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べリングキャット創設者エリオット・ヒギンズと池上彰が語る「ウクライナ情勢とデジタル調査報道」

ウクライナ情勢とデジタル調査報道

いま、ウクライナ侵攻で注目を集める調査報道グループ「ベリングキャット」。その記事が、2022年3月4日からSlowNewsで日本語で読めるようになりました。第一弾は、ウクライナでクラスター爆弾が使用されている実態を暴いた記事です。

これに合わせて、ベリングキャットの創設者であるエリオット・ヒギンズ氏と、彼を以前から知るジャーナリストの池上彰氏がオンラインで対談するイベントを開きました。池上氏の鋭い切り込みと、惜しみなく手法を明かすヒギンズ氏のやりとりを、こちらの記事で全文公開します。

エリオット・ヒギンズ氏と池上彰氏の対談模様(2022年3月4日)

そもそも、調査報道集団のベリングキャットが注目を集めたのは、2014年にマレーシア航空がウクライナで墜落した事件でした。オープンソースを徹底的に分析し、ミサイルがどこから来たのかを突き止めたのです。その結果、公的国際機関(オランダ、マレーシアの当局)によって犯人は起訴されました。

ベリングキャットは、ジャーナリストの集団ではなく、民間人や市民団体などが関わり、さまざまな情報を独自に分析しています。それらが結果的にスクープになっているのです。

今話題のベリングキャットとは

池上彰氏(以下池上氏):「ベリングキャット」は、イソップ童話が由来だそうですね。怖い猫が来るのを察知するために鈴をつけようと考えたけれど、「さて、誰が鈴をつけるのか」と考えてネズミが尻込みしたという童話です。「海外のさまざまな犯罪に我々が猫に鈴をつけてやろう」、今はまさに、「プーチンに鈴をつけよう」としているのがベリングキャットです。ベリングキャットとはどういった団体なのでしょうか。

エリオット・ヒギンズ氏(以下ヒギンズ氏):2014年のマレーシア航空機撃墜事件の時、Twitter上にさまざまな映像が投稿されていました。当時は、今ほど成熟されていなかったのですが、オンライン上の映像コミュニティがあり、発射されたミサイルなどの写真を証拠として集めていました。親ロシア派の領地で砲撃があり、その後の政府声明などさまざまなソースを参照し、そこからロシアによる砲撃だということがわかりました。当時、これを暴いた際には、マジックのようだと言われました。

その後、この一連の調査手法を確立し、ジャーナリストだけではなく人権団体に対しても、ワークショップで調査手法を共有しました。その後、我々の調査報道が“証拠”として法廷でも利用されるようになりました。多様な組織と協力して捜査をすすめ、事件解明に利用されるようになったのです。

ベリングキャットの創設者・エリオット・ヒギンズ氏

池上氏:今回、ウクライナ侵攻を調査対象としたきっかけは何かあったのでしょうか。

ヒギンズ氏:侵攻の前から、国境付近で軍備が増強されていました。当初は「演習」という名目でした。しかし、その演習に、どういった兵器や兵士が配置されているのかを、さまざまな映像や動画を分析してわかったのは、けっして「演習」ではなく「攻撃体制」だということでした。

2014年当時と今が違うのは、ビデオシェアにTikTokも使われていることです。ロシア軍隊についてもわかるようになっています。実際にウクライナ侵攻がはじまると、映像コミュニティに属する人々が、ウクライナ内部の映像を監視し、ロシア軍の移動も見つけ出しました。

こういった情報を即座にフォローアップできたのは、2014年以降、人権団体やその他の団体とベリングキャットとで、連携捜査が可能な情報インフラ体制が整っていたからです。非公式のオンラインコミュニティが、オープンソースを使ってジオロケーション(位置情報の取得)を実施し、実際に何が起きているのかの裏付けもできました。それらを共有することで、実際に何が起きているのかということがわかったのです。

このウクライナ侵攻が起きる前から、この体制は整っていたので、ウクライナにおける親ロシア派が出すフェイクニュースも暴くことができました。

ロシア側のPRチャンネルでは、ウクライナ兵が、下水処理場の塩素タンクを攻撃していると報告されました。「ウクライナ側が攻撃を仕掛けている」という筋書きです。これらのビデオは「テレグラム(ロシア発のアプリ)」で共有されていました。この「テレグラム」が他のソーシャルメディアと違うのは、メタデータが取り除かれていないことです。そのため、メタデータを分析し、「いつこのビデオが作られたのか」「編集されたのか」「ファイル名は書き換えられたのか」「爆発音は追加されたのか」ということが確認できるのです。実際は、その映像が10日前に作られたものであり、爆発音の波形をマッチングすると、音声が加えられていることがわかりました。

また、「ウクライナ兵が、民間人を虐殺している」という映像もありました。これらの死体の映像では、被害者のうちのひとりの頭蓋骨に編集が加えられていました。専門家に見せたところ、頭蓋骨の状態は、爆発ではなく、ノコギリによって殺害されたものであり、死体は別のところから持ってきたものだともわかりました。

こういったフェイクニュースは、ロシアがウクライナに攻撃する口実にしたい“でっち上げ”であることは明確です。

今後の責任追及に資する証拠をかきあつめる

池上氏:SlowNewsに公開された「住宅内にクラスター爆弾か」というニュースについてですが、クラスター爆弾というのは、小さな爆弾をばら撒くものなんですね。その子爆弾を包む大型のものは、残って道路に突き刺さる。その突き刺さったものをみて、どの方角から発射されたのか、緯度経度、時間など推測し、ジオロケーションしていくわけです。

しかし、やっかいなのはロシアもウクライナも同じ武器を持っていることです。

マレーシア航空機撃墜事件でも、「ブーク」というソ連製のミサイルでした。このミサイルはロシアもウクライナも持っているものです。だからロシアは「ウクライナが撃った」と言っていました。でも、ベリングキャットが調べたら、いやいや、ロシアが撃っていると分析して突き止めたわけです。

今回のクラスター爆弾も、ロシアもウクライナも持っています。さあ、これは、どうやって「ロシアからだ」と言えるのか、という難しいところがあります。その辺りは、ベリングキャットはどう調査したのでしょうか。

ジャーナリスト池上彰氏

ヒギンズ氏:クラスター爆弾は、ロケットが空を飛び、前の部分に弾頭があり、後の部分が子爆弾なんです。最終的には3カ所に落ちる爆弾です。その3カ所を見つけられれば、どこから発射されたかがわかります。

被害を受けた地域を調べ、衛星画像を分析することで、ミサイル発射の距離、発射された場所、爆弾がどの方向に飛んでいたかを、見ることができるのです。発射位置、着弾位置、軌道をおさえるのです。

ロシア内での兵士同士の音声通信データは、暗号化されておらず、オンラインで見つけることができます。その音声では「砲弾を発射しろ」という指令が聞こえたりします。紛争のさまざまな情報を得られるのです。それらの音声データを収集・蓄積し、現場での出来事を紐づけて分析します。ロシア軍のどの爆弾発射装置が、紛争前に、どういう動いたかというミサイルの位置情報により、発射された場所もわかります。そういった一連の証拠で、どの軍部隊が、どの攻撃で動いたのかもわかります。

確かにロシア軍はクラスター爆弾を発射していますが、それだけでは彼らを訴追するには不十分です。具体的にどの部隊が、どの司令官のもとで動いたのかということが情報として極めて重要です。証拠をかきあつめ、今後の責任追及に使えないかと、誰もが探索可能な形で情報を収集しています。これまでに300万点の証拠を収集し、ボランティアの力で位置情報も取得し、アーカイブしています。また、動画のオリジナルリンクが消去されることもありますが、コピーして保存しています。

池上氏:兵士同士の音声通信は、暗号化されていないということは、ロシア軍のIT化、デジタル化は進んでいないのでしょうか。

ヒギンズ氏:ロシア軍がどう戦っているのは興味深い問題です。実際のところ、軍事力が足りていないことがわかります。

ロシア軍の兵士同士が情報交換していることも聞こえちゃいますので、意図的にノイズを起こして、ロシア軍に混乱を招こうとしている人もいます。

キエフにおいても、ロシア軍の戦車が行きづまっていることも聞いていると思いますが、とにかく、泥沼状態の中で、タンカー、ロケット、ランチャー、そういったものが動くことができない状況です。戦術的には、ロシアは悲惨です。彼らはキエフを制圧することによって、この戦争を切り抜けようと考えていますが、首都全体を制圧するということが困難です。

ロシアの何百もの戦車、何千もの兵士が国境に送られ、紛争で戦うように指示されていますが、いま、世界からは孤立し、ロシア兵士の士気もさがる一方です。

池上氏:燃料気化爆弾というものがあります。空中でガソリンを燃やすことによって大爆発を起こし、その力で地上に大きな圧力をもたらし人を殺すだけではなく、さらに酸素を燃やして尽くしてしまうので、窒息させるという恐ろしい兵器です。

ロシアの燃料気化爆弾の装備が目撃されていて、「使われたのではないか」という情報もあるんですが、ベリングキャットとしては証拠を掴んでいるのでしょうか。

ヒギンズ氏:私は武器の種類よりも、人々にどういう悲劇がもたらされたかに注目すべきではないかと考えています。

クラスター爆弾はそもそも、世界に禁止条約があり、市民に被害がないところでしか使っていけないという強い限定があります。昨日もひどい爆撃がありましたが、これは従来の爆弾をつかったものでした。

確かに、おっしゃったような武器やロケット弾もロシアはたくさん持っていて、特定地域を包囲するように攻撃する事実も目撃されています。一般市民がどれだけ被害を受けているかという事例が報告され、増えています。ロシアやウクライナが当初想定していたよりも戦闘が激しいものです。一般市民が標的になっていることを、正当化することは難しく、軍事的目標がないのに、攻撃されている状況があります。

キエフのテレビ塔が爆撃されましたが、これはとなりにホロコースト追悼施設があるところで、施設も被害を受けました。そこにちょうど通りかかった家族連れが被害を受けていて、ロシアがあきらかに一般市民を守る意思がないのです。

そういった被害の証拠を集め、説明責任を果たさせるためにも、国際機関に保存したいと思っています。

ロシアのフェイクニュースを暴く

池上氏:ロシアは、「ウクライナはネオナチ」だと言っています。何を言っているのかと思ってしまいますが、そのあたりは、どう考えていますでしょうか。

ヒギンズ氏:ウクライナには、ヨーロッパで最も大きなホロコースト追悼施設がありますが、その事実が、プーチンの言っている「ウクライナはネオナチ」「ナチスとの戦い」が、嘘であるかを示しています。

ただ、ウクライナにネオナチ勢力があることは事実です。しかし、あくまでも少数であり、ウクライナの軍の一部にもそういった極右の影響・背景はあるけれども、マジョリティではありません。プーチンの言っていることには無理があります。

今回、ベリングキャットでは、そういったフェイクニュースに迅速に対応できましたし、西欧メディアも報道しています。ロシア政府が嘘をつくことは知っていますが、偽の爆撃をしたて、死体を偽装するという嘘に対していくらプーチンが否定しても、民族浄化が行われていることが早い段階でわかっています。侵攻の正当化にはならないのです。

「ロシア帝国を再建する」「ウクライナは国ではない」といった帝国主義者が「ウクライナはネオナチだ」と言っているわけです。理屈が通りません。

悲劇的なことに、ロシアの独立型のメディアが長らく活動停止されています。野党側メディアは制限され、これまで戦争の真実伝えていたメディアの人々が投獄されています。ロシア内の報道の自由が制約されていましたが、ウクライナ侵攻でさらに強くなっているのです。

池上氏:戦争が終わったあとに、ロシア兵に命令をしたロシア将校の戦争犯罪を追及する証拠を蓄積しているというお話がありました。それがロシア側に知られれば、抑止力にはたらくのではないでしょうか。

ヒギンズ氏:少なくとも、こういった証拠が、ロシアの制裁に寄与すると思います。事態が落ち着いた時に、今回の大統領の名の下でどういうことが行われたのかは明らかにしないといけない。殺害がロシアによって、国内外でも継続的に行われていること、武器の仕様、この数週間で調査している殺害未遂、戦争体験、横領などの不正(たとえばロンドンでは疑わしいロシア資金もある)などです。

欧米でも、こういった問題に対処する動き――ロシアに対する経済制裁もありますし、これから航空会社への影響もあります。例えば、このロシア以外での航空会社が破産する懸念もあります。多くの物資がロシアに送ることができません。経済制裁、銀行への制裁もあるし、ロシアというのは、予想以上に海外に依存しているのです。

そういったことを受けて、ロシア市民もプーチンが国をどうするのか懸念しています。ロシア諜報局も暗殺事件に手を染めたりしていて、最悪クーデターもあるかもしれない。

ただ、ロシアは核兵器もっているので、依然として危機的状況は続いています。

池上氏:ロシアはSWIFTスウィフトから除外されました。国際銀行間通信協会から除外されるとロシア金融は打撃だろうと思っていますが、暗号資産、裏の世界をつかってロシアは制裁逃れ・資金調達をしようとするのではないでしょうか。そういったことを、ベリングキャットなり、詳しい人たちがそれを暴くことは可能でしょうか。

ヒギンズ氏:組織犯罪のお金の流れや汚職を調査したこともあります。そういった調査組織団体の支援もやっています。情報漏洩も数多く確認されていて、調査を始めているところもあります。

確かにさまざまな裏口の手を使うことができます。ただ、オリガルヒ(ソ連時代の社会主義的政治・経済体制から、資本主義体制に移行する過程で形成された政治的影響力を持つ新興財閥)などが持っている多くの動産・不動産を処分するのは難しい状況です。ロシアには金がたくさんありますが、誰も買いたがりません。販売できなければ価値がない。資金のやりとりがなければ、ロシアの経済崩壊につながります。

こういったロシアの経済崩壊は、実はベリングキャットにとっては有益性があるんです。ロシア国内ではベリングキャットは、「海外のエージェント」ということで起訴されています。「海外のエージェント」というラベリングされるとWEBサイトに掲示する必要があります。ロシア当局からは、これらの命令をうけましたが、ただ我々はロシア国内にプレゼンスはないから命令に従う必要もないし罰金も支払わなくていいんです。

オリガルヒからも訴追をうけていますが、それも、ロシアが経済制裁うけている状況なので、支払いもできません。状況としては、ロシア国内で法廷による争いに持ち込まれているベリングキャットが、奇妙なことに対応できない状況になっています。ロシアが今後直面する問題をよく表しているとも思います。

池上氏:ベリングキャットが暴き立てると、反発や攻撃、「フェイクだろう」などと言われることもあるのではないでしょうか。それにはどう闘っていきますか。

ヒギンズ氏:それに対しては、調査プロセスの透明性を担保しています。また、フェイクと言われることに対して、どういった形で回答するかも用意している。もし我々に対して訴追があってもそれにも対応できるようになっている。

仮に法廷内で「フェイクだ」と主張しても、無駄です。マレーシア航空便撃墜事件に関する裁判案件もあるのですがが、フェイクであることを立証することが困難な状況に面していると聞いています。つまり、ベリングキャットの調査への信頼がさらに強化される状況になっているわけです。

我々に対して「フェイクだ」と簡単に言えると思いますが、掘り下げるとそうではない、と後にあきらかになるでしょう。

新しい時代の調査報道

池上氏:情報ソースをオープンにして第三者が検証できるシステムをベリングキャットは確立しています。日本における旧来のジャーナリズムは、情報源の秘匿といって、とにかく隠してやってきました。それが結果的に、「その情報源はなんだ」と言われた時に反論できないんです。
 ベリングキャットは新しい時代の調査報道ですね。

ヒギンズ氏:その通りです。そして一緒に協力するパートナーも求めています。アイディアパートナーもいるし、人権団体とも協力しています。情報源も共有しているので、チェック機能にもなります。また、CNNとも協力しました。証拠やプロセスを共有し、すべての担当者と情報交換しています。共有し、透明性を担保することで、フェイクという避難に対抗することができるのです。

池上氏:よく、オンライン上で一般市民による「犯人探し」が行われ、例えば企業であればクレーム電話が殺到するようなことも起きていますが、そういった能力は、むしろ戦争犯罪を暴くような、社会のためにつかったほうがいいと思いますよね。

ヒギンズ氏:オンラインコミュニティも大きな役割を担っています。もちろん、100%インターネット上を捉えているとは考えていないのですが、オンラインコミュニティだから貢献できることもあります。

映像、写真の位置情報取得は最初にやらなきゃいけないことですが、ウクライナ侵攻においても、オンラインコミュニティの人たちが位置情報の取得に協力しています。彼らにとっては趣味のようなものなのですが、どこで撮影されたのかを衛星画像で調査することで、ダブルチェックとして私たちの調査に貢献しています。

こういった状況の中で、広がりを期待しているんです。

記録され、利用可能であることはベリングキャットのように迅速な情報を求めているものにはありがたい存在です。その結果をもって、説明責任を追及する。さまざまな紛争に、これまでになかった解決のプロセスを示すことが可能です。

今と2014年(マレーシア航空機撃墜事件時)を比較すると、連携態勢の点が大きく変わっていると思います。

池上氏・ヒギンズ氏の対談後、聴講者からの質問が寄せられた。

質問:ベリングキャットの活動の取材方法は、全部合法的に支えられているのでしょうか。あるいは巨悪のためには、非合法も必要でしょうか。

ヒギンズ氏:私たちの調査活動は基本的にオープソースを使っています。例外として、ロシアの二重スパイのイギリスでの暗殺未遂事件(2018年)では、ロシアに存在しているデータマーケットを使いました。実はロシアは、政府の上から下まで腐敗が蔓延しているので、官僚でも、情報漏洩し、売買しているのです。

そういった情報を、ベリングキャットの仲間がたくさん収集しました。安価で2名(ボシロフ・ペトロフの両容疑者)の身元を特定しています。また、いくつかの調査においても用いています。

アレクセイ・ナバリヌイ暗殺未遂事件でも、ロシアの通信記録データを入手し、反政権活動家アレクセイさんの暗殺未遂の動きを暴き、FSB(ロシア連邦保安局)の化学兵器専門グループ工作員の関与を突き止めました。

そういったデータを買うことは合法ですが、売る側は非合法になります。非合法側のエージェントの彼らも活動できなくなってしまうことは、私たちの間でも議論されています。

しかし一方で、暗殺チームを止めること、暗殺を事前に阻止できることにもつながると思っています。

質問:ベリングキャットをみているユーザーはどういう層なのでしょうか。国籍、性別、年齢など、わかりますか。日本では、若い人があまり調査報道などに関心が低い傾向があって、メディアは苦戦している現状があります。

ヒギンズ氏:本当に幅広い層の人たちだと思います。もともとオンラインにいた人――例えば、50代ドイツ人男性はグラフィックアートを仕事にしていましたし、20代後半のモデリングを仕事にしている人もいました。フィンランドには、マイクロソフトに勤めている人もいましたし、皆さまざまです。オーストラリアに住む18歳の人は、趣味がマッピングで、シリアの紛争でも情報収集に貢献してくれました。

私も正体を知らないオリックスというブロガーは、現在ロシアの車両を追跡しています。ウクライナ側の市民が何人死んだか、ということを調べるにあたっては、具体的に関心をもって追求している市民が情報源になったりもします。さまざまなデータソースをいろいろな次元で見てみるわけです。それぞれが、個人の関心や趣味で探していることがあります。

イギリスでは、コロナ禍のロックダウンで、犬がいなくなるという事件が頻発しました。イギリスではペットが人気です。犬が盗まれ、高値で転売する事例が増えていました。そんな中、犬を盗んだ車が走り去る映像がみつかったのです。このナンバープレートを解析することで、犬をみつけることができた、つまり犬の誘拐事件を解決したのです。こういった飼い主と犬を結ぶような活動もしています。戦争のような大きな事件ではありませんが、家族にとっては重要な問題です。さまざまな組織とそれぞれの目的とで協力しあっています。

2014年から現在に至るまで、ベリングキャットは他の組織ともインターネットでつながり、さまざまな領域の知識と、手法を用い、協力しあっています。

瀬尾(SlowNews代表):今回、日本で、SlowNew上で、ベリングキャットの記事を公開することになりました。いまベリングキャットが上陸することで、日本に伝えたいことはなんでしょうか?

ヒギンズ氏:私はもともとプロではなく、経歴があったわけではなく、ラップトップパソコンでファイナンスの仕事をしていました。

つまり、私が違う経歴から始めているということは誰だってできるということです。超高度な手法ではなく、気にかけた問題を知りたいという思いがあれば、インターネットでつながることができるのです。もちろん、陰謀説や極端な考え方をしている人に出会うこともあるけれども、ポジティブに問題を解決したいと願う人とも出会えます。ウクライナ侵攻、暗殺事件、犬の誘拐まで、さまざまな問題がありますが、自分が興味・関心を持って調べたいことを調べることが良いのです。そうすると、必ず、同じような関心を持っている人が見つかります。

こういったオープンソースを使った仕事は、さまざまな人にも力を与えます。そして、それを1000人が始めたら、その力は大きくなります。みなさんが、それぞれ自発的にやってみてほしいのです。

瀬尾:暗い時代に、元気が出るメッセージですね。まだ、僕らにもできることがあるのでは、と思いました。

池上氏:ベリングキャットは、ニューヨーク・タイムズに一緒に仕事した人を送り込んだり、CNNともオープンソースの仕事を共有したりしています。旧来の能力の高いジャーナリストと協力をする可能性があるんですよね。

ヒギンズ氏:ニューヨーク・タイムズにも素晴らしいチームがあります。CNNだけではなく、BBCや他のメディアとも関わっています。企業としても部門を作らなくちゃいけないから簡単なことではありませんが、大きなインパクトがあります。

日本でも、ベリングキャットからインスピレーションを得て、既存の仕組みから、我々のような取り組みが始まるといいと思います。そうすれば、ジャーナリズムが若い世代にもより共感をもってもらえると思います。確かに、若手の人たちは、調査報道に興味が薄いかもしれない。でも同じ国の言葉は、影響力がある。日本でもぜひトライしてほしいと思います。

池上氏:ありがとうございました。長い時間、貴重なお話ありがとうございました。

瀬尾:実は今月(3月)、「ベリングキャット デジタルハンター、国家の嘘を暴く」が、筑摩書房から出ます。この本を通じて、オープンソースジャーナリズムの勉強ができると思います。

ジャーナリズムの世界をジャーナリズムではない人が変えていく、そこからイノベーションが起きていく。SlowNewsも一緒にやっていきたいと思っています。