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辞職した「離島のドン」はどうしているか?「エモい」政治記事から感じる新聞報道の強みと課題

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

公民権停止となった谷川弥一氏 派閥に捨てられた「離島のドン」は今

今年1月、4355万円を自身の政治団体の収支報告書に寄付として記載しなかったとして略式起訴され、議員を辞職した谷川弥一前衆院議員を朝日新聞が取材した記事が話題になっています。私も面白く読みました。

出だしの居酒屋の場面は地方のたそがれた雰囲気が伝わり、高倉健の名画『駅ステーション』を思い出しました。同時に、その情緒感の強さに「実はいい人だった」的な記事かなと警戒感をいだきます。それを前提に読み進めると会見や事件報道では聞こえてこなかった、谷川さんの言葉が伝わってきます。

私自身、谷川さんの辞任会見では気になる場面がありました。

裏金を集めた動機を、 「私は力をつけたかった。大臣並みのカネを集めてやろうと思った」と語っていたことです。

きわめてストレートです。ここまで正直にカネ集めの理由を政治家が語るのは珍しい。そこに怒りに似た本音を感じました。

今回の記事では、その点について本人がつっこんで語っています。

 「順番が来ても大臣になれないのは『能力が無い』という烙印(らくいん)だぞ。俺は19歳から専務で、社長もやった。鶏の頭だ。牛の尻尾じゃないんだ。ずっと社長だったから、上を立てるということができない。だから、派閥の上から見ると可愛気がない。政治家は可愛気がないやつは出世しないんだ」

朝日新聞デジタル2024年4月29日

最大派閥として、また森喜朗政権から長く総裁派閥として我が世の春を謳歌してきた清和会、安倍派に所属しながら、当選7回を重ねても大臣を経験していないのは谷川さんだけでした。

自分はなぜ大臣になれないのか。どうして評価されないのか。そこから生まれた恨み、コンプレックスが金集めの原動力になり、また会見でもほとばしったのでしょう。

谷川さんが語る政治家志望の原点も、やはり怒りのようです。

政治家を目指したのは、設立まもない建設会社の社長として感じた行政や政治への不満がきっかけだった。
 公共工事を請け負うようになり、県庁の担当課にあいさつにいったところ、机に足を投げ出して座っていた課長に名刺をぽんと投げられた。知人に頼まれて地元で選挙運動の手伝いをしても、当選すると議員はほとんど話を聞いてくれなかった。

朝日新聞デジタル2024年4月29日

谷川さんの怨嗟ともいえるエネルギーの裏側には、公共事業に依存する地方企業と政治家との力関係の歪みがあります。古い自民党政治家の個人の物語が、日本の構造問題につながっています。

事件報道は、おおむね一色になりがちです。時間がたてばこそ、取材できること、見えてくることがあります。それをつきつめていけるのが本来、記者のネットワークを抱え、記者クラブなどで定点観測をしている新聞社の強みです。

時間がたってから政治家のホンネを引き出そうとするアプローチは、その利点をいかしたものと感じました。

一方で、冒頭に書いたように記事全体を支配する「エモさ」はやはり気になります。人間としての政治家の姿を知ることは重要ですが、わかりやすい、美しい物語にしてしまうことは危険です。

ここまでカネに執着をした谷川さんだからこそ、政治資金集めの手法に強引さや問題があったのではないか。なぜ彼は巨額のキックバックを得るほどパーティ券を売ることができたのか。ーー大臣を狙った強い野心を支えた実態に踏み込んでいかなければ、本当の姿は見えてきません。

政治家にかぎらず、人間は多面的であり、社会は複雑です。だからこそ一時的な、表層的な評価にとどまらない、しつこい取材、深い取材にこそ価値があります。そこも含めて全貌を描ききれば、一冊の良質なノンフィクションになりうるテーマを感じました。ただ、その入口で終わっているのが、読者としては物足りない感じです。

事件が一段落してもその真相を追いかけ続けていくこと、これもまた本来は新聞社の強みなので、これからを期待したいところです。

複雑さを複雑なままどう伝えるのか、国民が考える材料をどう提供していくのか、難しい課題にしっかり向かい合っていくことが、メディアの信頼をつくっていきます。

いまの新聞が抱える強みと課題を考えさせられる記事でした(瀬)




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