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政治家に利用されかけた!?サイト廃止、NHKの信頼も失墜しかねなかった最大のピンチとは【NHK政治マガジンの興亡⑤】

6年の歴史に幕を下ろした「NHK政治マガジン」。話題を呼んだウェブメディアは最終的には「民業圧迫」の象徴とまで言われました。どのように生まれ、どのような役割を果たし、どうして廃止されたのか。その秘話を数回にわたってお届けしています。

第5回は、次々と襲ってきた大ピンチについて。中には政治マガジンの存続どころか、NHKの信用失墜にもつながりかねなかった大問題もありました。

ジャーナリストの須田桃子さんが、「政治マガジン」を立ち上げ、3年間編集を担当した、熊田安伸・元NHKネットワーク報道部専任部長に聞いています。


とんでもない陰謀論に巻き込まれる

須田 前に説明された、圧力や忖度ということ以上の「大ピンチ」とは何だったんでしょう。

熊田 大きなピンチは幾度となくありましたが、この時は本当に冷や汗をかきました。

検察官の定年を延長させる検察庁法の改正案。これは「官邸に近い」という指摘を受けていた、東京高等検察庁の黒川弘務検事長の定年を延長させて、検察トップである検事総長の座に就かせるためのものだと大問題になりました。

その騒動のさなかに、当時の安倍首相がこんな発言をするんですね。「黒川さんと2人でお目にかかったこともない」と。

そうすると、多くの人がこの連載の第1回で紹介した「総理、きのう何してた?」の機能を使って、この発言が本当かどうか、ファクトチェックのようなことをしようとするんですよ。まさにそうやって使ってもらおうと思っていた機能なので、ありがたかったのではありますが……。

「総理、きのう何してた?」より(矢印は筆者加工)

ところがですね、NHKの使っている検索エンジンがすごく脆弱なもので、ちゃんとした検索結果を反映しないと以前から問題だったのですが、この時にたまたま、2019年以前のものが全て検索できなくなるというトラブルが起きてしまいました。

するとSNSで大騒ぎになったんです。「NHKが『黒川』というワードで検索できないように操作した」と。そんなはずないじゃないですか。実際、こういう時にこそ使ってもらうために作ったのに。

そもそもNHKはこのころ、普通に黒川さんの記事を出していますし、隠す理由が何一つありません。「政治部が…」という人がいましたが、政治部の面々に政治マガジンのシステムをいじれる能力のある人なんて一人もいるはずがない。陰謀論もここに極まれりです。

当時のツイートより

慌てて検索エンジンの不具合だと説明しても全く信じてもらえませんでした。工作なんてしていない証拠に、その間にもGoogleで検索をしてくれれば、ちゃんと表示はしていたんです。ちょうど休日に起きてしまったこともあって、エンジニアにもなかなか連絡がつかず、復旧に時間がかかってしまいました。

須田 それは焦ったでしょうね。もう休日が休日じゃないような。

熊田 そうなんです。しかもそうこうするうちに、当時は日本テレビに在籍していた著名な調査報道ジャーナリストの清水潔さんまで同じようなツイートをしてきた。これはまずいと思いました。

清水さんは以前、NHK内で行われた調査報道研修にも来てもらい、二度にわたって講義していただいた縁もあり、連絡先を知っていました。そこですぐに直接電話して事情を説明しました。「あれは政治部が運用しているわけではなく、僕が責任者でやっているんです。僕がそんなことをするわけないじゃないですか」と。すると訂正するツイートをしてくださって。本当に助かりました。

他のジャーナリストの仲間も、「修正が終わってちゃんと検索できている」というツイートを次々としてくれて、事態はなんとか収束しました。

それにしても、こういう「いかにもな陰謀論」ってすぐに広まってしまうので怖いですよね。それからは僕自身、「いかにも」な誰かの批判をSNSで目にしても、まずは疑ってかかる姿勢を強めました。

検索結果より 2018年12月11日に短い時間だが黒川氏と会ったことが表示される。(赤枠は筆者加工)

サラめしも批判の的に

熊田 もう一つの目玉コンテンツ、「サラめし」も批判を受けたことがありました。小島慶子さんがYouTubeで政治マガジンについて、「いま知りたいのは好きな食べ物ではない」と。

確かにある意味その通りで、おっしゃることは理解できます。でも、サラめしとは別にメインの特集もやっているわけで、その部分だけを切り取られるとなんとも……。ただ、こういう印象を持たれるのであれば、発信として失敗したかなとは思いました。

SNSでは「政治部が取材することではない」という意見も出ていて、それももっともだとは思いました。でも普段は接触しにくい政治家や官僚にも、「サラめしの取材」だと言えばアプローチしやすくなると聞いていましたし、テレビではほとんど姿を見なくなった政治家の動静にも迫ることができました。

それに、サラめしでなら、ちゃっかり「本音の発露」を入れることができる。例えば、「オリンピックは必ずしも経済的な見返りを期待できるイベントではない」なんて話は特集だとかなりの深い取材が必要ですが、食べている時の愚痴でならさらっと入れることができるんです。

そもそも僕自身は、「食事という人間の欲望の発露には、ものすごくたくさんの情報が含まれ、読み取れるはずだ」という考えを持っていて、読者にも取材する記者にもそれを読み取ってほしかった。ちょっと穿った感じだと、「ああこの政治家は、自分をこういうふうに見せたいんだな」と深読みする人もいて、そういう読まれ方もいいなと。

須田 炎上はしたんでしょうか。

熊田 まあそこまでではなかったので、静かに収束を待ちました。しかし、サラめしをめぐっては、こうしたことより遥かに大きな問題が起きてしまったんです。これこそが、NHK全体の信用にかかわるほどの最大のピンチでした。

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