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アスリートの「見えざる敵」?人工芝のPFASは大丈夫なのか、海外では議論が巻き起こり規制も

東京都知事選では、「神宮再開発」が争点の一つに浮上している。

「100年先につながるまちづくりが必要」(小池百合子氏)、「(計画を)ひっくり返せば、むしろ混乱する」(石丸伸二氏)という推進派に対し、「非常に神聖な森。残すべき」(田母神俊雄氏)との反対派、「賛否を問う住民投票を行う」(蓮舫氏)とする見直し派などに分かれる。

環境破壊、都市開発、説明不足、利益誘導などさまざまな論点があるなか、PFASとの関連で気になることがある。計画案を見ると、新設される新・秩父宮ラグビー場にも、新・神宮球場にも「人工芝」が使われるとされている点だ。

実は海外では、人工芝に使われたPFASなどで健康影響が起きているのではないかとする報道が相次いでいることをご存じだろうか。

人工芝のPFASと健康被害に因果関係はあるのか

このうち、地方紙「フィラデルフィア・インクワイアラー」(昨年5月7日付)は、アメリカ東海岸にあるペンシルベニア州フィラデルフィアを本拠とする大リーグ「フィリーズ」の元選手6人が希少がん(脳腫瘍)で死亡したのは、本拠地の球場に敷かれていた人工芝による影響の可能性がある、と伝えた。「夢の球場(FIELD OF DREAMS)」をもじってか、「恐怖の球場(FIELD OF DREAD)」という文字が踊っている。

記事によると、死亡した6人のうち4人は1980年のワールドシリーズで優勝してから20年ほどのうちにこの世を去っている。また、脳腫瘍の死亡率をみると、1971年から2023年までにフィリーズに在籍した選手たちはアメリカの一般男性の3倍に上るという。

一方、人工芝を製造する業者は「人工芝と健康影響を結びつける因果関係は証明されていない」と説明し、「PFASによる影響と証明することは不可能だ」とする専門家もいる。因果関係について評価は定まっていない。

「なぜゴールキーパーに癌が多いのか」

人工芝の上でプレーするのはプロ野球選手ばかりではない。

全米で著名なニュースキャスターのエドワード・マーロウの名前を冠した賞を2016年の調査報道部門で受賞した「The Turf War」というドキュメンタリー番組がある。

「The Turf War」のサイトより

その概要を説明するとこうだ。西海岸にあるワシントン大学サッカー部監督で、元アメリカ女子代表選手だったアミー・グリフィンさんはあるとき、がんなどになる学生たちが多いことに気づいた。リストを作ると、名前を連ねたアスリートは6年で187人にのぼった。うち150人がサッカー選手で、95人はゴールキーパーだった。

ゴールキーパーはシュートに反応して横たわったり、ボールを弾くために飛んだ後に着地したり、人工芝と接触する時間がほかの選手より圧倒的に長い。そのうえ皮膚の切り傷も絶えないため、PFASを体内に摂取しやすかったのではないかという。

人工芝の製造過程ではPFASを使用

全米には人工芝のグラウンドが12000カ所ほどあり、少なくとも毎年1000カ所以上増えているとされる。ボストン市は2022年、市内の公園での人工芝の導入を禁止した。また、バーモント州、カリフォルニア州、コネチカット州などで禁止に向けた動きもある。

人工芝を製造する過程でPFASが使われており、アメリカの研究では、PFASの一種である「8:2FTOH」が検出されている。この物質を吸い込むなどして体内に取り込むと、発がん性が指摘され、すでに製造・使用が禁止されているPFOAに変化するという。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666016422001025

そのうえ、人工芝のフィールドには、衝撃を和らげるために砂やゴムチップを充填する。このゴムチップは廃タイヤを再生利用して作るため、亜鉛や、発がん性があるとされるベンゾピレンといった物質が検出された事例も報告されている。欧州委員会は昨年秋、こうした充填剤の2031年以降の販売を禁止した。

学校でも使われる人工芝。因果関係は分かっていないが、関心が低いままでいいのか

東京都教育庁の調査によると、23区の183の小中学校の校庭で人工芝が使われている。

人工芝の校庭について取材したジャーナリストの栗岡理子さんと日本消費者連盟による調査では、各区が導入する理由は「砂埃を抑えられる」「雨が降っても水はけがいい」「ケガをしにくい」などとなっている。また「寝転んで遊べる」と歓迎する声もあり、港区や中野区などでは今後、校庭の整備や新校舎建設の際に人工芝の導入を予定しているという。

PFASを含んだ人工芝による健康影響があるかどうか、確たることはわかっていない。ただ、製造過程でPFASが使われていることは明らかだ。このまま関心が低いままでいいのだろうか。

スローニュースでは米国では規制された「GenX」というPFASの代わりになる次世代物質が日本国内の工場で今も使われているのかを追及している。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)

1993年に朝日新聞社入社。 週刊朝日、AERA、社会部、特別報道部などに所属。2023年春に退社し、独立。著者に『葬られた夏 追跡・下山事件』(朝日文庫)『ふたつの嘘  沖縄密約1972-2010』(講談社)『消された水汚染』(平凡社)。共編著に『筑紫哲也』(週刊朝日MOOK)、沢木耕太郎氏が02年日韓W杯を描いた『杯〈カップ〉』(朝日新聞社)では編集を担当。アフガニスタン戦争、イラク戦争、安楽死など海外取材も。横田基地の汚染などについては、6月8日の「ビデオニュース・ドットコム」でも配信。
(ご意見・情報提供はこちらまで pfas.moro2022@gmail.com

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