調査報道大賞の受賞者たちが語ったこととは…キーワードは「オープンシェア」
第3回調査報道大賞の授賞式が、9月29日に開かれました。今回は受賞された皆さんの声と審査員の講評のポイントについてお伝えします。
大賞
『ジャニーズ事務所・ジャニー喜多川 少年たちへの性加害の一連の報道』週刊文春
講評:長野智子さん(ジャーナリスト)
この報道を特別なものにしているのが、ジャニーズ事務所だけでなく、この問題をなんとかスルーしたい他メディアがあったこと。彼らの沈黙によってジャーナリズムのあり方においても問題提起した
訴えられるのではとメディアは心配するが、訴えられたことで事実確認に繋げた。リスクを乗り越えたことでBBCの報道にもつながった
長年、忍耐強く取材をしたことで、ジャニーズ事務所が性加害を認め、被害者の賠償につながった。調査報道の神髄
受賞のことば:加藤晃彦さん(週刊文春 前編集長)
「この報道は長く孤独で、厳しい戦いでした。裁判のこともありますが、ビジネス面でのこと。ジャニーズタレントは文藝春秋に一切出ない。ジャニーズが出ている広告も出ない。もちろんカレンダーも出ない。ビジネス面でみればマイナスだった可能性が大きい。
そういう中で1999年の第一報をスクープした取材班、裁判をサポートして実質的な勝訴に導いてくれた喜田村洋一弁護士。そして経済的圧力に屈することなく報道を許してくれた経営陣を含め、文藝春秋のチームとしていただいた賞だと思います」
「今回の受賞者には共通する部分があります。「ギブアンドシェア」や「オープンデータ化」。同じことを考えていて、この問題はメディアの沈黙ということがあったので、BBCが報道した後、週刊文春だけがやってもダメ。新聞、テレビが報じないと社会が動かないし、ジャニーズ事務所も変わりません。普段なら内部告発者は囲いたいところですが、記者会見をお願いするなどして社会を巻き込んでいきました。
調査報道は報われるかどうか、当初はわかりません。でも、いつかはどこかで誰かが見てくれる。記者の皆さんには現場でがんばってほしいと思います」
『神戸連続児童殺傷事件の全記録廃棄スクープと一連の報道』神戸新聞「失われた事件記録」取材班
講評:江川紹子さん(ジャーナリスト)
びっくりするスクープだが、裁判所には大変なことだという認識がなかった。司法記録への認識や扱いを炙り出し、全国での状況も明らかにした
裁判所の認識を最終的には改めさせたのが大きな成果。司法記録は国民の財産で裁判所だけのものではなく、捨てていいものではないと
たまたま拾ったスクープではなく四半世紀前の事件を掘り起こす取材活動の中で気づいた。判決や処分で一件落着ではなく、今の視点で取材する延長線にあったスクープ。その基本姿勢が評価できる
受賞のことば:霍見真一郎さん(神戸新聞 デスク兼編集委員)
「事件記録の廃棄を知ったのは内部情報などではありません。この事件の発生から25年の節目と少年法改正が重なって取材しているところで気づきました。
情報公開をしたわけではなく、情報公開を受けたらどう対応するのかと裁判所に聞いたところ、「廃棄済みだ」と。原則廃棄だと説明する職員に違和感を抱き、最高裁に取材したところ、「見解を述べるのは差し控える。廃棄の経緯が分からないのも問題ではない」ということでした。
地元の事件だからローカルニュースとして伝える方法もありましたが、全国の家裁に事件記録が残っているかどうか取材することを選びました。情報が漏れるリスクがありましたが、制度論として報道することをデスクと決断して、地方紙が最高裁と勝負することになりました」
「取材班を組んで独自に調査を行い、自社ものだけで記事は100本超、地方紙としてはかなりの労力を要します。7か月後、最高裁は責任を認めて謝罪し、制度を変えました。
鬼の首をとったかように話していますが、事件記録が無くなったのは2011年2月28日、私が司法キャップを退任した日です。1回でも取材をしていたら、事件記録は残っていたかもしれません。
子どものころ、自由研究は苦手でした。でもいま、記者にとっての自由研究である調査報道を、もっとかっこ悪くてもいいので、もっと「なんでだろう」と、進めていきたいと思っています」
優秀賞(全国紙・雑誌部門)
『JAグループの不正を巡る一連の報道』週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン農協問題取材チーム
講評:西田亮介さん(東京工業大学 准教授)
近年、デジタル分野のジャーナリズムに関心が高まっているが、それとは離れた調査報道の本質を思い起こさせてくれた
全国的なネットワークを持ち、経済的、政治的にも大きな影響力を持った業界団体が対象。様々な嫌がらせ、訴訟なども乗り越えて報道した
受賞のことば:千本木啓文さん(ダイヤモンド編集部 記者)
「業界紙の出身で、ダイヤモンドに入ったころは、調査報道を絶対にやるぞ、と思っていたわけではありません。
2015年に全国1万3000軒の農家にアンケートを郵送することを始めました。1回で100万円ぐらいかかりますが、8年間継続。1回あたり1800人ぐらいの農家から回答が集まるようになりました。
その中で無理な保険商品の推進や、職員がノルマを課されている情報をキャッチして記事化。コメの偽装も覚悟して記事化したら、訴訟を起こされましたが、ダイヤモンド社がバックアップしてくれました。一人では無理だった。忖度しない、チャレンジする人を応援するという体制に感謝しています」
「先週、新たな農協のアンケートを提案したところ、編集長がすぐOKしてくれました。これも受賞のおかげと、ありがたく思っています(会場から笑いと拍手)」
優秀賞(地方紙・専門紙部門)
『 全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道』西日本新聞
講評:塩田武士さん(作家)
この時代のキーワードは公文書と圧力。今回の報道は生活に直結する郵政グループの圧力の問題を、見事に報道した
「ですます」調で語りかける不祥事の解説記事もよかった。保険営業の悪質さなどをわかりやすく伝えた
地方紙から全国へ波及した報道。記者たちは勇気づけられるし、潮流になってほしい
受賞のことば:宮崎拓朗さん(西日本新聞 デスク)
「今回のような報道ができたのは、入社以来、行政や警察の担当を積み重ねてきたからだと思います。今年で19年目で、市役所、県庁、警察、霞ケ関や永田町で記者クラブに所属してきました。いつ発表か、いつ逮捕するかを探る、見方によっては調査報道の対極の仕事も多かったです。
ただ、不祥事を含めて本音で話をしてくれる組織内部の人と信頼関係をつくる経験を積むことができました」
「行政などの組織が、問題が起きた時に隠蔽したり、平気でうその説明をしたり、発覚したら下のせいにしたりする場面を何度も見てきました。これによって、相手の思考パターンや取材方法を学ぶことができました。すぐに成果がでなくても日々権力組織と向き合う記者の仕事は、無駄ではなく大事な意味があると思っています。
多くの郵便局員、局長がリスクを背負いながら取材に協力してくれました。改めて敬意を表したいと思います」
優秀賞(デジタル部門)
『 長年にわたる統一教会問題の取材活動』鈴木エイト氏
講評:江川紹子さん(ジャーナリスト)
「鈴木エイトさんがいて本当によかった」去年の7月以降、心の底から多くの人がそう思ったのではないか
マスメディアがきちっと報道してこなかったことに地道に体を張り、取材を重ねた。デジタルを活用しながら伝え続けた成果
自分が集めた資料を他のメディアにも提供
受賞のことば:鈴木エイトさん(ジャーナリスト)
「去年、メディアのはしごをして寝る時間もなかった時に江川さんから『人生には踏ん張りどころがあり、今がその時』と激励のメッセージ。本当に嬉しくて長文のメッセージを送ったら『早く寝なさい』と。
自分の得てきたデータ、証拠を抱え込まずにオープンソースにしました。こういう問題は大手メディアの調査能力、地方メディアならではの取材力に期待するところがあって、チームジャパンとしてスクープが生まれていった」
「取材を始めた当初は反響がありませんでした。連載をしていたメディアが配信停止になり、記事を書く場所がなくなった時期もありましたが、腐らず続けてきたことが評価を受けたと思っています。
週刊文春がジャニーズ問題を取り上げてきたことが、BBCの報道のせいもあって、遡って評価されました。僕のやってきたことも、今回、ああいう事件があって問題が可視化されたことで遡って評価された。同時代的に報じていたのに、社会に広まらなかったことが一つの課題だと思っています。
岸田首相への襲撃事件の時、犯人の動機を報じるのは犯人の思う壺だという論法がはびこったのは危険で、調査報道を否定するようなもの。一般の人だけでなく、政治家やメディア関係者にまでそういう声があったのは危うい状況。改めて調査報道がいかに重要かを再認識しています」
優秀賞(映像部門)
『ルポ 死亡退院 〜精神医療・闇の実態〜』ETV特集「精神医療問題」取材班
講評:三木由希子さん(情報公開クリアリングハウス 理事長)
精神科医療は過去何十年も問題になっていたのに前向きに取り組まれていなかった
当事者の告発・証言はバイアスをもって受け止められやすいが、今回は実際に何が起きていたのかを世の中に知らしめる報道
精神科病院は人が自由を奪われる数少ない例で、しかも閉鎖的な空間。多くの人は当事者意識を持ちにくい。報道が社会に与える影響は大きい
受賞のことば:青山浩平さん(NHK チーフディレクター)
「病院が必要悪として成立し、社会が見て見ぬふりをしていることがテーマ。日本は“精神科病院大国”で、世界の病床の2割が集中し、入院期間も先進国中で突出して長い。ブラックボックスでその実態が見えることがほとんどありません」
「8年ほど精神科医療をテーマにしてきました。その中でも滝山病院は、突出して評判が悪かった。1500人の入院患者のうち、死亡退院が8割近いのに、見過ごされてきたのです。膨大な映像と音声を手がかりに、取材には1年以上かかりました。
番組は反響を呼びましたが、環境が改善されたとは言い難い。病院への強い行政処分は行われておらず、病院は稼働を続けています。放送後から7月までの5か月間に22人もの患者が亡くなりました。少しでも多くの関心が寄せられるよう、取材を続けます」
データジャーナリズム賞
『みえない交差点』朝日新聞社・みえない交差点取材班
講評:瀬尾傑(スローニュース代表)
権力監視だけが調査報道の役割ではない。「見えないこと見える化する」ことで発掘することも調査報道の役割。
100万件の事故データを分析したことで危ない交差点を可視化した。この記事の影響で事故対策という社会課題の解決にもつながっている。
行政がデータをもっと使いやすく公開すれば、いろんな課題が解決できると世の中に気づきを与えた記事。情報公開を進める一助になった。
受賞のことば:山崎啓介さん(朝日新聞 デジタル企画報道部)
「オープンデータを解析することで、これまで気づかれていなかった事故多発の交差点を見つけ出すこと、そしてすべての事故を地図で可視化して多くの人に見てもらうこと、その二本立てで取り組みました。マップの方がとてもよくできていたので、そちらが注目されてきたが、調査報道の方も評価してもらえたのが嬉しいです」
「交通事故を分析している我々が素人だということが大きかった。だからこそ、思いもつかなかった手法で分析できました。データがオープン化されたことも大きく、関心がなかった人もアクセスしてくれました。オープンデータが社会課題を解決できることをより多くの人に気づいていただけたなら、報道の意義もあると思います。
こういった賞が特別賞的な位置づけではなく、毎年名前があがる賞になるよう、改めて力を入れて取り組みたいと思いました」