事務所の会見前から出している企業群がある。テレビ局だ。
「タレント個人が起こした問題ではないので、バラエティーやドラマに関しては、出演はこれまで通り続けていく」(TBSの渡辺真二郎編成部長、8月31日の番組改編説明会)
このTBSの声明に右へ倣えするように、フジテレビ、テレビ朝日、日本テレビが7日までに相次いでジャニーズタレントの起用続行を宣言した。
「スポンサーが番組から降りるまで変わらない」
一方、NHKとテレビ東京は留保をつけ、タレント起用を継続するか結論は見送った。
「出演者の起用については、番組の内容や演出に合わせて、ふさわしい人を選定してきましたが、今後は、所属事務所の人権を尊重する姿勢なども考慮して、出演者の起用を検討したいと考えております」(NHK)
「経営ガバナンスの強化など、残された課題は多く、今後も人権デューデリジェンスの考え方に基づき、取引先としての対話を通じて、状況の改善を働きかけていく所存です」(テレビ東京)
直ちに取引停止を明言する社は皆無だった。
テレビ各局とも日頃、報道番組などでは、人権報道にも力を入れている。企業の責任も追及している。亡くなったジャニー氏のみならず、一部スタッフによる性加害も報告されたジャニーズ事務所との取引について、少なくともNHKのように判断を保留し、同事務所との過去の付き合い方などについて自己検証をへて今後の取引について慎重に見極めるのが筋だ。その気配は伝わってこない。
最近のビッグモーター事件に限らず、企業の不祥事報道では手厳しく責任を追及するメディアが自らについては大甘であることには、呆れるしかない。
あるキー局の社員はこう明かす。
「スポンサー企業の一部がジャニーズとの取引を見直す、CMで使わないという決断をしたことには驚きました。しかし、社内ではようすをみているような状態です。このさき、『ジャニーズタレントを使っている番組からはスポンサーを降りる』と宣言されない限りは、経営陣の対応は変わらないでしょう」
「テレビ局はジャニーズ事務所の子会社」
それにしても、世論の反応をうかがうことも社内の検証をすることもなく、なぜかくも素早くジャニーズとの「取引継続」を、テレビ局が打ち出さなければならなかったのか。
9月7日の会見では、その謎を紐解くヒントとなる発言があった。発言者は、ジュリー氏でもなく、東山氏でもなく関連会社ジャニーズアイランドの井ノ原快彦社長だ。
「(ジャニーズ事務所内で)なんで、こうなの?って言ったら、『昔、ジャニーさんがこう言ったから』、『メリーさんがこう言ったから』ということを守ってきた昔のタイプのスタッフがいた。『なんで?それ変えようよ』って、毎日言っています。忖度なくしますっていっても、急になくならない。
(ジャニーズ広報責任者だった)白波瀬(傑)さんも『やめろ』って(メディア側への注文で)最初は言ったかもしれない。そのあとはずっとそれ(忖度による判断)が続いているだけだと思う。
(中略)忖度って日本にはびこっているから、これを無くすのは本当に大変。皆さん(メディア)の問題でもあると、一緒に考えていく問題でもあると思いますから、そこら辺はご協力いただいた方が良いと思います」
井ノ原氏がいみじくも指摘した同事務所やメディア内に厳然と存在し、いまも宿痾のように拭いされない「ジャニーズ忖度」の病理。あるディレクターはこう指摘する。
「テレビはジャニーズ事務所の子会社のようなものだった」
本連載ではこれまで全国紙、スポーツ紙、出版社の内情を探ってきた。今回は、本丸ともいえるテレビ業界とジャニーズ事務所の関係をテレビ局や制作会社の社員らへの取材から報告したい。
海外ツアーでメディアを接待漬けに
「あんなことされたら(ジャニーズのこと)変なこと書けないよなと初めて思わされた」
あるテレビ関係者がそう振り返るのは、人気グループ嵐の海外ツアーだ。結成5年、15年などの節目に合わせて、ジャニーズ事務所がテレビ局の制作局幹部、ディレクター、芸能レポーター、スポーツ新聞記者らの一行を招待するのが恒例だったという。
「私が参加したときは制作系と報道系で総勢100人近くいたかな。全員ビジネスクラスで、高級ホテルの宿泊代と滞在中の毎日3度の食事代も含めて旅費はすべてジャニーズ事務所の負担でした。
びっくりしたのは、出発空港で現地での携帯電話が一人ひとりに配布されたこと。私有携帯だと日本への国際電話をかけるのも高額な電話代がかかるからでしょうが、『財布を開かせるな』と言わんばかりの至れり尽くせりの接待でした。総額数千万円ぐらいは軽く経費がかかってましたね」(テレビ関係者)