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「PFASが分解できないというのはウソだ!」第一線の研究者が教える、今すぐに汚染を解決する方法とは
「PFAS汚染は解決できる」。そう語る人がいる。「PFAS技術対策コンソーシアム」の会長をつとめる山下信義さん。国立研究開発法人・産業技術総合研究所の上級主任研究員(エネルギー・環境領域)でもある。PFAS汚染を解決する出口はどこにあるのか、をたずねた。
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解決策はないと思い込んでいた「失われた15年」
――日本のPFAS対策について「失われた15年」と表現されています。どういう意味でしょうか。
PFOSは2009年に、(残留性の高い有害物質の規制について検討する国連の)ストックホルム条約会議で規制対象に追加され、生産・使用を禁止されました。その後、(国や企業は)きちんと対処していくのだろうと思っていました。
――たしかに、2010年にPFOSが国内で化審法の対象になると、環境中で検出される濃度は劇的に下がっていったため、この問題は終わったかのようにとらえられるようになりました。
私は海外にいたのですが、海外では、全然そういう話じゃなくて。PFOSが規制されたんだから、関連するPFASはどんどん規制が検討されていくだろう、と。
それが2020年になって、沖縄の基地から泡消火剤が流出した、と報道されました。それまで(国内の汚染対策は)ちゃんとやってるだろうと思ってたけど、そうではなかった。これはなんとかしなきゃいけないということで、私が勤務する産業総合研究所内に「PFAS対策技術コンソーシアム」という独立した組織を立ち上げたんです。
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――コンソーシアムではどういう活動をしているのですか。
PFAS対策に取り組む企業や行政・研究機関などに、測定・分析から汚染浄化まで環境修復の相談に乗ったり、情報を提供したりしています。会員は80団体にまで増えました。
始めたときは、そんなに成果があがると思ってなかったんです。この3年間で予想以上の反応があって。それまではPFOS汚染の環境修復ができるというアイディア自体、だれも持ってなかった。でも、海外では普通にやってますよって紹介したら、みなさん飛びついてきたので、ちょっとびっくりしたんです。
――なぜ、解決策はないと思い込んでいたのでしょうか。
それは私が聞きたいです。
「永遠の化学物質=分解できない」というウソ
――ベルギーのフランドル地方では、PFOSを製造していた大手化学メーカー3Mによって汚染された一帯を3年で浄化した事例があるそうですね。
ベルギーのやり方がそのまま日本でできるかどうかわかりませんが、一つ言えることは、いまPFAS汚染を解決するうえで支障になっているのは技術ではないということです。
海外では、PFAS対策技術はすでに事業化され、十分にペイできる段階にまで進んでいます。環境修復や分解についても、すでにテクノロジーはある。だから、それ以外で足を引っ張ってるところを解決すれば、うまくいくんじゃないでしょうか。
――PFASは「永遠の化学物質」と呼ばれます。
いや、PFASは分解できる。これは2006年の段階で報告されて、論文にもなっています。なのに、なぜ分解できないと言ってるのか不思議です。PFASの本質は分解しにくいということではなく、逆に分解しやすいところなのです。
――ただ、PFASには幹となる直鎖体と枝のような分岐体があって、この分岐体が次々と化学変化を起こし、別のPFASに変わっていきますよね。
関連物質は700万種類もあると言われています。それが分解して、PFOSやPFOAのように残留性が高い物質が生まれる。だから、PFOSやPFOAだけ規制しても解決できません。環境中にあるさまざまな関連物質から規制や管理をしないといけない。そういうメカニズムを理解することがもっとも重要なところですね。
――日本では、PFOS、PFOA、PFHxSの3物質しか規制の対象になっていませんが、なぜだと思われますか。
なぜでしょう。環境省に聞いていただけますか。考えられるのは、分析化学、つまり測定にかかる値段があまりに高すぎるからでしょう。ヨーロッパでは21物質を一斉に測定しても3万円くらいから。日本で30物質を測ろうとすると40万円かかってしまう。調査に二の足を踏み、その結果、データが出てこない。
そうしたことが明らかになってきたので、いま、PFOSやPFOAを製造使用してきた大手企業の中には、自分たちで問題を解決しようと「PFASラボ」をつくるところが出てきています。
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――外注するより自社で取り組んだほうがコストがかからない、と。
そうした企業に、コンソーシアムが技術協力をすることで、汚染の元を断つことができるだろうと考えています。大手企業は、自社で使うPFASについて分析して、できるだけ環境に出ないようにして、環境に出たものについても責任を負うような形で研究を進めています。
――ただ、製造企業は沈黙を守っているため、そうした動きはなかなか見えてきません。
海外では、3Mとかデュポンも日本の国家予算をはるかに超えるような膨大な費用をかけて解決策を打ち出していますよね。やはり、マニュファクチャラー(製造企業)が本気にならないと、こういう問題はなかなかうまくいきません。そういう点では、国内でも同じ方向性に進んでるのではないかと思います。
解決のためのブレークスルーは
――コンソーシアムには、地方の自治体や研究機関からの問い合わせも多いと聞きました。
ある意味で、自治体の担当者の方がいま、一番ひどい目にあっていますよね。
――汚染が見つかると、環境省からは地方自治体が対応するように求められ、住民からは除去を求められる。一方で、対策をしようにも測定技術や浄化技術がなく、なにもしなければ、ずっと汚染は消えません。
30物質を一斉に分析できる技術は産総研が開発して、世界でも認められたものがあります。すでに20都道府県は導入していますから、やろうと思ったら、できます。ただ、そのためのお金をどこが出すか。国と自治体の間でいろいろ議論されているようです。
――さきほど、海外では汚染除去が事業化されているとのことでしたが、費用はだれが負担するのでしょうか。
アメリカだったら、スーパーファンド法がありますよね。
――すでにある汚染に対処するための手続きを定めた環境保護のための法律ですね。汚染者が明らかにならなくても、基金(ファンド)から拠出して汚染浄化に取り組む、と。
欧州では、世界銀行やUNEP(国際環境計画)から対応するための予算をと確保しています。
――日本では、汚染源の特定さえ進んでいません。浄化費用を原因者である企業に求めようとすると、どうしても対立の構図になってしまいます。
訴訟大国アメリカの「PPP(汚染者負担)原則」を間違って導入しているように見えます。欧州では基本的にそういう対立の構造というのはないですね。
――具体的な事例を教えていただけますか。
たとえば、スウェーデンのウプサラ市では、軍関係施設から泡消火剤が漏れて地下水が汚染されたのですが、これを解決するため、年2回、100名以上の利害関係者含めて意見を交わす場を設けています。企業だけでなく、NGOとか、市民団体とかもすべて含めて。そういう透明性の高いコンソーシアムで問題点を議論して、その上で費用負担をどうするかも決めている。加害者と被害者という構図は、欧州ではほぼないんじゃないでしょうか。
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――企業と市民が同じテーブルについて解決策を探っている、と。
なぜかというと、安全な水を利用するというサービスを住民も享受してる。そのサービスに不具合があった場合、改善するために相応の負担をする、というのは当たり前なんです。
――それは、汚染除去や水質改善のための費用(税金)を払うということでしょうか。
詳しいことは「LIFE-SOuRCE」やウプサラ市のホームページに公開されています。ぜひ、調べてみてください。
――だれが汚染を取り除き、だれがそのための費用を払うのか。日本ではそれが決まらないまま対策が止まってしまっているように見えます。
エンド・オブ・パイプ、つまり水道管の末端では問題を解決することはできません。PFASでいうと、水道水から出ているから活性炭で取り除こうとか、そうした対処療法では解決できないのです。
PFAS汚染の問題は自然科学として考えると非常にシンプルです。ようは発生源を何とかすればいいだけの話。そのためには、マニュファクチャラー(製造企業)に取り組んでいただく。海外の事例を手本にして、国内の産業界も進めていただければ、解決のための方針を立てられると思います。すでに、コンソーシアムのコアメンバーの企業はそういう方向性で動いています。
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――コンソーシアムは春から、バージョンアップするそうですね。
技術移転の方法を根本的に変えるつもりです。技術移転には内部型と広域型の2種類あります。このうち、内部型技術移転というのは、企業など一つの組織の中で技術を知財化して、それをもとに新しい産業を作っていこうとするアプローチです。でも、それだと業種ごとになり、視野も狭まり、課題を解決しきれない。
そこで、組織内にこだわらず国内に存在するすべての知財を平等にマッチングできる、広域型技術移転を進めていこうと考えています。テクノロジー・トランスファーという形で、より柔軟な連携、より透明性の高い意見交換を進め、ライバル関係を超えたマッチングができるように、と考えています。
そのさきに、PFAS問題の解決への道筋がよりはっきりと見えてくると思っています。
(了)
全国各地で汚染が確認されているPFAS。最新情報について、「諸永裕司のPFASウオッチ」で毎週お届けしています。
諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
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1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘 沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com)