それは古い殺人事件の記事から始まった
犯行の傾向が似ている。1983年に起きた強姦事件の新聞記事を目にしたとき、ちょうどそのとき取材中だった未解決事件とあまりにも重なることに息をのんだ。--ある記者が古い事件を調べ尽くし、浮かんだ疑念を警察に訴え、やがて真相が明らかになるまで。異色の事件ドキュメント。

わたしが未解決事件を解決させるまで

キャサリン・レンツ記者が1983年に起きた学生の強姦殺人事件についての記事を発見した際、彼女がすぐさま思い当たったのは、取材を進めていた連続殺人犯による犯罪との共通点だった。

キャサリン・レンツ

イラスト/イザベル・セリガー

 みなさん、こんにちは。

 この記事はもともと、ボルチモアで何十年も鑑定が行われてこなかったDNA情報について取材を進めていた際に出会った事件の存命被害者について書くつもりでした。信じられないような運命のいたずらによって解決にいたった事件もいくつかありました。しかし多くの被害者にとって事件は未解決のままで、いまなお真相を求めて積極的に動いています。

 そうしたなかで、先週(訳注:元記事は2021618日発表)わたしは、連載記事の主な結論のひとつとなる重要な進展について知ることになりました。それは、「強姦事件を調査することが、他の犯罪の解決につながることがある」ということです。

メリーランド州で最悪の連続強姦犯

 ボルチモア郡警察はこう発表しています。アルフォンソ・ヒルという男が1983年に当時21歳の大学生を強姦して殺害したことを自白した、と。ある刑事が「48 Hours」(訳注:アメリカCBSのドキュメンタリー番組)で彼のことが扱われているのを見て、警察作成の似顔絵と似ていることに気づきました。その後、警察はDNA鑑定にもとづき、彼が十数件の事件に関与した連続強姦犯と見なしています。彼は別の強姦事件も含め、他にも犯行をしてきたとの自白もしているようです。

 連載記事「コールド・ジャスティス」(訳注:「プロパブリカ」でのウェブ連載)の取材でヒルに面会を求めましたが、彼は応じてくれませんでした。彼の自白記録要旨や警察の関連資料に目を通した後、今週再度面会を要請したのですが、メリーランド州公安・矯正局は新型コロナウイルスによる制約を理由として面会を許可しませんでした。

 ボルチモアの刑事の多くは、こうなる前からヒルがメリーランド州で最悪の連続強姦犯だと確信していました。そしていまや彼は殺人を犯したと自白もしているのです。しかも、余罪もありそうなのです。

9件の強姦事件について有罪判決が出た時点では、この男が犯した暴虐のレベルについて把握したと思っていました。ですが今では、全容解明にはほど遠い状況のように見えます」とボルチモア郡で州検事を務めるスコット・シェレンバーガーは言っています。

四半世紀の間「未解決」だったアリシア・カーター事件

 アリシア・アン・カーターは当時大学4年生になって間もない頃で、経済学を専攻し、学内のキリスト教団体の次期代表になることも決まっていました。テニスが大好きで、3人のきょうだいとも親密で、毎週母親とは電話で連絡をしていました。その彼女が最後に目撃されたのは、1983729日の午後430分。場所は、タウソン(訳注:ボルチモア郡の郡庁所在地)のボルチモア郡立図書館でした。それから5日後、刺殺された彼女の遺体が働きながら通っていたガウチャー大学のキャンパス内の森林で発見されたのです。

 2人の兄、アルフレッド・カーターとウェンデル・カーターは彼女のことを「魅力的で、親切で、やさしく、有能で、勇気があって、いつでも信頼を寄せられるような人柄でした」と言います。

 ヒルは5月にボルチモア郡警察の刑事2人からの取り調べを受けた際、この事件にかかわるDNA鑑定結果を示され、自白と引き替えに訴追を免除するとの取引に応じ、強姦と殺人を認める供述をしました。

 警察によると、法医学的証拠を突きつけられたヒルは強姦を含む余罪数件についても自白しました。警察は目下被害者に対して説明を行っている段階だとして、これ以上の情報については提供してくれませんでした。

犯行をひとつの場所に集中させる傾向

 この連載に向けた取材を進めていた2月、わたしはメリーランド州の情報公開法にもとづいてアリシア・カーター事件についての資料の開示請求を行いました。きっかけは、1983年に『ボルチモア・サン』紙に掲載された事件の報道を目にしたことでした。

 記事を読んだわたしは、思わず息をのみました。これまでわたしは多くの時間を費やして、犯行の手口やDNA情報、逮捕といった観点からヒルが関与したと見られる犯罪について調査を進めてきました。情報を時系列に整理し、有罪判決を受けたか容疑をかけられている35件以上の犯罪について見取図を作成し、逮捕にかかわる資料にはすべて目を通しました。

 1983年の記事では、カーターさんの遺体が発見されたのは、1979年にヒルが別の学生を強姦したのと同じガウチャー大学キャンパスの森林区域だったことが記されていました。2008年にヒルは、1984年に大通りから2マイルも離れていない森で起きた強姦事件で有罪判決を受けました。地元の病院で数十年にわたり保管されていた強姦検査に使われたDNAのスライド数枚をボルチモア郡警察が検証したことで、彼は当該地域で発生した女性に対する数々の暴行事件——1980年と1982年のガウチャー大学キャンパスでの事件2件も含まれていました——について有罪判決を受けるか容疑者となったのです。

 わたしは1983年当時在職していた元警察官に取材した後、アーカイブされたニュース記事のチェックに着手しました。彼は当時、近隣の複数のアパートで強姦事件を起こしたのと同じ男がカーターさんを強姦し殺害した可能性について考えたといいます。そのときには連続強姦犯の正体は誰も見当がつかなかったのです。それ以降、四半世紀にわたり犯人が明らかになることはありませんでした。

 警察はカーターさん殺害事件から数週間で犯人像を絞り込み、似顔絵をメディアに公開しました。しかし、似顔絵の男はヒルとはまったく似ていませんでした。どの手がかりも捜査の進展にはつながらず、事件は迷宮入りしていきました。

 ヒルは過去に殺人事件で起訴されたことはありませんでしたが、彼の犯行の手口には、特筆すべき側面がありました。それは、犯行をひとつの場所に集中させる傾向があるというものです。一例を挙げると、ヒルは197810月から19791月にかけて同じアパートで3人の女性を強姦したということがありました。これとよく似た集中的な犯行は、10年後に別のアパートでも発生しています。同じことはガウチャー大学で起きた事件についても言えます。

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