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株式会社の代表者の住所が「非公開」になるのはなぜなのか、メリットとデメリットを考える

スローニュース 熊田安伸

株式会社の登記簿には、代表者の名前と住所が掲載されています。本人の特定ができる数少ない情報で、不正な商取引や詐欺、反社会勢力の進出などを防止するためには非常に重要だからです。

その重要なルールが改正されました。一定の要件を満たせば、代表者の住所を市区町村までにとどめ、それ以上の情報は非公開にできるようになるのです。10月1日に施行されます。

詳しくはこちらの法務省のサイトをどうぞ。

こうした動きの背景にあったのは、「クリエイターがステップアップのために法人化する際に、大きなハードルとなっている」という考え方です。例えば、一般社団法人クリエイターエコノミー協会など6団体は、自民党の小委員会に提言を出すなどして制度の改正を働きかけていました。

法務省は改正前、「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に対してパブリックコメントを募っていました。クリエイターエコノミー協会が法務省に提出したパブコメはこちらから読むことができます。

確かに私も、知り合いの女性が法人を立ち上げる際、自宅の住所を掲載したら嫌がらせを受けるのではないかと二の足を踏んでいる様子を見たことがあり、こうした意見にも一理あるとは考えます。

一方で、非公開になってしまえば、そもそもの登記の趣旨である企業の信頼性を担保する観点からは、大きく後退することになります。

毎日新聞は改正前、そうした懸念を社説で紹介し、消費者被害の加害業者などの調査や法的な対応のため、代表者の住所の閲覧を弁護士に認めるよう求める日弁連の意見を紹介していました。

法務省は改正にあたっての説明の中で、「代表取締役等住所非表示措置を講じた場合であっても、住所が記載された書面を閲覧することについて法律上の利害関係を有する者については、登記簿の附属書類の利害関係を有する部分として閲覧をすることにより代表取締役等の住所の確認が可能であり、法律職に限って公開されるものではありません」としているので、この懸念点は解消されているでしょうか。ただ、「法律上の利害関係」をどこでどのように判断するのかが気になるところです。

また、東京司法書士会は、別の観点からのパブコメを出しています。今回の制度改正は法務省の省令による改正という形で実施されることになりました。しかし、「何を登記事項とするかは、高度の政策判断に基づくのであり、よって法律によるべきもの」という考え方から、会社法の改正によって行われることが望ましいとしています。法改正となれば、国会での議論も必要だったでしょう。私の周囲でも、「こんな重要なことが法改正ではなく省令改正でできてしまうんだ」と驚いている人がいました。

こうしたパブコメについては、寄せられたものの要旨が公開されていますので、こちらから読むことができます。

「起業へのハードルが下がる」「プライバシーや安全保護のため」として賛成する意見も見られます。一方で商取引や消費者保護などさまざまな観点からの反対意見もありますが、それに対して法務省は一律、上記の「法律上の利害関係者は閲覧可能」と回答しています。しかし、先にも指摘したように何をもって「法律上の利害関係者」とするのか。さらに「利害関係者」と明示できない場合でも、会社の代表者の信頼性を確認する必要があるケースは数多くあるのではないでしょうか。

また、733件のパブコメが寄せられているのに、公表されているのは45件分の要旨だけです。もちろん重複しているものや、掲載に値しないようなものも含まれているとは思いますが、重要な事案なので残念です。

実際、早稲田大学の澤康臣教授は4000字を超えるパブコメを法務省に送っていました。「匿名社会」をめぐる非常に大切な論点が書かれていますが、世の中に伝えられていません。そこで次回、スローニュースで全文を掲載したいと思います。

(続く)