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米国内では販売禁止となった無呼吸症の医療器具、輸出なら「OK」。今後も続々と日本に?【フィリップス元社員が衝撃の証言③】

日本で900万人が悩んでいるとされる「睡眠時無呼吸症候群」。その治療に使うCPAP(シーパップ)装置など、米フィリップスが製造した呼吸器系の医療機器が2021年6月、発がん作用などの深刻な健康被害を患者にもたらす恐れがあるとしてリコール(自主回収)となり、世界で550万台もの回収が続いている。

前回は、フィリップス・ジャパン(東京都港区)で働いていた元社員が、リコール発表より6年も前の2015年ごろ、防音材の劣化が原因と疑われる「黒い粉」の発生を確認し、本社や製造元の米フィリップスとも情報を共有していた、という驚きの証言について報じた。

連載3回目では、ルールを逸脱した製造販売業者に品質管理の基準を遵守させるべく、米国の行政や司法はどう対応したのか、それに対し日本の実情はどうなっているのかについてお伝えする。そこには、思わずため息が出るほどの大きな違いがあった。

フリーランス記者 萩 一晶


フィリップス・ジャパンはホームページを書き換えていた

医療機器の修理現場でフィリップス・ジャパンの元社員が目撃した「黒い粉」事件。この他にも少なくとも4件の「黒い粒子」問題が、2015年前後に日本で持ち上がり、米国にも報告されていたことを、これまで報じてきた。危うい兆候にきちんと向き合い、もっと責任ある対応を取ってさえいれば、問題の拡大を防ぐ「分岐点」となっていたかもしれない発見だった。

しかし、そんな重要な発見が製造現場で十分に生かされることはなく、報告を受けた米フィリップスは当時、「何の追加調査も健康被害評価もリスク分析も行わなかった」とFDAは指摘している。そして6年後、世界で550万台という異例の規模の回収が始まり、すでに耐用期限が切れた製品も含めれば影響は1500万台(FDA推計)にも及ぶとされる大きな問題に発展したのだ。

では販売元のフィリップス・ジャパンは、当時国内で発生し、自ら把握していた「黒い粉」や「黒い粒子」の問題を、国に報告していたのだろうか。医薬品医療機器法(薬機法)と施行規則では、医療機器の製造販売業者は、自社の製品に不具合が発生し、重篤な健康被害が出るおそれがある場合には、30日以内に国に不具合を報告する義務が確かに定められている。

フィリップス・ジャパン本社が入る超高層の麻布台ヒルズ森JPタワー(東京都港区 撮影・萩一晶)

さらに、同社はなぜ、「日本国内においては、これまでに同事象と同定された報告は確認されておりません」という、事実とは異なるような説明を2年余りもホームページに掲げ続けてきたのだろうか。「黒い粉」も「黒い粒子」も、2021年の大規模リコールを招いた「細かい粒子」問題と、そっくりに見えるトラブルだからだ。

そういえば、あの説明を同社はまだ掲げ続けているのか。6月下旬、久しぶりにホームページを開いてみると、あの「日本安全宣言」のような説明はいつの間にか姿を消し、新しい内容に書き換えられていた。

フィリップス・ジャパンのサイトより

リコールから3年。自主回収もようやく終了に近づいてきたという今頃になって、あの言葉を削除したのは、なぜなのだろう。国内においても同事象が確認されたのか、それとも昔の同事象を思い出したのか。

膨らみ続ける疑問の数々を16項目にまとめて先日、フィリップス・ジャパンにメールで送った。同社が唯一、取材の受付先として社会に開いている窓はメールアドレスだけだからだ。

7月半ば、「フィリップス・ジャパン広報代表」とだけ名乗る匿名の人物から短いメールが届いた。すべての質問に対して、「弊社からは回答いたしかねます」という返信だった。

フィリップス・ジャパンから届いた返信。回答を拒否しつつ、規制当局・医療機関との連携を強調するのが毎回のパターンだ

厚生労働省・医薬安全対策課にも、「黒い粉」や「黒い粒子」の報告を受けていたのかどうかを問い合わせたが、こちらも「個別の事案については回答できかねます」という返事だった。

米国では当面の新たな製造・販売を禁じる同意判決

米国では今年4月、立て続けに大きな動きがあった。米フィリップスに対し、医療機器の適正な製造管理や品質管理を定めた基準(GMP)に従わず「粗悪品を市場に流通させた」として、FDAに代わって追及してきた司法省が、同社との間で裁判上の和解に達し、同意判決が成立したのだ。

これは米政府が違法行為の差し止めを求めるときによく用いられる手法で、両者間で事前に交渉をし、被告側が罪や責任を認めないままお互いが納得する条件で合意。その内容を書面で裁判所に提出し、その承認を得て成立するという仕組みだ。

その結果、米フィリップスは問題のCPAPなど呼吸器系の医療機器を製造していた3工場で、新たに同製品を製造したり、米国内で販売したりすることを禁じられた(医療上の必要がある器具などを除く)。その期限は、製品の安全性を高めるために突きつけられた10項目もの条件を同社が実現し、関連法規やGMPを遵守していることが確認されるまで。第三者から安全監視担当を選び、今後5年間にわたって定期的な工場検査を受け続け、製品安全テストの結果を再検討することなどが求められている。

米フィリップスは患者側に約1700億円支払いへ

一方、FDAには昨年9月までに、医師や患者らから「防音材の劣化」による健康被害を疑う有害事象報告が11万6000件以上届き、そのうち561件が死亡との関連を疑うものだった。

プロパブリカによると、賠償などを求める訴えは700件以上起こされ、5万人以上の人が関わっている。

この点でも、米フィリップスは今年4月、損害や医療費を含め11億ドル(約1700億円)を患者側に支払うことを明らかにした。

米フィリップスは過失や責任を認めてはいないが、ルールを逸脱した企業に医療機器の「安全性」や「品質管理」を遵守させるべく、行政と司法がきちんと機能したのは明らかだ。

「本日の判決は、医療機器を必要とする弱い立場の患者にメーカーが粗悪品を売りつけたりできないように、なんとか連邦法を適用しようと精力的に動いた我々の決意が反映されたものである」(司法省幹部)
「このリコール問題では、我々は患者に対して何度も『安全通知』を発信して重要な健康情報を提供し、リコールの影響を受けた人々を守るうえで助けになるよう、当組織としては異例のアクションを起こしてきた。本日の判決は、こうした努力の積み重ねでもある」(FDA幹部)

米国の当局者が発表したコメントを読んでいると、「国民の安全と健康を守る」という本来の任務が達成できたことの喜び、公益に尽くす職務への矜持といったものが滲み出ているように思えた。

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