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全国初の自治体によるPFAS血液検査の結果が衝撃的…87%が米指標超え、最大は37倍 岡山・吉備中央町

12歳以下の子ども34人も指標の5倍以上

衝撃の数字が明らかになった。

岡山県吉備中央町は1月28日、PFASについて日本で初めてとなる自治体による血液検査の結果を公表した。

発がん性が指摘されるPFOAなど7物質を合計した平均値は152ナノグラム(血漿1ミリリットル中)。アメリカの学術機関「全米アカデミー」が、健康リスクが高まるとする指標(20ナノグラム)の7.5倍にあたる。

検査を受けたのは、2歳から12歳までの65人と、13歳から102歳までの644人を合わせた計709人。全体の87パーセント(12歳以下は81パーセント、13歳以上で88パーセント)が20ナノグラムを超え、もっとも血液濃度が高かった人は743ナノグラムだった。

血液検査結果(町公表データをもとに作成。縦軸は「%」、横軸は「血中濃度(ng/ml)」)

また、全米アカデミーの指標の5倍にあたる100ナノグラム以上はじつに611人。12歳以下のこども34人も含まれている。一部は、工場労働者などの職業曝露と同じレベルで体内に取り込んでいることになる。

吉備中央町の山本雅則町長は「やはり思った以上に高いなというのが率直な気持ちでございます。(数字の高さに)驚いた。住民の心配は大変大きいと思うが、しっかり支えて寄り添い、不安の解消に努めていこうと思っています」と話した。

水俣病の教訓を

汚染が発覚したのは2023年秋。それまでの3年間、円城浄水場から提供していた飲み水から800ナノグラム、1200ナノグラム、1400ナノグラムが検出されていたが、町はPFASについての水質管理を怠っていた。記者会見でその責任について問われると、山本町長はこう話した。

「安全な水を供給するのが責務でございます。(暫定目標値を)クリアできなかったものを供給したというのは大変申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。その気持ちは1年半前とまったく変わっておりません」

汚染は少なくとも15年ほど前から続いていたとみられ、日本で例をみないほど高い曝露が裏づけられた。はたして血液検査をしたのはよかったのか。是非について問われると、山本町長はこう答えた。

「この決断は間違ってなかったと今も思います。(略)たしかに、この数値をもとに不安な方も出てきます。しかし、当事者の立場になったら、やはり知りたいという思いは強いと思います」

記者会見する山本雅則町長

山本町長は一拍おいてこうつづけた。

「私の耳に残っている(言葉がある)のですが、(血液検査をすれば)高い数字が出てくるだろうと。その数字をまた何かに生かしてほしい、と言われたのを覚えています」

おそらく、飲み水汚染の発覚から1ヶ月ほどして開かれた、3度目となる住民説明会での光景を指しているのだろう。

血液検査を求める住民たちから次々と声が上がった。そのうちのひとりは、こう訴えた。

「これだけの人数で(高濃度のPFOAに汚染された水を飲む)人体実験したんだから、データは後世に残すべきじゃないですか」

かつて、水俣病が起きた熊本で、こどもたちが胎児性水俣病患者と認められたのは、保存されていた臍の緒からメチル水銀が検出されたからだった。その事例を引き、別の住民が言った。

「われわれにとっての『臍の緒』は血中濃度なんですよ。証拠を残しておかないと、我々の『臍の緒』がなくなってしまう」

それから1年あまり。住民たちの声を背に、公費での血液検査が日本で初めて行われ、PFASの「臍の緒」はたしかに示された。

評価の基準がない…「国の積極的な関与を」

だが、血中濃度を評価するための基準は国内にはない。

そもそも環境省はこれまで血液検査の実施は事実上、不要との姿勢を示してきた。「どの程度の血中濃度でどのような健康影響がでるかは明らかになっておらず、血液検査の結果のみをもって健康影響を把握することは困難」というのがその理由だ。

血液検査の結果だけから健康影響はつかめないが、この結果をもとに汚染地域で大規模な疫学研究を進めれば、健康影響を把握することはできる。こどもを含め、これだけの高濃度での曝露が明らかになった以上、環境省がいつまでも逃げつづけることは許されないだろう。

山本町長も、血中濃度の指針値を設けるなど国の積極的な関与を求めた。

「健康影響についての今後のフォロー(追跡調査)や深刻な土壌汚染の除去などは、あまりにも規模的に大きく、なかなか自治体だけでは難しい。一自治体ではどうしようもないようなことについては、国がしっかり対応していただきたいという思いです」

町水道課はPFAS汚染を3年間見逃していた。「現在は安全な水を供給している」

長期的な追跡調査はこれから

そもそも、半減期を3年とすれば、取水停止になった約1年前の血中濃度はいまより1.5倍ほど高かったと推測される。

今回、対象となった709人には汚染された水を飲んでいた円城地区以外の人も含まれるため、円城地区にしぼれば血中濃度の平均値はさらに上がる。

映画「ダーク・ウォーターズ」で描かれた、デュポン工場(米ウェストバージニア州)による汚染で、もっとも影響を受けたオハイオ州・リトルホッキング地区のPFOA血中濃度(平均)は227ナノグラムだった。それに匹敵する数字が出ても不思議ではない。

町の委託を受けて分析にあたる岡山大学大学院の頼藤貴志教授は今後、居住地、年齢、性別などによる血中濃度の違いを解析し、PFAS濃度と脂質異常などの疾患との関連を評価するとしている。

とはいえ、その後、住民たちを長期的に追跡する健康調査についての具体的な内容や方法はこれから検討するという。

決まっているのは、希望しながらも受けられなかった150人あまりの住民に追加の血液検査を行うことだ。また、5年後にも再び血液検査を行い、血中濃度の低下を確認するという。

吉備中央町の庁舎

吉備中央町で示された、PFASの臍の緒を後世に生かせるか。

10年、20年先を見すえた研究と支援の枠組みを整え、血中濃度の指針値を設けるなど、環境省には実効性あるPFAS政策が求められる。

全国各地で汚染が確認されているPFAS。最新情報について、「諸永裕司のPFASウオッチ」で毎週お届けしています。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com