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「ファクトチェックを担う団体の透明性をどう確保するのか」総務省検討会の座長・宍戸教授に聞く(後編)

政府が「偽情報対策」を急いでいる。総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」は7月に中間的な結論として「とりまとめ(案)」を公表し、8月20日を締め切りとするパブリックコメントの募集中だ。

政府の動きに対しては「官製ファクトチェックにつながるのではないか」との批判も強いが、総務省検討会の座長を務める宍戸常寿・東京大学大学院法学政治学研究科教授(憲法学)はその問題をどう考えているのか。宍戸氏へのインタビュー後編は、ファクトチェックを軸に話を聞いた。(前編はこちらのリンクから)

フロントラインプレス


ファクトチェックは誰が担うのか

――ファクトチェックは誰が担い、どのように進めるかという点について、総務省の検討会はどういう姿勢で臨んできたのでしょうか。

宍戸:ファクトチェックが自立的に行われることを前提として、プラットフォーム事業者にどういう規律を課すか、あるいは自主的な規律を求めるかという問題は、今後課題になってくると思います。

例えば、プラットフォーム事業者がファクトチェックを支援することも含めて、現状に対応したファクトチェックができるためにインターネット業界には何が必要か? そういった問題意識を検討会の報告書は投げ掛けています。

そもそもファクトチェッカーについて、国家による免許や認定があるわけでもない。自由にファクトチェックしていただければいいんだと思います。私個人は、ファクトチェックのあり方について社会の中でもっと議論が進んで、民間のファクトチェックが機能していれば、政府がわざわざ検討会を設けてこうした議論をする必要はなかったと思います。

総務省検討会の座長を務める宍戸常寿・東京大学大学院教授(撮影:フロントラインプレス)

総務省検討会になぜJFC委員が3人も入っているのか

――宍戸先生ご自身は、総務省検討会の座長であると同時に、日本ファクトチェックセンター(JFC)の監査委員長でもあります。検討会も関係者からヒアリングする際、JFCを呼びました。一方、総務省の検討会には、JFC運営委員会の委員長、および委員が計3人も入っています。検討会の下に置かれたワーキンググループでは、8人の構成員のうち3人がJFC運営委員会の委員です。外部から見ると、利益相反にも見えます。

宍戸:そのように見えるというのは、全くおっしゃる通りです。ただ、少し説明させてください。

業界や規制する分野の性質にもよると思うのですが、こうした研究会などの政策形成の場で、完全な分離対決型の世界はあり得ます。業界や役所の御用学者のような人と、そうではない人を完全に分ける方法で、非常に分かりやすい世界です。

一方、情報通信分野の制度は、課題が多い割には研究者の数が少ないのです。そのため、青少年保護やプライバシーをはじめ、何かの検討会を設置する際には、業界と役所でメンバーが重なるということが、以前から生じていました。そこに、さらに新しい課題として偽情報対策が出てきたわけです。

おそらく、民の側からも官の側からも、ゼロベースの人ではなく、事情が分かっている人、しかも表現の自由や社会的な必要性も分かっている人は誰だろうと考えていくと、JFC運営委員でもある曽我部真裕先生(京都大学法学研究科教授)、山本龍彦先生(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)らしかいないわけです。

なお、私が引き受けたJFCの監査委員会は、政府との関係でのJFCの自立性、何よりも出資者との関係での自立性を見ていきます。そうしたことから、JFCを一事業部門としている一般社団法人・セーファーインターネット協会と、そこにファクトチェック用の資金を提供しているグーグルやLINEヤフーとの関係、そしてファクトチェックの結果を見る。その程度であれば、総務省検討会の座長など私が他でやっていることに関連した、利益相反の関係はないだろうと思っています。

監査委員会が1度も開かれていないのにJFCのガバナンスが機能しているといえるのか

―――ただ、JFCの監査委員会は、2022年のJFC設立以来、一度も開かれていません。監査委員もセーファーインターネット協会側の規定では定員3人ですが、宍戸先生しか就任していません。

宍戸:監査委員のメンバーを揃えて監査委員会を早く立ち上げてくれということは、セーファーインターネット協会にこれまでも強く言ってきました。監査委員会は、本来は少なくとも年に1回は開催すべきです。

JFCのサイトより 監査委員会は現在も「委員選定中」のままだ(2024年8月15日現在)

監査委員会は、編集部および運営委員会がやってきたこと、財務、国との関係、それから何よりも出資者との関係、あるいはセーファーインターネット協会とその一部門であるJFCの関係が適正か、節度のある適正な分離、あるいは適正な連携ができているかをチェックし、必要な勧告や助言をするのが役目です。少なくともステークホルダーに対して、JFCがきちんとした発信をするお手伝いをする責任があります。

「JFC活動のステークホルダーは官の検討会と連携、融合型の世界」

――現状では監査委員会の委員の選任すらできていないわけですから、ガバナンスが機能しているとは言えないと感じます。

宍戸:それは、私も含めてセーファーインターネット協会側が批判を受けるべきだと思います。JFCのガバナンス全体をしっかり機能させるための重要な要素が監査委員会の活動で、それは早めに立ち上げなければなりません。だから、監査委員会ができていない以上、この取材や政府のヒアリングも含めて、いろいろなところでディスクロージャーを強化する必要もあります。先ほど言ったように、JFCの活動に関与するステークホルダーは、官の検討会と完全に分離独立しているのではなく、ある種の連携、融合型の世界です。だからこそ、透明性を高めて批判を受ける必要は大きいわけです。

本来であれば、監査委員会はJFCの活動開始からすぐに立ち上げるか、あるいは3カ月、半年ぐらいで立ち上げなければならないのに、早くやらないから批判を受ける。それでも、JFCのファクトチェックについては、監査委員会とは別組織になりますが、運営委員会で判断しているので、監査委員会の立ち上げは遅いですが、ギリギリ許容範囲だろうと思っています。

――なぜ、監査委員会の立ち上げができていないのでしょうか。

宍戸:少なくとも私以外の監査委員には、総務省の検討会やJFCの設立の経緯とは距離があった人、少なくともそれに直接関わっておらず、かつ、ファクトチェックの問題について的確な判断ができる人、外部の人々が聞いて「おっ」と思うような人を入れるべきだと思います。でも、なかなか引き受け手が見当たらない。「監査委員にはこういう人がいい」ということは、外部からのご推薦をいただきたいくらいです。

先ほども言ったように、情報通信分野の制度に関して研究者らが少ないので、官民の研究会などの委員を頼む人が、いつも同じになってしまうんです。「人が少ない」というこの問題は、なんとかしないといけない。だから私は、総務省や民間の検討会も、できるだけ若く、かつ多様な分野・背景の人に入ってもらうよう、申し上げています。

「透明性の確保は伝統メディアにも跳ね返ってくる問題」

――そうすることと透明性の確保は関係ありますか?

宍戸:最大のポイントは、多くの知見が参加してよいものができること、それから透明性を高めていけることです。 同じ人間がいつも集まって議論していると、それこそフィルターバブル、エコーチェンバーのようになる。

―――透明性確保のために、セーファーインターネット協会はどこまで情報を公開すべきだとお考えですか。

一般社団法人セーファーインターネット協会のサイトより JFCは独立した団体ではなく、協会の中の一部門である

宍戸:セーファーインターネット協会の肩を持つわけではないのですが、おそらく協会の感覚からすると、「IT業界の業界団体としてこれほど透明性をもってやっている団体はない」と自分たちは思っているでしょう。ですが、政府機関を見る感覚でいくと、「いや、情報公開が足りてないでしょう」という話になる。そうすると、「じゃあ、既存メディアやネットニュースなどの情報公開はどうなんだ」となるわけです。

実は私は、JFCに批判があることは、よい機会だと思っているんです。この問題は、伝統メディアにも跳ね返ってくる問題です。これをきっかけに、ジャーナリズム全体の質、担い手の公平性や透明性を上げていく議論にもつながるといいな、と思っています。

スローニュースでは、『独立性は保たれるのか…「官製フェイク対策」の下請け化要請にファクトチェック団体が反発』としてファクトチェックの在り方を問う記事を配信しています。