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「血液調査の必要性」を明記し「未然防止の観点も踏まえて」と提言、専門家のPFAS評価書に環境省はどう動くのか

フリーランス 諸永裕司

「一日に摂取しても大丈夫な量」が打ち出されたが……

発がん性が指摘される「永遠の化学物質」を、体内にどれくらいまで取り込んでも健康への影響はないか。

PFASワーキンググループ(WG)は6月20日、PFAS(有機フッ素化合物)による健康影響についての評価書をまとめ、「耐容一日摂取量(許容摂取量)」を打ち出した。

 PFOS  20ナノグラム(1日、体重1キロあたり)
 PFOA  20ナノグラム(同)

これまでにも報じてきたように、アメリカ環境保護庁(EPA)の値と比べると、PFOSで200倍、PFOAで666倍も大きく、欧州食品安全機関(EFSA)と比べても60倍を超えるものだ。

6月20日に開催された食品安全員会の有機フッ素化合物(PFAS)ワーキンググループ(撮影:諸永裕司)

WGの会議が開かれたのは、世間の耳目が集まる東京都知事選の告示日で、開催が公表されたのは2日前のことだった。社会的に注目されるPFASについて初めて「許容摂取量」を設けるというのに、あえて大きく報道されにくいタイミングで発表したようにも見える。

食安委は「(2月に示した)評価書案に寄せられた約4000件のパブリックコメントを受けて、修正箇所について委員間の合意を取り付けるために時間がかかった」と説明した。

「血液調査の必要性」明記は大きな一歩

海外と比べて桁違いに緩い許容摂取量そのものが見直されることはなかったが、一部の記述が修正された。注目するのは、「血液検査」をめぐる記述が変わり、調査の必要性が前面に出たことだ。

評価書案には当初、

<国や自治体等が、血中 PFAS 濃度測定を実施する場合は、その目的や対象者、実施方法等について慎重に検討する>

と書かれていたが、最終的にはその前段に、次のような文章が加えられた。

<我が国においては、PFAS ばく露が懸念される地域の住民における血中濃度の分布、高ばく露者の把握等の必要性も含め、今後のリスク管理の方策や対応の優先度等について検討することは重要と考える>

また、別のところでは、より直接的に血液検査の必要性に踏み込んだ。

<今後のリスク評価に向けて、PFAS の摂取量と血中濃度との関連や、それらと健康影響との関連について、疫学的手法により計画的に調査することが必要と考える>

「健康影響との因果関係がわからない」として血液検査の実施に否定的な環境省とは一線を画した形だ。

記者会見で、WG座長の姫野誠一郎・昭和大学客員教授は、血液検査についての評価を一変させたわけではないとしながら、こう話した。

「日本各地で思いがけないところから汚染が見つかっている。発生源のある地域では血液検査だけではなく、曝露量の調査と、健康調査の3点セットが必要です」

姫野誠一郎・昭和大学客員教授(撮影・諸永裕司)

いまだに国が後ろ向きな血液検査の必要性が明記された点は大きな一歩だろう。

環境省などに「水質基準の設定を」

また、評価書はリスク管理を担う環境省などに対し、

<今回設定した TDI(注:許容摂取量) を踏まえた対応が速やかに取られることが重要である>

との見解も示した。

具体的には、飲み水の規制をめぐり、現在「水質管理目標設定項目」に位置づけられているPFOS・PFOAをより厳しい「水質基準」のカテゴリーに引き上げることを指している、と姫野座長は説明した。

そうすることで、暫定の目標値ではなく、遵守が義務づけられる基準値ができる。基準値ができれば、企業や基地などの発生源での排出基準も設けられ、PFAS汚染対策の実効性が高まると期待できるからだ。

環境省の入る合同庁舎(撮影:スローニュース)

「健康防止の未然防止の観点も踏まえて」

評価書はさらに、リスク管理にあたる姿勢についても言及している。

<リスク管理機関においては、リスク評価における不確実性や健康被害の「未然防止」等の観点も踏まえて、リスク管理の方策等が検討されるものと考えます>

リスク評価を担ったWGは、許容摂取量について「データが十分になかった」ため「100点満点とは言えない」(姫野座長)結果に終わった。だが、それにもとづいて規制するリスク管理機関には「安全側に立った対応」を求めたのだ。

見方によっては、則を超えての無責任な要請と映るかもしれないが、健康への影響を最小限に食い止めるための良心的な提言と取ることもできる。

また、姫野座長は記者会見で、どのような化学物質がどのくらい血液中に蓄積されているかを調べるバイオモニタリング制度の重要性にも言及した。たとえば、アメリカで2年に1度、5千人を対象に300もの化学物質を調べる国民栄養調査(NHANES)が行われるなど、先進国では導入が進んでいる。

「PFASに限らず、特定の化学物質の濃度が上がっているとわかれば、行政は汚染が起きていることに気づき、曝露防止策を取ることができる。その後も継続して調査すれば、対策の効果が出ているかどうかも確かめることができます」

姫野座長は個人的な見解と断ったうえで、こうした「上り坂と下り坂の調査」にもとづくデータを蓄積することで対策の実効性を検証できるようにすることが重要だ、と訴えた。

環境省はどうするのか

PFASの健康影響についてWGがまとめた評価書は25日、食品安全委員会で正式に採択され、ボールはリスク管理を担う環境省などに投げられた。

「パブコメに寄せられた約4千件の声は、リスク評価をした私たちだけに向けられたものではありません。リスク管理を担う機関の担当者にもぜひ目を通してほしい」

この許容摂取量をもとに飲み水の目標値の見直しを議論する「水質基準逐次改正検討会」と、PFAS対策の司令塔となるべき「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」がいずれも7月に開かれる。

PFASに対する総合戦略検討専門家会議の資料より(2023年7月)

規制の強化が進む海外をよそに、日本はどう動くのか。これまでのように「知見の収集に務める」という常套句で時間を稼いでばかりはいられないのではないか。

注目の夏が迫っている。

スローニュースでは、静岡市の化学メーカー、三井・ケマーズフロロプロダクツの工場で働いていた人の血液から高濃度のPFASが検出されたことや、周辺からも検出された問題について、その謎を解く50ギガバイト(5万ファイル分)にのぼる工場内部の膨大な極秘データを解明し、深刻な汚染を引き起こしていた原因や実態を解明しています。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。横田基地の汚染などについては、6月8日の「ビデオニュース・ドットコム」でも配信。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com

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