地位、年齢が高いほどリスクを認めない!「津波対策」を却下した東電上層部の「歪んだリスク認知」を検証する
東京電力・福島第一原発の事故。土木調査部門から提案された津波対策を社内上層部が却下したことで、2011年3月11日、無防備な原発を津波にさらけ出すことになりました。なぜこんなことになったのでしょうか。
事故の2~3年前、東京電力の社内で「福島県沖の日本海溝沿いでマグニチュード8級の津波地震が発生するリスク」について、現場に近ければ近いほどより高いリスクを認識し、幹部になればなるほど認識するリスクがより低いことが、法廷などでの陳述を詳しく分析したことで判明しました。
津波地震発生の可能性を指摘した政府の地震本部の長期評価について、津波の「専門家」である土木調査部門の社員は9割の信頼を置いていたのに、津波に対して「素人」である幹部たちは「荒唐無稽」との見方でした。
社長や会長は長期評価の存在そのものを知らず、福島県に津波は来ないと思い込んでいました。事故の背景には、こうしたいわば「負の相関関係」があったのです。
「現場からの切実な声に耳を傾ける」公益通報の研究者で、原発事故も長く取材してきた奥山俊宏教授が、東電社員のリスク認知に大きな差があったことと、幹部の歪んだバイアスについて詳しくお伝えします。
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福島事故前、東電役職員個々の津波リスク認知に正反対の差異
奥山俊宏
津波対策の意思決定に関わる人物の言葉を徹底分析
今回、精査したのは、東京電力で2008~09年当時、福島第一原発の津波対策の意思決定に関わる立場にあった9人の陳述だ。
土木調査グループの主任
同グループの課長
同グループのマネージャー
その上部組織の原子力設備管理部の地震対策センター所長
原子力設備管理部長
その上部組織の原子力・立地本部の副本部長(途中から常務兼務)
同本部長(副社長兼務)
社長
会長
政府や国会の事故調査委員会の記録など既公開資料に加え、同原発事故をめぐる刑事訴訟での尋問の記録、東京地検作成の供述調書、株主代表訴訟のために作成された陳述書や尋問記録を裁判所で閲覧し、その多くのコピーを情報公開法の手続きで原子力規制庁や法務省訟務局から入手した。
津波地震「30年で20%」という評価をどう見ていたか
政府の地震調査研究推進本部(地震本部)は2002年、 三陸沖北部から福島県沖を経て房総沖に至る南北800キロほどの日本海溝近辺のどこでも津波地震が発生する可能性があると指摘し、その発生確率を今後30年で20%程度と見積もる長期評価を発表した。
土木学会の原子力土木委員会の津波評価部会は2004年度と2008年度の2回にわたって、どの程度これを確からしいと考えるかを関係者にアンケートした。福島第一原発の津波評価を担当する土木調査グループの東電社員3人は、年度は異なるもののこのアンケートに答えたことがあり、その回答が刑事裁判で証拠として採用されていた。
その回答によると、地震本部の見解に対し、土木調査グループマネージャー(2008年7月末当時49歳)は2割の賛意を示し、その部下にあたる課長(同44)は3割の賛意だった。他方、主任(同36)の賛意は9割にものぼった。つまり、上の2人は、福島沖では津波地震が起きないとの見解への賛意のほうが大きかったが、下の一人はそれと逆で、福島県沖で津波地震が発生する可能性を指摘する地震本部の見解にほぼ全面的に賛成だった。
東電の上層部に、地震本部の見解に少しでも賛意を示す人は皆無だった。
地震本部の見解について、担当の原子力設備管理部長(同53)は「荒唐無稽と言う先生もたくさん」いるとして設計には使えないレベルの見解だとみなし、担当副社長(同62)は「ラディカルな見解を取りまとめている」と同部長から聞いたと振り返った。
実際には、土木学会のアンケート結果によると、地震本部の見解への賛意が地震学者の回答の過半を占めていた。他方、東電の上層部で共有された見方はそれと異なり、地震本部の見解を異端視していた。
津波に「素人」の幹部が、現場の「専門家」の提案を却下していた!
福島第一原発での津波対策工事について、土木調査グループの3人はそろって「不可避」と認識していた。
地震本部の見解について、土木調査グループの主任と課長は、福島第一原発の津波想定に取り込むべきだと考え、グループマネージャーは、工学的には取り込む必要はないものの、原子力安全・保安院の審査を通すためには取り入れざるを得ない、と考えた。2008年6月、土木調査グループは会社の上層部に津波対策工事を提案した。