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官製ファクトチェックより国が喫緊に取り組むべきは「認知戦」対策だと強く感じさせるNHKスペシャルの調査報道

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

きょうのおすすめはこちら。

NHKスペシャル 調査報道新世紀 File6 中国・流出文書を追う

世界中のサイバーセキュリティーに関わる組織がいまざわついている問題、それが、「i-SOON文書」です。

中国のサイバーセキュリティー企業「i-SOON」から流出したとされるその内部文書には、各国の政府機関や市民の情報とみられる大量のデータが含まれていて、欧米のメディアは一斉に中国からの世界規模のハッキングが暴露されたものだと伝えています。

その流出文書をもとに、NHKの取材班が世界を飛び回って、中国企業の活動の実態や、中国からのサイバー攻撃などを追跡したのが、22日に放送されたNHKスペシャルです。

番組では、世界の調査機関が究明しつつある内容を紹介していますが、実はこれ、「i-SOON文書」に含まれていた全てのファイルを取材班でつぶさに調べた上で、各国の機関などに協力を要請し、調べているようなので、オリジナルの報道といえます。さらに、NHKの取材班による独自調査の内容もかなり含まれていて、各国のメディアでもまだ報道されていない内容を発信しています。

例えば、台湾の名門「政治大学」のサーバーへの執拗な攻撃や、その調査を行っている台湾当局への取材なども独自のもので、比較的セキュリティーが弱い学術機関が狙われていることなども明らかにしています。これは台湾の大手メディアでさえ報じていないものです。

よく取材が困難なはずの当局の内部まで撮れたものだな、と思いましたが、聞き及ぶところによると、文書の流出以前から、サイバーセキュリティーの問題で台湾のさまざまなセクションを取材してきた成果のようで、NHKスペシャルの面目躍如といったところでしょうか。

元人民解放軍の戦略支援部隊に所属していた亡命者への直撃取材なども興味深いものですが、白眉はやはり「認知戦」に関する取材でしょう。

「認知戦」とは、ネットの情報で人々の行動を誘導してしまうものです。番組では、台湾で起きたインドからの労働者の受け入れ反対のデモの背景には、実は「インドからの労働者を受け入れれば、性暴力の増加につながる」という中国からのディスインフォメーションがあり、若者の不安を煽って人々を動かした可能性があると分析しています。

ネットの誤情報、偽情報は問題になっていますが、国が急務として力を入れるべきは、「官製ファクトチェック」などという別のリスクを発生させてしまうものではなく、この「認知戦」対策ではないでしょうか。

この番組はNHKプラスで9月29日午後9:49まで視聴できます。

調査報道 新世紀 File5 ミャンマー軍を支える巨大な闇

NHKはこの番組の前日の21日にも、調査報道新世紀シリーズの第5弾を放送しました。こちらは、ミャンマーの軍政を誰が支えているかに迫ろうという報道です。

OSINTの手法を実直に使った取り組みや、各社の報道も極めて少なくなったミャンマーに光を当て続けている点については、評価すべき番組だと思いました。

ただ、ミャンマーをウオッチしている人にとっては正直、既視感のあるパートもあったかと思います。私もこの番組に登場する人などからすでに聞いていた話がありましたし、そうした専門のサイトで発信されていた情報もありました。とはいえ、ODAの名のもとに行われている事業が実は軍のためになっていることを示すために、列車が塗り替えられていることを暴いた取材などは、非常に興味深く見られました。

こちらは9月28日午後10時49分までNHKプラスで配信しています。(熊)