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息子を奪われた父親が、10年かけて真相を解明するために挑んだ労作 9月11日に何があり、テロはなぜ起きたのか

あふれるニュースや情報の中から、ゆっくりと思考を深めるヒントがほしい。そんな方のため、スローニュースの瀬尾傑と熊田安伸が、選りすぐりの調査報道や、深く取材したコンテンツをおすすめしています。

きょうのおすすめはこちら。

2001年米国同時多発テロ 9/11の真実を求めて

10年の歳月をかけて翻訳された、500ページの大著。「アメリカ合衆国に対するテロリスト攻撃に関する国家委員会」の調査報告書を翻訳し、独自に解説や注釈をつけた本です。

表紙を開くと横書きで、9/11レポートの内容と、そこに「コラム」などを付けて読みやすくしたテキストが400ページ以上続きます。

裏表紙から開くとこちらは縦書きで、調査委員会のレポートには含まれていなかった、ワールドトレードセンターの崩壊に関する「国家標準技術協会」の報告書の要約と解説が記され、さらにテロリズムの背景となった中東の歴史や、日本とテロリズムの接点について考察する記述が続きます。

あのテロ事件から22年。その真相に一歩でも近づきたいという、その痛いほどの思いが伝わってくる本です。

なぜこの本が誕生したのか。そこにはあの日、突然に息子を奪われ、十分な情報が得られなかった、父親の存在がありました。

9/11の真実を求めて アメリカ同時多発テロ 遺族の戦い

父親の名は住山一貞さん。この本の著者です。息子の陽一さんを9/11のテロで失いました。事件の7カ月後にようやく遺体の一部が見つかったと連絡を受けましたが、ほとんど情報がありません。

現地での追悼式典の帰り、空港でたまたま原書で567ページに及ぶこの報告書を見つけ、それからひらすら長い月日を費やして、専門用語も多い報告書を読み解いていきました。

報告書の第9章では、ハイジャック機の突入を受けたワールドトレードセンターでどのような対応が取られていたかが記述されています。第3節までは事実関係の描写が続きますが、第4節にはそこから得られた分析が書かれていました。その内容に、住山さんが気になったことがあったといいます。今回の解説書では304ページに、報告書の文言が載っていました。

我々の視点で理解し難いことは、ロビーに達した何人かの民間人に与えられた、彼らの職場に戻れという指示である。彼らはロビーに留められるか、あるいは、地下のコンコースの通過を支持されることができただろう。

もしかしたら、より多くの人命を救うことができたはずだったのではないか……そんな思いが出版にもつながったといいます。

今年の9/11に合わせて、NHKでアメリカと中東の両方の現場で取材をしてきた西河篤俊記者が、住山さんの思いをまとめたリポートを発信しました。

カレンダージャーナリズムというなかれ、テロの犠牲になるのはいつの時代も民間人。本書の最後に書かれた、「人命は地球より重いとの言葉は再評価されるべきで、それは人間が人間らしく生きる出発点となる言葉だ(中略)大きな歴史の流れの中で、大切な一人の息子を奪われた父親の切なる願いである」という言葉は重い。

そしてテロに限らず、超高層ビルの建築ラッシュがいまも続く日本という国にとっても、本当に読むべき本になりうることを語っています。(熊)

(ころから 2022/4/15)
(NHK国際ニュースナビ 2023/9/7)