なぜバフェットは成功し、エンロンは失敗したのか?
サブプライム問題は金融危機へと波及した。そこで使われたデリバティブ取引は諸悪の根源なのか? ファイナンス理論とその正しい使い方を現実に即して面白く読ませる。

第Ⅰ部 金融・証券投資の大成功と大失敗

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世界を揺るがすアメリカ金融危機

1章のキーワード

サブプライムローン/住宅ローンの証券化/モーゲッジローン/モーゲッジ証券/MBSRMBS/金融革新/政府抵当金庫(GNMA、ジニーメイ)/連邦抵当金庫(FNMA、ファニーメイ)/連邦住宅金融抵当公社(FHLMC、フレディマック)/モーゲッジバンク/住宅価格/債務担保証券(CDO)/格付け/分散投資/延滞/債務不履行/リスク/大数の法則/ファンド/投資信託/個別リスク/市場リスク(マーケットリスク)/住宅価格の動向/ポートフォリオ/ベータ/住宅バブル/円安バブル/実質実効為替レート/超金融緩和政策/ドル買い介入/投機が投機を呼ぶ/円キャリートレードの巻き戻し

1 証券化商品のリスク評価が不完全だった

■住宅ローンの証券化は金融革新

 20078月に、「サブプライムローン」問題が顕在化し、世界の金融システムを大きく揺るがせている。これは、住宅ローンを証券化した金融商品によって引起こされた問題である。

 この問題を考えるため、まず、「住宅ローンの証券化」について説明しよう。アメリカの住宅ローン(「モーゲッジローン」と呼ばれる)は、従来はS&L(貯蓄貸付組合)などの中小金融機関によってなされていた。30年ほど前から、これらのローンをまとめてパッケージ化し、それを担保に証券を発行することがなされるようになった。証券化された金融商品は、「モーゲッジ証券」とか、MBSRMBSと呼ばれる。この証券を投資家に販売する。年金基金などの機関投資家にとっては、重要な運用対象となっている。

 これによってS&Lは資金調達ができるので、さらに新しいローンを行なうことができる。つまり、S&Lはローン審査という業務に集中すればよいのであり、資金とリスクの負担を負う必要は必ずしもなくなった。これは、重要な金融革新と評価することができる。

 最初の住宅ローン証券化は、政府抵当金庫(GNMA、ジニーメイ)によって1970年に行なわれた。その後、連邦抵当金庫(FNMA、ファニーメイ)連邦住宅金融抵当公社(FHLMC、フレディマック)が参画し、80年代から90年代にかけて市場が急拡大した。現在では、モーゲッジ債権の半分以上が証券化されている。残高は約3兆ドルに達し、財務省証券に次ぐ巨大規模の市場となっている。こうした進展を受けて、証券化のみによって資金を調達して住宅ローンを行なう「モーゲッジバンク」という金融機関も現れた。

 サブプライムローンは、従来の住宅ローン借入者より信用度が低い借入者を相手にしたものだ。当初は金利が低く、ある時期以降高くなる。ただし、多くの利用者は、この期限が来る前に住宅を売却して、ローンを返済してしまう。そして、新しいローンを設定し、新しい住宅を購入するわけだ(あるいは、新しいローンに借換える)。このため、住宅価格が上昇し続ける限り、借入者の返済能力が低くとも、延滞や破綻が表面化することはなかった。

 サブプライムローンの証券化商品とは、このようなローンを担保として発行される証券だ。それをファンドが購入してファンドに組込み、機関投資家や一般投資家に販売していた。RMBSMBSを再証券化したものを債務担保証券(CDOという。これらは格付け機関により格付けされてきた。

■証券化は分散投資を可能にする

 住宅ローンや不動産そのものは、少額のものに分割するわけにはいかない。しかし、証券化すればできる。したがって、分散投資が可能となる(分散投資については、第89章を参照)。これが、投資家から見た場合の証券化の基本的な機能だ。これは、株式と同じ仕組みであると考えることができる。株式とは、企業の純資産を証券化したものに他ならないからだ。

 個々の住宅ローン債権は、繰上げ返済や、延滞・債務不履行リスクにさらされている。したがって、それを証券化した商品も、これに起因するリスクを持つ。ただし、そのリスクは、株式のリスクより評価しやすいものだ。

 なぜなら、多数のローンを集めれば、第8章で説明するように、「大数の法則」が適用できるからである。つまり、実際の債務不履行の額は、その期待値に等しいと評価することができる。それだからこそ、機関投資家などの投資対象として適切なものと評価されたのであり、市場が急拡大したのである。

 「ファンドがこれを運用資産として組入れたので、リスクが見えにくくなった」としばしば言われる。しかし、投資信託もファンドの一種である。したがって、原理的には同じ問題を抱えているわけだ。投資信託を問題視せず、サブプライムローン証券のファンド組入れを問題視するのは、まったくおかしい。

 もっとも、ファンドの資産運用の実態が外から見えないのは事実だ。ただし、この問題は、サブプライムローンに限った問題ではない。今回の問題の本質は、(次項で述べるように資産の価格評価が適切になされていなかったことに加え)ファンド資産運用の不透明さであり、サブプライムローンそのものではないことに注意する必要がある。

■市場リスクが評価されていなかった

 住宅ローン債権が持つリスクには、2種類のものがある。第一は、借入者の個別事情に起因する「個別リスク」であり、第二は、マクロ的変数の変動に起因する「市場リスク(マーケットリスク)」である(「個別リスク」と「市場リスク」に関するより詳細な議論は、第8章の3、第10章の4、第14章の2で行なう)。

 通常の住宅ローンの場合、最大の市場リスクは、金利の変動だ。サブプライムローンは、これに加え、「住宅価格の動向」という大きな市場リスクを含んでいる。前述のように、住宅価格が上昇し続ける限り、債務不履行の発生は少ない。しかし、値下がりが始まると、前述のような借換えができなくなり、延滞や債務不履行が増える。住宅価格の変化に起因するリスクは、誰の立場から見ても同じものであるため、分散投資では対処できない。

 今回の問題に関連して、「格付け機関の評価が甘かったのが問題だ」と指摘されることがある。しかし、ファイナンス理論の立場からすると、そもそも「格付け」によるリスク評価は、きわめて不完全なものなのだ。第一に、何を格付けしているのかがはっきりしない(倒産確率のようであるが、明確には示されていない)。第二に、順位付けがなされているだけで、定量的な評価がない。第三に、市場リスクが評価されているのかどうかが、明らかでない(少なくとも、マクロ変数に関してどのような想定がなされているのかが、はっきりしない)。

 第四に、格付け評価は、個々の対象ごとに独立になされている。しかし、本来、リスクは個々の対象を取出して評価することはできないものだ。対象間の相互関係が重要なのである。例えば、正反対に動く対象を組合せてポートフォリオを作れば、全体としてのリスクは減少する(この点は、第15章の2で「ベータ(β」という概念を用いて詳しく説明する)。

 格付けがリスク評価に何らかの参考資料を与えるのは事実だが、それはリスク評価そのものではない。少なくとも投資のプロである機関投資家や金融機関は、投資対象のリスクを自ら評価して、正しい価格付けを行ないうる体制を確立すべきだ。格付け機関に全面的に頼ることが、そもそもおかしかったのである。

 これは、日本に限らず、どこでも似たような事情だ。しかし、日本での状況はさらに遅れている。日本では、住宅ローンの証券化が遅れ、現在でもあまり普及していない。このため、今回の問題が「いままでになかった新しい問題」と受け止められてしまった。そして、「サブプライムローンを証券化した商品は、21世紀型の新しいリスクをもたらした」とか、「新しいタイプの怪しげな金融商品であり、リスクを世界中にばら撒いた」などという意見が唱えられた。

 しかし、これはまったく見当違いだ。それを言うなら、すでに述べた理由により、株式も投資信託もだめだということになる。今回のサブプライムローン問題は、日本の金融技術の後進性を、はからずも暴露することになった。

2 円安バブルとその崩壊

■円安バブルによる日本の景気回復

 今回の金融混乱には、「バブル崩壊」という側面もある。

 アメリカの住宅価格がバブルであったことは、いまや広く認識されている。それだけでなく、ドルもバブル状態にあったと考えられる。特に円との関係においてそうであった。したがって、これは、「円安バブル」であったと考えることもできる。

 円の実質実効為替レートは、2007年の夏頃には、プラザ合意が行なわれた1985年当時とほぼ同じ歴史的な円安の水準にあった。85年には円高、マルク高、ドル安を目的にした国際的為替介入が行なわれたことを考えても、07年夏までのレベルがいかに異常であったかが分かる。日本の輸出関連企業の利益はこれによって増大し、株価も05年頃から顕著な上昇を示した。

 為替市場におけるバブルをもたらした大きな要因は、日本の超金融緩和政策である。これによって、日本から米ドルなどの高金利国通貨への資金移動が拡大した。第11章の1で説明するように、本来、金利差は円高で打消されるはずである。しかし、日本政府が大規模なドル買い介入を行なったため、円高が阻止され、円キャリートレードなどの高金利国へのカバーなしの資金移動が利益を生むことになった。

 これは円売り取引であるため、さらに円安を誘発する。つまり、「投機が投機を呼ぶ」状態になった。ここ数年は日本の個人投資家も、外貨投資を行なうようになった。これは、円安バブルが末期的状況に入った証拠だったと言える。

 日本からアメリカへの資金移動は、サブプライムローンやそれに関連した金融商品への投資資金を供給した。こうして、アメリカ、ヨーロッパにおけるバブルも増殖した。それが07年の夏頃に破綻したのである。

 ところで、為替レートにおいてバブルが発生していたことは、いまになっても明確には意識されていない。「為替レート」が地価のように日常的に目につく価格ではないことが大きな原因であろう。また、貿易に影響するのは名目レートでなく実質レートだが、それは直ちには分からないこと、さらに、国境をまたいだ取引であるために、国内からは全貌が把握しにくいという事情もある。しかし、これがバブルであり、その崩壊が経済活動に大きなマイナスの影響を与えることは間違いない。

 アメリカにおいては、住宅投資をはじめとする過剰な国内支出が削減され、経常収支の赤字が適切なレベルに縮小するまで、経済活動の後退が生じるだろう。日本では、円安に支えられてきた輸出産業の業績が悪化し、株価が下落するだろう。この過程は、今後しばらくの期間にわたって、継続すると考えられる。世界は厳しい時代を経験することを余儀なくされるが、日本も例外ではない。

■これまでの円安こそが問題

 サブプライムローン問題をきっかけとして、日本の株価も07年の夏以来、大幅に下落している。

 アメリカの金融機関には莫大な損失が発生しており、連日の報道を読んでいると、アメリカ経済がいまにも沈没するような印象を受ける。

 ところが、089月末の日経平均株価は、077月初めに比べると65の水準まで落ち込んでいるのに対して、アメリカのダウ平均は、76にとどまっている。つまり、07年夏以降の株価下落は、日本のほうが激しい。沈没しかかっているのは、むしろ日本経済のほうなのだ。

 具体的には、つぎのとおりである。すでに述べたように、ここ数年、為替市場において「投機が投機を呼ぶ」状態が生じ、円安バブルが継続していた。日本が何とか景気回復を実現できたのは、基本的にはそのためだ。ところが、サブプライムローン関連投資で欧米のファンドや金融機関に損失が発生し、またアメリカで利下げが行なわれて日本との金利差が縮小したため、欧米諸国のファンドは投資資金を回収し始めた。こうして、国際的投機資金の流れが変わった。これが「円キャリートレードの巻き戻し」と言われるものであり、円高を引起こす。それが日本の輸出産業の利益を縮小させると懸念され、そのために株価が下がったのである。

 つまり、株価下落の主要な原因は、「無理のある円安をこれまで続けてきた」という日本側の事情なのである。しかし、そのバブルは崩れた。現在起こっているのは、バブルがなければ実現していたであろう状態への回帰にすぎない。遅かれ早かれそうなっただろう状態が、サブプライム問題をきっかけにして現実化しているにすぎないのだ。だからこそ、日本株のほうが下落が激しいのだ。日本の株価下落を「アメリカの影響だ」というのは、「問題は日本の経済政策ではない」との責任転嫁である。

第2章 バフェットはなぜ大金持ちになれたか?(1)

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