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「法人格の濫用を防ぐには幅広いステークホルダーによる監視が不可欠」会社代表の住所非公開に反対する奥山教授の意見を全文掲載

株式会社の代表者の住所はこれまで登記簿に掲載する必要がありましたが、一定の要件を満たせば非公開にできるよう、法務省が制度を改正しました。省令の施行は10月1日です。

前回、この省令案に反対する立場の澤康臣・早稲田大学教授のパブリックコメントを掲載しました。反社会的勢力とのつながりなどを調べる有力情報をなくしてしまうことは透明化の流れに逆行し、情報秘匿の拡大による無責任な匿名会社の違法取引や犯罪収益隠匿が横行するタックスヘイブン化の危険を招くとして、代替案も提示しています。

今回は、過去の豊富なジャーナリストとしての経験に基づいてパブリックコメントを提出した、ジャーナリストで上智大学教授の奥山俊宏さんの意見を全文掲載します。奥山さんも、非公開に代わる案を具体的に示しています。(小見出しは編集部で付けたもので、原文にはありません)

また、パブリックコメントの結果公示を受けての追記のコメントもいただきましたので、あわせて掲載いたします。

法人格の濫用を防ぐには不可欠な制度

株式会社の代表取締役ら代表者の住所の一部について登記事項証明書に表示しないことができるようにする「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に対し、私は、反対し、再考を求めます。

株式会社など法人格が不当な目的に濫用されるのを防ぐためには、所定の手続きを経た人によって、その株式会社など法人の実態を把握できるようにしておく制度が不可欠です。なかでも、その法人を実質的に動かす個人がだれなのかを、ジャーナリストを含むステークホルダーによって把握できるようにしておくことは濫用防止に不可欠です。以下、その理由を簡単に申し述べます。

監督官庁さえ放置していたペーパーカンパニーを突き止めるのに必須

私は、新聞記者として1989年から2022年にかけて働く過程で、しばしば株式会社など法人格が濫用・悪用されているのに、それが放任されている実情を目にしてきました。

たとえば、バブル崩壊が始まって間もない1990年代、不良債権の損失を決算書に表面化させないようにするため、すなわち、預金者や債券保有者ら債権者、株主ら投資家をいわば欺くため、実態のないペーパーカンパニーを設立し、そこに資金を供給して不良債権を高値で買い取らせる行為、いわゆる「飛ばし」がこの日本で横行していました。その業界の監督官庁が了解し、許容している事例さえありました。その結果、そうした不良債権の損失がのちに明らかになったとき、預金者ら債権者の自己責任を問うことができず、公的資金によって損失を贖った事例が多々ありました。

このようなペーパーカンパニーの実態を調べ、損失隠しの不当性について早くから問題提起したのは、行政当局や捜査当局ではなく、新聞記者らジャーナリストによる調査報道でした。その際、それら新聞記者らジャーナリストにとって、ペーパーカンパニーの登記簿謄本や登記事項証明書に記載された代表取締役の自宅住所は不可欠必須の情報でした。それを端緒にして、点と点を線でつなぎ、薄皮をはぐように、そのペーパーカンパニーの実質的所有者を突き止め、それらが損失隠しに利用されている実情を明らかにすることができたのです。もし仮に、そうした自宅情報がそれらジャーナリストの目から覆い隠された場合、バブル崩壊後の1990年代、不良債権問題はさらなる泥沼に陥って悪化を極め、公的資金の最終的な裏付けとなる国民の負担はさらに大きくなっていたことでしょう。

これはほんの一例です。法務省民事局が官邸の「法人設立手続オンライン・ワンストップ化検討会」(2017年11月28日)に提出した参考資料(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/hojinsetsuritsu/dai4/sankou1.pdf)にありますように、「ダミー会社設立など不正な企業増加」「詐欺,課税逃れに会社を利用」「設立無効やコンプライアンス違反増加」「出資者や取引関係者が混乱」といった懸念があり、これらは、捜査当局の取り締まりや行政当局の監視だけでは対処できません。

幅広いステークホルダーによる監視と牽制を

日本を含む主要国の政府はこれまで再三にわたって、「法人や法的取極めの悪用を防止するため、これらの実質的所有者の透明性を改善すること」が重要であると認識し、その旨を合意し、法人の実質的所有者の透明性を改善するようにと、タックスヘイブンと呼ばれる国・地域に求めています。(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g7/cy2016/g7_160524.pdf#page=3)。
実はその日本でいまだに、株式会社の実質的所有者が不透明なままです。今は何とか、株式会社の代表者の自宅住所が透明であることによって、その弊害は極小化されています。しかし、もし仮に、株式会社の代表者の自宅住所が登記事項証明書に記載されない事態が当たり前になると、多くの会社の実質的所有者は皆目、見当もつかなくなります。これは、日本自身もその一員である国際社会の要請とは真逆の行いです。もし、そのような事態が現実となれば、日本は名実ともに「タックスヘイブン以下の透明性しかない国」になってしまいます。

社会において、株式会社が濫用されたり悪用されたりすることのないことを担保しているのは、公証人や登記官、税務当局、監督官庁、捜査当局だけではありません。記者やジャーナリスト、報道機関を含め、幅広いステークホルダーによる監視と牽制を軽視するべきではありません。

代替になる制度設計は可能

もし、代表取締役の自宅住所が相手かまわず公開されるような事態をどうしても避けたいということでしたら、たとえば、以下のような制度設計にするのも一案である、と思います。

「みずからの氏名、住所もしくは勤務先・居所を開示し、報道、学術など正当な目的で登記事項を知ろうとする旨を疎明して登記情報の提供を請求する者に対しては、登記官は、代表取締役等の住所を表示した登記情報を提供しなければならない」

いずれにせよ、長年にわたって日本に根付いた制度を変更するにあたって、今般の省令案は、あまりに思慮が足りず、この社会における様々な正当な利益の間のバランスを失しているように思われます。再考を願います。

パブリックコメントの結果公示を受けての追記

株式会社など法人の代表者の自宅住所を非公開とする制度を創設する法務省令は4月16日に定められ、意見公募手続き(パブリックコメント)の結果が同時に公示されました。

ところが、公示資料をいくら調べても、「報道、学術など正当な目的」である場合に関する私の意見やそれに対する法務省の考え方の記載は見当たりませんでした。

行政手続法43条は法務省に対し、「提出意見」と「提出意見を考慮した結果とその理由」を公示しなければならない、と義務づけています。「提出意見」については、同条2項により、「整理又は要約したもの」を公示することができますが、その場合は、「公示の後遅滞なく、提出意見を事務所における備付けその他の適当な方法により公にしなければならない」と法務省に義務づけています。

このため私は4月19日、電話で法務省の担当官に問い合わせました。担当官の話によれば、「銀行業など特定の業種の企業に限り、代表者住所が閲覧可能なIDを交付いただきたい」との意見を公示資料に記載しており、報道機関は「銀行業など特定の業種の企業」の「など」に含めたのだということでした。「こういった業者には見せるべきだといったご意見をいろいろいただいたところなので、その例示の一つとしてここに書かせていただいている」ということでした。そして、それに対する法務省の考え方は「特定の業種の企業に限り無条件に閲覧可能とするようなことは困難と考えますが、今後の参考とさせていただきます」というものなのだということでした。

つまり、法務省は、「銀行業など」の「など」に報道機関やジャーナリストをひとまとめにして、今回の省令を検討したということなのです。

金融システムを健全に維持するためには、銀行など金融機関が会社の代表者の自宅を把握でき、その信用の程度を測ることができるように、そのためのインフラを整えておくことの重要性は大きいと私は思います。しかし、それと報道を一緒くたにまとめるのは誤りです。民主主義や資本市場が健全に機能するためには、会社を調査報道の対象とすることができ、会社に関する公共性の高い情報を記者やジャーナリストの努力で見出して、それらを社会に流通できるようにしておくことが、銀行業とはまったく別の観点から重要である、と考えます。

ところが、法務省の担当官はおそらく、この社会で調査報道がどのような役割を果たしてきたか、調査報道にあたって登記情報がいかに重要であるか、といったような事情について、露ほども念頭に置いておらず、まったく検討しなかった、というのが実態だったのだろうと私は感じました。

法務省の担当官によれば、寄せられた733件の意見のうち、制度創設に賛成なのは4割強、反対なのは4割弱、残りの2割はその他だったそうです。私は、提出意見を法務省の事務所で閲覧したい、と申し入れましたが、「個人情報のマスキングができていない」との理由で4月19日時点では応じてもらえず、いつになったら閲覧が可能になるのかも教えてもらえませんでした。行政手続法43条2項は「公示の後遅滞なく、提出意見を事務所における備付けその他の適当な方法により公にしなければならない」と法務省に義務づけているのに、法務省は、その準備をしていなかったのです。

このように意見が分かれていて、社会に大きな影響を与える事項について、国会の議決を経ずに、また、行政手続法のルールにきちんと従うことなく、法務省が不十分な検討で決めることに、私は大きな違和感を覚えます。 


奥山俊宏(おくやま・としひろ)

1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部原子力工学科卒、同大学新聞研究所修了、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』の編集も担当。2013年、朝日新聞編集委員。2022年、上智大学教授(文学部新聞学科)。
著書『秘密解除 ロッキード事件田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。

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