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「口をすべらせた」「指揮官にされただけ」ーー朝鮮人虐殺を煽った首謀者とネットいじめの空疎な地続き

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地震と虐殺 1923-2024

関東大震災から101年の9月1日、東京都墨田区の横網町公園で行われた、関東大震災で虐殺された朝鮮人犠牲者を追悼する式典に、小池百合子都知事は追悼文を送付しませんでした。

歴代東京都知事が出してきた追悼文を送らないのは、小池知事の就任2年目の2017年から8年連続となります。

小池知事が目を逸らそうとする朝鮮人虐殺の悲劇に、ノンフィクション作家の安田浩一さんが向かい合ったノンフィクションが「地震と虐殺 1923-2024」(中央公論新社)です。

安田さんが膨大な資料と読み、事件の現場となった土地を歩いて、いまなお事件が現代と地続きであることを600ページもの大作で明らかにします。

たとえば、無実で28歳の朝鮮人の飴売りの青年が現在の埼玉県で虐殺された事件。震災やデマで不安に陥っていた群衆が、興奮して警察署を襲い、留置中の青年を引きずり出して竹槍や鳶口で62カ所も滅多刺しにして殺したのは、「鮮人はわれら同胞の仇敵なり」「いつ何時、不逞の所業に出るやも知れぬ。あらかじめこれを襲撃札がしすべきである」とあおった在郷軍人の日本人男性がいたからです。

その男性は1970年代の調査で、「私もいい気になって少し口をすべらせてしまいました」、「先頭だったということになっちゃって、私が指揮官にであるということにされてしまいました」と軽口をたたき、殺された青年についても「考えてみれば可哀そうなことだと思います」と漏らしていることを、安田さんは資料から明かします。

「ただ口をすべらせただけ」「集団のせい」「自分はのせられただけ」ーーーその空疎な言い分は、ネットでイナゴのように集団で誰かをたたくお調子者とそっくりではありませんか。

ちなみに、この証言を引き出す調査をし、『かくされていた歴史-関東大震災と埼玉の朝鮮人虐殺事件』という資料にまとめたのは、「関東大震災五十周年朝鮮人犠牲者調査追悼事業実行委員会」。その名誉実行委員長は当時の畑和埼玉県知事でした。

半世紀前の畑埼玉県知事は歴史に隠された真実をあきらかに、それを教訓としようとしていました。それと比較すると現在の東京都知事の姿勢は残念でなりません(瀬)