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ウクライナ侵攻の口実 車両爆破は「捏造」べリングキャットが専門家と解明

ロシアのウクライナ侵攻が進行中の今となっては、真偽の疑わしい挑発行為や、やらせのような事件が開戦前に次々と報告されたことはもう忘れられているかもしれない。どれもウクライナ軍の関与をほのめかし、軍事侵略の必要性を煽り立てる意図があったようだった。たとえば、ウクライナ軍が国境を越えているところを撮影したという映像に、下水処理場の塩素消毒設備を爆破しようとするサボタージュ(妨害工作)グループの様子とされる映像など――どちらも実際にはそういうものは映っていなかった。

取材・執筆:ニック・ウォーターズ
訳:谷川真弓

編集部注:この記事および記事中のリンク先には刺激の強いイメージが含まれています。

しかし、1点の怪しい映像には、黒焦げ死体と切断されたらしい頭蓋骨という酷いものが映っていた。あまりに凄惨なので、ベリングキャットはさらなる調査を行うことに決め、爆発物専門家と法医学の専門家に話を聞いた。

この映像は即製爆発装置(IED)が爆発した現場を撮影したものとされ、ウクライナの分離主義者とロシア・メディアがウクライナによる攻撃の証拠として報道したものだが、専門家によると、この「爆発」には解剖済みの遺体が使われており、爆発の損傷も偽装されたようだとのことだった。

この事件は、2022年2月22日の現地時間午前5時ごろに、ウクライナの分離主義者が支配する東部ドンバス地方の2都市、ドネツクとホルリフカを結ぶ幹線道路で起きた。路上でIEDが爆発し、バン1台と乗用車1台の計2台の車両が被害にあったと報道された。

「ドネツク人民共和国」(DNR)の防衛省の司令官エドゥアルド・バスーリンの声明によると、この事件で3人が死んだという。DNR人民軍が、SNS「テレグラム」の公式チャンネルに、現場の写真を投稿した。ロシアの日刊紙イズベスチヤ紙とアメリカ人ブロガーのパトリック・ランカスターなど、ロシアおよび分離主義者の親ロシア政府メディアが同日朝に現場を撮影した。記者たちは被害にあった2台の車両と、IEDが爆発したとされる地点を取材し、攻撃の目標はバンに乗っていたDNRの軍指揮官だったと主張した。

同日午前中から、この事件はロシア政府が発行するロシースカヤ・ガゼータ紙(ロシア新聞)のウェブサイト、国営ニュース専門局RTのロシア語ウェブサイト、ニュースサイトのガゼータ・ルーで報道された。ロシア連邦捜査委員会のアレクサンドル・バストルイキン委員長は、事件の公式な捜査を指示した。

これらの報道から、事件があったとされる正確な地点を特定し、また現場の略図を作成することができた。

Image: Google/Maxar Technologies. Markup by Bellingcat.(訳注:画像中央の単語は上から順に「犠牲者B」「犠牲者A」。右下の枠内の記号は上から順に「車両」「遺体」「爆発地点」)

上の画像の「車両1」は乗用車で、IEDらしきものの爆風をもろに受けたように見え、内部に犠牲になったとされる3人の遺体がある。

Twitterに投稿された映像(もとはテレグラムで「記者ルデンコ・V」というアカウントが投稿し、ロシアのニュースサイト、ヴァーシ・ノーボスチが報道した)からとられた、攻撃が起きたとされる現場の「車両1」のスクリーンショット。

この爆発現場については、複数の疑わしい点がインターネット上で指摘されている。たとえば、車両2台ともナンバープレートがないことや、2台とも爆発にあった地点から動いた形跡がない――つまり、IEDが爆発したときは2台とも停まっていたのではないかと考えられること。これらの細部は妙だが、それだけでは結論は出せない。

しかし、次にあげる2つの点は、この爆発の事実そのものに対して重大な疑問を投げかける。IED爆発による損壊状況と、犠牲者とされる遺体に見られる傷跡だ。

ベリングキャットが話を聞いた専門家は、車両の被害はIEDの爆風によるものだという見方に疑問を呈した。

「この一件は、IEDもしくは道端に仕掛けられた爆発物が爆発したという印象を与えるために工作されたものです」と、カイロン・リソーシズの代表で爆発物専門家のクリス・コブ・スミスは言う。

「乗用車の左側に見える損傷は、爆風によって破片がめりこんだ跡には見えません。穴が整然としすぎているし、パネルには爆風がもたらすはずのへこみやくぼみもありません。この穴は弾痕とよく似ています。もし車が爆発の時点で走行中だったら、こんなふうにすぐ停止することができたかも疑わしい。勢いによって少なくとも数メートル、おそらく蛇行しながら進んだはずです」

「車両1」の側部の貫通穴の例。パトリック・ランカスターが撮影した映像からのスクリーンショット。ベリングキャットは映像の生々しさを考慮して映像全体を埋め込むことを控えた。

また、コブ・スミスは、リアタイヤがパンクしておらず、窓ガラスが逆の方向(爆風が来た方角)に向かって割れているなど、2台目の車両が爆発物の破片による被害をまったく受けていないようだと指摘した。

「私の意見では、この映像で描かれたストーリーは信憑性が薄い。3名が死んだIED爆発があったと見せかけたいがために作られた出来事だと考えます。この車両は近距離から小火器による射撃を受けたのだと思います。その時点で車両は停止していて、犠牲者は死後に車内に置かれたのでしょう」

異常な傷跡

黒焦げになった遺体3体の生々しい映像が公開されるとすぐに、「犠牲者」の遺体の傷も疑惑を呼び起こした。Twitterアカウント @GlasnostGone がいち早く指摘し、後にアメリカの独立系ニュースメディア、グリッド・ニュースによって報道されたのは、遺体のひとつ(犠牲者A)に、IEDによる爆傷としては変な傷跡があるという点だ。なかには、頭蓋骨の両側からまっすぐに入った、頭蓋冠をきれいに分離する切断痕もある。

パトリック・ランカスターによる映像のスクリーンショット。ベリングキャットは映像の生々しさを考慮して映像全体を埋め込むことを控えた。警告:リンク内の映像・画像には燃えた車両内の遺体が映っています。(ツイートへのリンクはこちら)(アーカイブへのリンクはこちら

オープンソースを観測していた他の人々から、この切断痕は検死解剖中にできるものではないかという指摘があった。ベリングキャットは法医人類学者に、傷跡が検死によるものなのか、それともIEDによるものと考えられるか尋ねた。

ウィンチェスター大学のリサーチフェロー、ローレンス・オーエンズ博士の回答によると、この切断痕は明らかに検死によるものであり、状況を考えると、「車両1」の「犠牲者A」は爆発の前にすでに死んでいたと思われる、とのことだった。

オーエンズ博士によると、「犠牲者A」の頭蓋骨の切断痕に見られる変色は、遺体が燃えたときにはすでに切断痕があったことを示している。さらに、熱にさらされたことによる歪みと亀裂も切断痕と整合しないという。

「遺体の炎上過程はかなり激しかったようですが、それは車の損傷と釣り合っていません。遺体がシートに非常にきっちりと配置されているのも少々目を引きます。遺体に近い部分であっても、車内の損傷がまったくない点も」と彼は付け足した。

オーエンズ博士は後部座席に見える遺体も観察し、こう述べた。「火の勢いは強いですが不均等に焼かれていて、一部が黒化したり歪んだりしており、石灰化も見られます。頭蓋骨は成人男性のものに見えますが、他の部分は軟組織の残骸があるため不明瞭です」

「最も印象的なのは切断された肋骨です。胸郭が衝撃を受けたように見えますが、傷跡がきれいでまっすぐなことから、実際は医療用の剪刀を使って、検死の一環として胸腔を開くために切られたのではないかと思われます」

「よって、この件は解剖された人体を悪用して“犯罪現場”を偽装したものであり、世論を動かして現在進行中の軍事侵攻を正当化しようとする明らかな意図があるものだと結論づけられます」

はっきりと見える遺体2体がいずれも「車両1」に乗せられる前にすでに死亡していたというオーエンズ博士の結論は、ベリングキャットが問い合わせた別の匿名希望の法医病理学者の意見とも一致する。

ベリングキャットはロシア政府およびその関係者がウクライナ侵攻を正当化するために使う偽情報について記録を続けている。しかし、遺体を使ってIED攻撃を捏造しようとしたこの件ほど行き過ぎたものは他にない。以前シリアにおける化学兵器の被害者たちに、ロシアが何の証拠もなく突きつけた告発と、これがまったく同じ内容なのは苦い皮肉だ。

取材・執筆 ニック・ウォーターズ

元英陸軍将校のオープンソース・アナリスト。シリア紛争、ソーシャルメディア、市民社会、諜報、保安に関心を持つ。Twitter: @N_Waters89

Bellingcat 2022年2月28日
‘Exploiting Cadavers ’and ‘Faked IEDs’: Experts Debunk Staged Pre-War ‘Provocation’ in the Donbas

翻訳=谷川真弓