新聞ではわからない疑惑の核心!「おねだり疑惑」斎藤兵庫県知事はどこで間違えたのか
兵庫県庁に長年勤め、西播磨県民局長の要職にあった渡瀬康英さんが、県組織のトップである知事の非を鳴らす内部告発に踏み切った末に、この7月7日、自死を選びました。定年退職目前の60歳でした。この顛末は、日本社会の多くの人の気持ちをざわつかせています。
「内部告発の対象となったパワハラなど種々の疑惑もさることながら、知事の最大の過ちは、渡瀬さんの内部告発に対する前時代的なひどい仕打ちにある」と指摘するのは、ジャーナリストで上智大学教授の奥山俊宏さんです。「兵庫県の対応は公益通報者保護法に違反しており、官庁に限らず企業も含め多くの組織にとって<他山の石>にすべき事例だと考える」という奥山さんが、今回、緊急寄稿しました。
問題の発端~罵詈雑言を重ねる知事
ことの発端は、ことし3月27日におこなわれた斎藤元彦・兵庫県知事の記者会見だった。県はこの日、渡瀬さんについて西播磨県民局長の職を解いて総務部付とし、処分に向けて調査を始めたことを明らかにした。記者会見で知事は次のように述べた。
「事実無根の内容が多々含まれている内容の文章を、職務中に、職場のPCを使って作成した可能性がある、ということです」
3月末に定年で退職する予定だった渡瀬さんだったが、県は退職をいったん保留にした。記者会見で斎藤知事は、信用失墜や名誉毀損などの告訴も含め「法的手続きの検討を進めている」と付け加え、それでも言い足りないかのように、さらに罵詈雑言を重ねた。
「ありもしないことを縷々並べた内容を作った」
「絶対許されないような行為をした職員が出てきた」
「不満があるからといって、しかも業務時間中に、嘘八百含めて、文書を作って流す行為は公務員としては失格です」
朝日新聞デジタルでは翌日、「知事や職員を中傷する文書流布か 退職間際の兵庫県幹部、処分を検討」と報じられ、私は、そんな単純な話ではないだろう、と違和感を覚えた。
告発文書の内容は
これに先立つ3月25日、渡瀬さんは片山安孝副知事の事情聴取を受けていた。
追及されたのは、「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について(令和6年3月12日現在)」と題する告発文書への関与について。
告発文書は、4ページ、126行にわたって、斎藤知事、片山副知事、県部長級職員らによる種々の問題行為を列挙している。決して上品とは言えない書きぶりだが、具体性に富み、迫真性がある。知事によるパワーハラスメントについては、被害者の職員からの訴えがあれば、暴行罪、傷害罪に当たる、とも指摘している。
最後の4行を充てて文書は次のように締めくくっている。
「議会関係者、警察、マスコミ等へも提供しています。しかし、関係者の名誉を毀損することが目的ではありませんので取扱いにはご配慮願います。兵庫県が少しでも良くなるように各自のご判断で活用いただければありがたいです」
今でこそ、この文書、SNS上で入手することが可能となっているが、当初はそうでなかった。どのようにして文書の存在を把握したのかは定かでないが、デイリー新潮の報道によれば、3月25日、副知事と人事課長がアポなしで西播磨県民局を訪れ、県民局長だった渡瀬さんのパソコンを押収し、そこに告発文のデータが残っていたという。
のちに片山副知事は、3月25日に渡瀬さんからヒアリングしたことを次のように明かしている。
「県民局長というのは部長級です。部長より上といったら副知事しかいませんので最初の聴取だけは私がやりました」
告発文書について、片山副知事は、はなから「人事管理上の事案」と考えていたとも明かしている。
「私は一番最初は人事管理上の事案であるというふうに考えておりました。一人の職員がいろんな文書を出したということです。(中略)文書を職務上に作ってまいたとか、そういうのはいわゆる一個一個の職務専念義務違反とか地方公務員法上違反とかいろいろですね、このライン上のものだと思っておりました」
正当な内部告発や公益通報のための文書を勤務時間中に公用パソコンで作成したとしても、それは職務専念義務違反にならないことが明らかだが、副知事は、そうした可能性をまったく念頭に置いていなかったようなのだ。
公益通報制度に対する誤認識
私見によれば、一連の経緯をめぐって斎藤知事の最大の失敗は、この3月25日の初動であり、その原因は副知事らのこの誤った認識にある。
知事の非を具体的に指摘する告発文書なのならば、県当局者が最初にやるべきことは、「人事管理上の事案」とみなして文書作成者の懲戒処分へと動くのではなく、それが正当な内部告発や公益通報である可能性を視野に入れ、当事者である知事から独立した第三者にその可能性を検討してもらう、との行動を選ぶことだ。ところが、斎藤知事や片山副知事は、このような、やるべきことをやらず、逆に、やってはならないことをやった――。
斎藤知事や片山副知事は、この文書の作成と送付が、公益通報者保護法の定める「公益通報」として法的な保護の対象に入る可能性を敢えて無視した、もしくは、そうした可能性があるとは露ほども考えなかった、そのいずれかだったのだろう。
「当該文書は、兵庫県の公益内部通報制度では受理はしていませんので、公益通報には該当しない」。斎藤知事は4月2日の記者会見でそう説明した。
これを受けてなのか、渡瀬さんは4月4日、県の公益内部通報制度を利用し、文書の内容を内部通報した、と明らかにした。
この時系列をとらえて、片山副知事はのちに、「まずは、あの文書は外部に対して配布された。そして、そののちに公益通報になった」との認識を示した。渡瀬さんを対象に懲戒処分前提の調査を進め、5月7日に停職3カ月の懲戒処分にしたのは、「公益通報の前の行為について懲戒処分を実施するという考え方」だからであり、適正だと片山副知事は説明する。
これら「公益通報」該当性に関する斎藤知事、片山副知事の認識は、県の内部通報制度を利用した通報だけが公益通報となり、報道など外部への内部告発は公益通報たり得ないことを前提にしている。しかし、それはそもそも前提を間違っている。
文書を県の内部通報制度の窓口に送ったのが公益通報たり得るのならば、報道や県議にその文書を送るのも、要件は異なるものの公益通報たり得る。報道機関への内部告発も、場合によって公益通報に該当し得る。それが公益通報者保護法に書いてあることだからだ。
「書式に沿って窓口に通報しなければ公益通報にならない」というのは誤解
この件に関するSNS投稿を見ていて私(奥山)が驚いたのは、一定の書式に沿って窓口に通報しなければ公益通報にならないと誤解している人が多い、ということだ。
しかし、公益通報者保護法にそんなことは書いていない。直属上司への口頭報告も公益通報に該当し得るし、報道機関への文書送付も公益通報に該当し得る。
公益通報者保護法案を検討していた2002年当時、一定の書式に沿って窓口で内部通報を受け付ける制度があるのが当たり前だったわけではなかった。今でこそ、ほとんどの大手企業、すべての都道府県庁が内部通報制度を整えているが、2002年当時は、そうした制度がないのがむしろ当たり前だった。そうした制度がないことを前提に、正当な内部告発をした人をどうやって法的に保護できるかを考え、法律をつくった。だから、窓口に寄せられた内部通報ではない内部告発を主な対象に、公益通報者保護法は制定された。
さらに言えば、雪印食品による産地偽装など具体的な事例があって、報道機関への内部告発が、もっともよく効果を発揮し、是正への力となることは当時から広く知られていた。だから、公益通報者保護法案の検討にあたって、報道への内部告発を保護対象から除外しようなどと考えることは政府もできなかった。
このようにして策定された公益通報者保護法だから、この法律の下では、県の内部通報制度を利用した通報だけが公益通報となるのではなく、警察、県議、報道への文書送付も場合によって公益通報に該当する。にもかかわらず、斎藤知事と片山副知事はそうでないかのような前提で行動し、だから対応を誤った。私にはそう見える。
非常に単純な誤認識だが、ここにボタンのかけ違いがあり、兵庫県の迷走の発端があるのだろう。
「真実相当性」がポイント
この告発文書の流布が公益通報に該当するためには、いくつか満たさなければならない要件がある。
その一つは、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でない」という要件だ。人事上の恨みを晴らす目的が主であれば、「公益通報」非該当になる。
違法行為を是正しようとする目的と恨みを晴らす目的が併存している場合は、よほど明白に強い悪意があったと言えない限り、「公益通報」非該当とは断定できず、したがって、「公益通報」だと一応みなして取り扱うべきということになる。
県議や報道機関など広い外部への送付については、「内部通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある」などの場合であることが要件になる。その点、渡瀬さんの告発文書は知事ら組織の上層部の非を鳴らす内容なので、この要件を満たすと言ってよいように思われる。
公益通報と言えるかどうかを検討するにあたって、もっとも大切なポイントとなるのは、文書の内容に真実性、真実相当性があるかどうかだ。
警察など捜査当局が立件するほどの強い違法性がないとしても、また、それが完全な真実であるとまで断定できず、誤りや思い込みが若干含まれていたとしても、贈収賄、横領、暴行など刑法に抵触すると信ずるに足りる相当の理由があれば、公益通報に該当し得る。
公職選挙法違反や地方公務員法違反に関する内部告発については、公益通報者保護法の制定の経緯から、同法の保護対象となっていない。したがって、同法の保護対象には入らない。また、違法行為を指摘するのではなく、道義的、倫理的、政治的な問題を指摘している内容についても、公益通報者保護法が定義する公益通報に該当しない。ただし、それでもなお、真実性、真実相当性があるのならば、労働法の一般法理(解雇権など濫用の法理)によって保護されるべき正当な内部告発と認められる可能性はある。
裏付けられた告発の内容
こうした観点から告発文書を見ると、当初の「嘘八百」の評価とは異なり、おおむね真実相当性があるといえる内容が少なからず含まれていることが分かってきている。
最初にそれが分かったのは、読売新聞の4月16日のスクープ記事のおかげだった。「文書で加西市の会社から知事に贈られたとされる『高級コーヒーメーカー』などが3月下旬、県幹部の手で同社に返却されていたことがわかった」。告発文書で「おねだり体質」の一例として挙げられている内容の一部が事実で裏づけられたのだ。
知事のパワハラの一例として、告発文書には「出張先の施設のエントランスが自動車進入禁止のため、20m程手前で公用車を降りて歩かされただけで、出迎えた職員・関係者を怒鳴り散らし」と書かれている。これについては、関西テレビが6月7日、「取材に県職員など8人が『見たり聞いたり』したと答えました」と報じた(斎藤知事は記者会見で「それなりに厳しい口調で注意をさせていただいた」と説明)。
国と兵庫県が共同出資する公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構の理事長を務める五百旗頭真・神戸大学名誉教授に対し、全幅の信頼を置く2人の副理事長を解任する方針を片山副知事から通告し、その翌日、五百旗頭理事長が急逝したとの記載が告発文書にあった。
これについて、片山副知事は7月12日の記者会見で、「お亡くなりになる前日ではなく、6日前です」と訂正した上で、「4人いる副理事長を組織の効率化から2人とすることをご相談していますが(中略)理事長さんを圧迫したという認識はございません」と説明した。日付は誤っているものの、そのほかの外形的な事実関係は大筋でおおむね正しかったといえるだろう。
告発文書には、昨年7月に行われた斎藤知事の政治資金パーティーのために、パーティー券を商工会議所や商工会に大量購入させた、と記されていた。これについて片山副知事は「パーティー券の販売を私が手伝ったのは事実です」「購入のお願いをしたものです」と述べ、「特別職であることから法的に問題はありません」と説明した。これについても、外形的な事実関係はおおむね合っていたといえるだろう。
少なくともこれらの事実関係に関する記載については、正当な内部告発と言えるように私には思われ、私見によれば、このうち、高級コーヒーメーカーの授受とパワハラまがいの言動については、公益通報に該当する可能性が十分にある。
公益通報者の探索は禁止
もし仮に、文書送付が公益通報に該当するのならば、事業者は、だれが文書を送ったのかを探索したり、文書送付者を不利益に扱ったりしてはならない。
もし仮に探索がおこなわれたり、送付者が不利益に扱われたりしたときは、事業者は、それをやった人に対して懲戒処分その他適切な措置をとらなければならない。一昨年6月に改正公益通報者保護法とそれに基づく指針が施行されたときから、301人以上の従業員がいる事業者にとってこれは法的な義務となっている。
「指針」という名前ではあるけど、これは公益通報者保護法11条2項の義務の内容そのものであり、ここで言う「事業者」には県庁が含まれ、「公益通報者」には、報道機関など広い外部に公益通報した人が含まれる。このことは消費者庁が作成した「指針の解説」でも次のように確認されている。
「『その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者』に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。」
組織内部への公益通報と、報道など外部への公益通報を、同じ条項のもと、号や保護要件は違っても同じ線上でシームレスに扱っているのが、公益通報者保護法の特徴である。
通報内容に誤りや思い込みが若干含まれているとしても、刑法に抵触すると信じるに足る相当の理由がその大筋にあるのであれば、法的保護の対象となる公益通報に該当する可能性がある。だとすれば、正当な内部告発に該当する可能性が多分にある文書について、それを作成した人を探索し、特定して、公の場で名指しするのは、それそのものが公益通報者保護法に反する。
渡瀬さんによる文書送付は、3月下旬時点で既に、公益通報である可能性があったのであり、事実の全容が明確になるまで、県は、文書を送付した人を探索したり、不利益に扱ったりするのを厳に控えるべきだった。
公益通報者に対する不利益な取り扱いがあったときに、雇い主は、救済・回復の措置をとり、そうした不利益扱いをした人に対して懲戒処分などの措置をとる義務があるのに、兵庫県がこれまでやってきたのは、それと真逆のおこないだった。
情報の伝え手を二度と撃つな
「使者を撃つな(Don't Shoot the Messenger)」ということわざがある。
悪い情報があるのならば、その情報の内容に着目して、調査なり是正なりを図るべきなのに、その情報の伝え手に悪感情を抱き、人格攻撃に及ぶのが、抑えきれない人間の性(さが)である実情がある。だから、伝え手を敵視しないように意識して気をつけなければならない。
告発文書を目にしたとき、斎藤知事は、怒り心頭に発して、告発者探しを始めるのではなく、わが身を顧みて直すべきところがないかを内省する契機にするべきだった。私だけでなく、斎藤知事自身も今はそう思っているだろう。
今後、兵庫県議会の百条委員会によって事実関係の調査が進められていけば、告発文書に挙げられている個々の問題にそれぞれ直接関わった県職員が証言を求められることがあるだろう。その際、知事をはじめ上司にとって不利な事実関係がもしあるのならば、部下の県職員は、そうした事実関係を百条委員会で内部告発せざるを得ない立場に置かれることになる。そうした職員のできるだけの保護が必要となる。
たとえば、百条委員会の下に小委員会を設け、課長級以下の職員については、秘密会で証言してもらう、という手法も一案だと私は思う。アメリカ議会による調査では、まず秘密会で洗いざらい証言してもらった上で、公聴会では、公開して差し支えのない範囲をあらかじめ設定し、その範囲で証言を求める、という運用があり、参考になる。
何よりも大切なのは、百条委員会に参加する県議会議員が、だれの有利になろうが不利になろうが、事実関係の解明に徹する独立の位置に身を置くべきだ、ということだ。所属する党派の打算など私利を持ち込むのは恥ずべきことだと心得なければならない。そして、「使者を撃つ」、すなわち情報の伝え手を敵視するような言動は慎まなければならない。
渡瀬局長の最後のメッセージ
西播磨県民局のウェブサイトにかつてあった渡瀬局長の「局長メッセージ」は、3月27日の渡瀬局長解任と同時にあっという間に削除されてしまった。しかし、幸いなことに、国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業(WARP、Web Archiving Project)でその大部分を読むことができる。
閲覧可能な最後の2月分は、渡瀬さん自身の問いかけで締めくくられている。
「どうしたら人に優しく出来るのでしょうね。どうしたらいっぱい受け止められるのでしょうね。どうしたら素晴らしい上司になれるんでしょうね。」
その愚直さと痛々しさに私は息をのむ。渡瀬さんが告発文書を作成したのはその翌月のことだった。
悪い情報であっても、その伝え手を撃ってはならない。改めてそう肝に銘じたい。
奥山俊宏(おくやま・としひろ)
1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。
著書『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。公益通報関連の著書としては、『内部告発の力: 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年)、『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』 (共著、朝日新書 、2008年)がある。