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独立性は保たれるのか…「官製フェイク対策」の下請け化要請にファクトチェック団体が反発

インターネット上の偽情報・誤情報をどうするか。その対応策をめぐる官民の動きが急ピッチで進んでいる。中心となっている総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」は今月24日にファクトチェックを手掛けている民間団体から一斉に意見を聴き、今夏をめどに具体的な対応策をまとめ、公表する方針だ。

ただ、ファクトチェックの仕組みが政府主導で整えられたり、実際のファクトチェックに政府が関与したりすることには慎重であるべきだ、との意見も専門家の間で根強い。日本国憲法で保障された「言論の自由」を侵害する危険性が拭えないからだ。

そうしたなか、総務省が2023年度補正予算で行う公募事業「インターネット上の偽・誤情報対策技術の開発・実証」において、国内のファクトチェック団体を「2次請負者」(2次下請け企業)のパートナーとして組み込む構想を持っていることがわかった。各ファクトチェック団体には総務省主導のこの事業に参画するよう、間接的な打診も届いており、「ファクトチェックは本来、国からも独立して行うものだ」と警戒を強めるファクトチェック団体もある。

フロントラインプレス


「官製フェイク対策」の実証事業とは

総務省の事業は4月26日に公募が始まり、5月20日に締め切られた。公募対象は「インターネット上の偽・誤情報対策技術の社会実装に向けた開発・実証事業」で、公募に提案できるのはこうした技術の「開発や社会実装に取り組む事業者、研究機関など」とされている。

この事業の実施要領によると、事業の内容は大きく2つに分かれる。

1つは「ディープフェイク対策技術の開発・実証」で、ネット上に流れるコンテンツが生成AIによって作成されたかどうかを判別する支援技術を開発する。ファクトチェック団体などが使用するシステムにこの判別技術を組み込み、真偽の判断をサポートする。

もう1つは「発信者情報の実在性・信頼性確保技術の導入・促進」。メディアや公的機関(政府・自治体)、プラットフォーム事業者らのシステムなどに電子署名を組み込むなどして、発信者が自らの情報の信頼性を高める技術を開発する。情報の原発信者を明確にし、元の情報が信頼すべき者から発信されたかどうかを識別できるようにするという。

実証事業では、すでに1次請負業者(管理団体)がボストン・コンサルティング・グループ合同会社に決定しており、今回の公募で選ばれた事業者はボストン社の下で2次下請けとして事業に参加し、実際の技術開発に従事する。

予算総額は4億5000万円程度とされ、6月上旬には事業者を採択。来年2月ごろに成果物を総務省に提出し、同3月に報告会を開催する予定になっている。

ボストン・コンサルティング・グループ合同会社の東京オフィスが入居するビル

独立性が重要なファクトチェック団体が国に組み込まれる!?

ファクトチェック団体側が懸念しているのは、総務省が示した「事業概要」の中で、技術開発を行う2次下請けのパートナーとして、公的機関やSNS事業者と並び、ファクトチェック団体の事業参画が想定されているからだ。実際に事業が始まると、ファクトチェック団体は2次下請け企業と契約を結ぶため、発注者の国から見れば、ファクトチェック団体は「3次下請け」の立場で実証事業に参加する。

すでに公募は締め切られたが、今回の公募に名乗り出たと見られるテック企業からは最近、相次いでファクトチェック団体に対して「われわれと一緒に実証事業に参加してほしい」との要請があった。なかには実証事業のアドバイザーとして、ファクトチェック団体の有力者を取り込んでいる企業もあるという。

こうした動きについて、ファクトチェック団体のある関係者はこう言う。

「2次下請けのパートナーという立場であっても、この事業に加わると、ファクトチェック団体としては巨額の政府資金が1次下請け、2次下請けを通して流れ込むことになります。ファクトチェック団体にとって最も重要なのは活動資金の透明性と独立性。政府のお金を受け取ったら、独立性を保てるかどうか。ファクトチェックに携わる者が大きな抵抗を示すのは当然です。政治や行政、警察などとの関係には慎重すぎるほど慎重でなければなりません」

総務省の「令和5年度補正予算事業 インターネット上の偽・誤情報対策技術の開発・実証について」資料より 右下の赤枠は編集部による加工

また、総務省案に示された「電子署名」「電子透かし」を発信者情報に組み込む方式についても懸念の声がある。電子署名などの組み込み義務が、公的機関や報道機関などの枠を超えて一般市民にまで広がった場合、匿名で意見を表明する自由が損なわれる恐れも残るからだ。

ファクトチェック団体はどう対応するのか

日本の主なファクトチェック団体には、一般社団法人・セーファーインターネット協会(SIA)の一部門である「日本ファクトチェックセンター」(JFC、個別の法人格はない)、および、一般社団法人「リトマス」、認定NPO法人「インファクト」の3団体がある。さらに、ファクトチェックを手掛ける報道機関と協力してファクトチェック活動を各層に広める認定NPO法人「ファクトチェック・イニシアチブ」が活動している。

関係者によると、これらの団体は、ファクトチェック団体を2次下請けのパートナーとして位置づける総務省案に否定的で、すでに事業への不参加方針を固めたところもあるという。

最も規模の大きい日本ファクトチェックセンター(JFC)を運営するセーファーインターネット協会(SIA)の吉田奨・専務理事も取材に対し、「一般論として、政府が表現や報道の自由について、直接的、あるいは濃い意味での間接的な関与はするべきではないと言われていますし、私自身もそう思っています」と語っている。

現在配信中のスローニュースでは、「ファクトチェック団体の独立性と資金の透明性は担保されているのか」「ファクトチェックに使われている検証手法はどうなのか」について検証する記事を発信しています。

※吉田氏への取材は5月16日、約1時間半にわたってオンラインで実施した。

※本文中に登場する「ファクトチェック団体のある関係者」および「関係者」はいずれも匿名を条件に取材に応じた。したがって、所属団体名や経歴など当人を特定する情報も明示できない。


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