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【スクープ】無呼吸症の医療器具、なぜか日本だけ「重篤な健康被害ない」判断…韓国など4カ国は「最も危険」と評価していた

フリーランス記者 萩 一晶

「睡眠時無呼吸症候群」の治療に使われる米フィリップス製のCPAP(シーパップ)装置など呼吸器系の医療器具に問題が見つかり、自主回収(リコール)が進められている問題で、驚きの事実が新たに判明した。

問題の器具は、部材の劣化により患者に深刻な健康被害をもたらす恐れがあるとして、2021年6月から日本だけでなく世界各地でリコールとなっている。日本では、重篤な健康被害の恐れは「ない」という扱いだが、各国での対応状況を調査したところ、韓国やカナダ、オーストラリア、米国では危険度が「最も高い」と判断されていたことが分かったのだ。

なぜ、日本だけ判断が異なり、極めて珍しい対応が取られてきたのか。


日本以外の4か国は危険度「最高」

危険度やリスクの大小を示すため、日本を含むこの5カ国では問題器具の使用が「重篤な健康被害(副作用)や死亡の原因になりうるか」という基準で判断し、三段階のいずれかに分類して、医師や患者らに注意喚起する仕組みをとっている。

日本では2021年7月、輸入販売元のフィリップス・ジャパン(本社・東京都港区)が国内に流通するCPAPや人工呼吸器の自主回収を決めた際に、東京都に対して「重篤な健康被害を生じる恐れはない」と説明し、危険度が低い「クラスⅡ」の案件として報告。都は厚生労働省とも相談したうえで、その通りに受け入れていた。

ところが、日本と制度がよく似た隣の韓国では、輸入販売元のフィリップス・コリア(本社・ソウル市)がこの問題について危険度が最も高い「第1号」の案件として届け出ていたことが、韓国・食品医薬品安全庁への取材で明らかになった。

韓国では日本と同様、行政ではなく輸入販売元が健康への危険度を評価する仕組みで、第1号〜第3号のいずれかに分類し、規制当局の食品医薬品安全庁に報告する。第1号は日本のクラスⅠ(重篤な健康被害や死亡の原因となりうる状況)にあたる。

さらに、CPAPが普及しているカナダとオーストラリアでも、この問題は「最も危険度が高いクラス」に分類され、対策が取られていた。米フィリップス製の同じ医療器具が人々の健康に与える危険度について、米国を含むこの5カ国ではフィリップス・ジャパンだけが「危険度が低い」と評価し、当局も追認していたことになり、その経緯に謎が深まっている。

どのように危険なのか、そして判断の経緯は

発端は2021年6月14日、米フィリップスが製造した医療器具の大規模なリコール発表だった。対象は、鼻から空気を送り続けるCPAPやBiPAP、人工呼吸器など呼吸器系の医療器具で、米食品医薬品局(FDA)は世界で1500万台に及ぶとみている。その原因となったのが、器具が発する騒音や振動を防ぐため、本体内部に「防音用発泡体」として埋め込まれているポリエステル系ポリウレタンという素材だ。

リコール発表の日、フィリップスが医師向けに器具の危険性などを説明した文書

この素材が劣化すると、(1)小さい微粒子となる、(2)揮発性有機化合物(ガス)を放出する——という二つの問題を引き起こし、この微粒子やガスを患者がマスクから吸い込むことで健康被害を受ける恐れがある、とフィリップスは説明した。

(1)の微粒子には、ジエチレングリコールなど三つの化学物質が含まれ、最悪の事態としては腎臓や肝臓といった臓器への有害作用や毒性・発がん作用の可能性がある、と指摘。とりわけ肺に基礎疾患のある患者や、心臓予備能が低下している患者には重大な問題となる可能性がある、とも説明した。

(2)のガスについても、ジメチルジアゼンなど二つの化学物質が含まれている恐れがあり、最悪の事態としては毒性・発がん作用の可能性がある、とした。

米国の規制当局であるFDAは、このリコールを最も危険度が高い問題であることを示す「クラスⅠ」に分類し、米フィリップスに2カ月に及ぶ査察に入った。米国ではFDAが連邦行政命令集(CFR)という法規定に基づき、健康に及ぼす危険性の程度に応じてクラスⅠ〜Ⅲに分類する仕組みだ。結果はホームページなどで積極的に情報発信し、医療者や業界関係者、患者らに広く危険度を知らせている。

ところが、米国から製品回収の知らせを受けたフィリップス・ジャパンは翌7月、日本国内でもCPAP約34万台、人工呼吸器約2万2000台の計36万4151台を自主回収すると発表した際に、なぜか危険度が低い「クラスⅡ」として東京都と厚生労働省に報告していた。

東京都はどう対応したのか

日本では、器具の使用が「重篤な健康被害または死亡の原因となりうる状況」ならクラスⅠ、「重篤な健康被害のおそれはまず考えられない状況」ならクラスⅡ、「健康被害の原因となるとはまず考えられない状況」ならクラスⅢに分類する仕組みだ。だが、誰がクラス分けを判断するのかという明確な法規定は存在せず、その判断は基本的には製造販売業者の手に委ねられ、行政に事後報告する形になっている。

東京都が業界向けに提供しているクラス分類の資料より

東京都は製造販売業者に対し、問題のある医療器具の自主回収にあたっては基本的には「クラスⅡに該当する」と考え、健康被害の状況などによりクラスⅠやⅢが妥当だと思われる場合には、理由を明確にしたうえで事前に都に相談するよう、日ごろから指導している。これは厚生労働省が医薬食品局長通知を通じて、各都道府県に求めている基本方針通りの対応だ。

都の薬事監視担当課長は今回の件について、「企業(フィリップス・ジャパン)からは事前に説明を受け、国にも相談して(行政としても)クラスⅡが妥当と判断した。一義的に、相手企業の言うことは信用している」と説明しており、企業の「言い値」通りにクラスⅡとして受け入れたことを認めている。

その理由の一つが、フィリップス・ジャパンが行政に対し、「重篤な健康被害を生じるおそれはないと判断しております」と言い切っていたことだ。行政に提出した『医療機器回収の概要』(回収概要 (pmda.go.jp))にも、その通り記されている。

危険度の低いクラスⅡだと、クラスⅠの場合と違って企業側は健康被害の発生状況について原則、行政から定期的な報告を求められることがない。報道発表も行われず、日本ではニュースにもならなかった。問題器具の回収を始めて2年以上の時が流れたが、回収はまだ終わっていない。

韓国はすでにCPAP回収も終了…なぜこの差が

一方、韓国でも米フィリップス製医療器具の自主回収が始まり、その危険性の評価も日本と同じく、行政ではなく輸入販売元の手に委ねられていた。

しかし、食品医薬品安全庁によると、その輸入販売元で回収責任を負うフィリップス・コリアはこの問題を「第1号」と報告していた。韓国では「重大な副作用や死亡をもたらす恐れがある」場合には第1号、「完治できる一時的・医学的な副作用をもたらす恐れがある」場合には第2号、「副作用がほとんどない」場合には第3号とする仕組みだ。

さらにCPAPについては、器具を紛失したり連絡がつかなかったりした場合を除き、2022年末で回収が「終了した」との報告も届いたという。

米フィリップス製の同じ医療器具の危険性について、フィリップス・コリアとフィリップス・ジャパンはなぜ、異なる評価を出すことになったのか。両社に問い合わせたが、いずれも「回答いたしかねます」との返事だった。

カナダの判断

フィリップスは親会社ロイヤル・フィリップス(本社・オランダ)のもと、世界70ヵ国以上に拠点を置き、主にヘルスケア製品や電気機器を製造販売している多国籍企業だ。

では、日本と同じくCPAPが普及している主要各国では、今回の問題に対してどのような対応を取ったのだろうか。カナダ、オーストラリア、米国の関係当局にも問い合わせた。

この3か国では、クラス分けについては日本と同じく、「重篤な健康被害や死亡の原因となりうるかどうか」を判断基準として、三段階に分類する仕組みだった。

カナダでは、自主回収の手順は保健省が『医療器具のリコール・ガイド』にまとめ、公開している。危険度の評価はリスクの程度に応じて、タイプⅠ、Ⅱ、Ⅲの三段階に分類される仕組みで、今回のフィリップスの問題は、「重篤な健康被害や死亡の原因となりうる」とするタイプⅠに分類していた。

カナダの『医療器具のリコール・ガイド』

Ⅰ~Ⅲのどのタイプに分類するのかを判断するのは製造販売元だが、「危害性の程度」「リスクにさらされている人数」「問題についての患者の認識度」など、ガイドに示された具体的な基準に沿って判断することが求められている。

カナダ保健省は製造販売元から報告を受けると、提供された情報とタイプ分類の妥当性を判断。「より高いレベルのタイプに分類すべきだと決定した場合には、見直しを求めて企業側に連絡する可能性がある」とも定めており、タイプ分けの最終的な判断と権限を、行政が握っていることを明示している。

オーストラリアの判断

オーストラリアでは、リコールの手順は保健省が『治療製品の統一リコール手順(URPTG)』にまとめ、公開している。クラス分けについてはリスクの程度に応じて、クラスⅠ、Ⅱ、Ⅲの三段階に分類する仕組みで、フィリップスの問題はやはり「重篤な健康被害や死亡の原因となりうる」とするクラスⅠに分類していた。

オーストラリアの『治療製品の統一リコール手順(URPTG)』

クラス分類はカナダに似て、明示された基準に沿って製造販売元が判断し、回収の手順をまとめた「リコール戦略」に盛り込んでオーストラリア保健省に報告する。

しかし、その判断を保健省が鵜呑みにすることはなく、最終決定の権限は行政が握っているといい、URPTGにも「当局による客観的で独立した評価によって、クラスは変更される可能性がある」と明記されている。

消極的な日本の当局の姿勢

しかし、日本では自主回収に対する行政の姿勢は、米国やカナダ、オーストラリアと違って消極的だ。医薬品医療機器法では、医療器具に問題が見つかった場合には危害防止のため、回収を含めた「必要な措置」を取る義務を企業側に課している程度で、企業側に求めるのは回収の「着手」報告と「回収の状況」報告だけだ。

厚生労働省は「自主回収は企業の自己責任で回収する制度だから」(監視指導・麻薬対策課)、東京都も「自主回収の事案に行政が介入するわけにはいかないから」(薬事監視担当課長)としており、問題器具の自主回収に対する行政の関与や責任があいまいとなっている。規制の網に大きな「穴」が開いている格好だ。

では、毎年400件前後も発生する医療器具の自主回収事案は、これまでどのように分類されてきたのか。厚生労働省がまとめた過去10年(2021年まで)の記録をみると、計3992件のうちクラスⅡが全体の90.3%(3605件)を占め、クラスⅠはわずか0.77%(31件)。今回のフィリップスの問題が発覚し、自主回収を開始した2021年も、自主回収351件のうちクラスⅠはわずか1件だった。

厚生労働省のまとめより

CPAPに限れば、防音用発泡体の劣化が原因で2021年度以降に少なくとも49人に健康被害が出ていることが、国への報告で明らかになっている。症状のなかには、「腎盂がん」や「肺腫瘍」なども確認されている。

欧米ではクラスⅠに分類され、危険性が広く理解されて緊急の対策が取られたのに、日本ではクラスⅡとなって危険性が知られることのないまま埋もれてしまった問題は、このフィリップスの問題だけだろうか。患者の安全を守る仕組みになっていると言えるだろうか。

今回、世界の多くの国でほぼ同時に進められた米フィリップス製医療器具のリコール問題。健康への危険度評価で、「クラスⅡ」相当の判断をした国が日本以外にもあったのか。フィリップス・ジャパンに尋ねたが、「回答いたしかねます」という回答だった。

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萩 一晶(はぎ・かずあき)

フリーランス記者。1986年から全国紙記者として徳島、神戸、大阪社会部、東京外報部、オピニオン編集部などで働く。サンパウロとロサンゼルスにも駐在。2021年からフリー。単著に『ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ』(朝日新書)、共著に『海を渡る赤ちゃん』(朝日新聞社)など。

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