武器輸出――日本の「防衛産業」とは何か
前のめりな防衛省、とまどう企業…「新三原則」後の知られざる現状

1章 悲願の解禁

晴れやかなお披露目

 防衛省の外局である防衛装備庁が、2015101日、新たに発足した。

 秋晴れの下、すっきりとした表情のなかたにげん防衛大臣が庁舎前に現れた。

「防衛装備品をより効率的に取得し、拡大している装備行政に的確に対応していきたいと思っております」

 となりには長官に就任したわたなべひであき氏(前技術研究本部長)がなごやかな笑顔で立ち、多くの防衛省職員と報道陣のマイクやカメラに囲まれる中で思いを語った。

「国会議員の先生方、それから各府省庁のみなさん、産業界の方々から非常に強くご支援いただいて誕生したという認識を持っております。期待値はかなり高いと感じます。全力を尽くして対応してまいりたいと思います」

 二人は、「防衛装備庁」と揮ごうされた看板を恭しく立てかけ、地方局の職員が描いたというロゴマーク(緑と青の地球のまわりを戦闘機、戦車、護衛艦が囲む)にかかっていた布を大事そうにとると、報道陣に初めてお披露目した。

 この日発足した防衛装備庁は、武器の研究開発から設計、量産、調達、武器輸出などを一元的に担う組織である。

 陣容も拡大した。武器輸出など防衛産業政策のかなめとなる装備政策部を新たに設置。同部の下には武器輸出の支援体制作りなどを担う装備政策課と、海外との交渉窓口を担う国際装備課を置いた。国際装備課は、それまで4人ほどだった担当者を約20人とし、日本の武器に対する海外のニーズを掘り起こし、情報収集活動などを行う。

 民間企業の取り込みにも意欲を見せる。これまで防衛省と直接取引関係にある企業は、卸売業や建設業はじめ全国で4568社のみだった(2013年帝国データバンク「防衛・自衛隊関連企業の実態調査」)が、武器の製造に関わっていなかった民間企業にも「武器輸出に参加を」「国防に生かせる良い民生技術があれば手をあげて欲しい」と訴えるのだった。

さっそく動き始める防衛装備庁

 動きは素早かった。防衛装備庁のお披露目の直後に、防衛省の東海防衛支局が主催する「防衛セミナー」が、名古屋市の名古屋商工会議所で開催された。中部・東海エリアといえば、防衛省が開発を進める次世代の国産戦闘機「X2」(通称〝しんしん〟)の旗振り役である三菱重工の名古屋航空宇宙システム製作所があるエリアだ。関連企業も多い。

 そのこともあり、セミナーには防衛企業を中心に約250社が集まり、450人が参加、会場は満員の状態となった。

 説明を行ったのは、防衛装備庁の装備政策部長であるほつとおる氏や防衛技監のほかぞのひろかず氏だ。堀地氏は、防衛装備庁の立ち上がりや、武器輸出も含めたものづくりの開発現場が置かれている状況など、業界の外枠を説明していたが、外園氏はより具体的な防衛装備品の内容に踏み込んだ。

 どんな雰囲気だったのか。セミナーに参加した商工会議所のメンバーである男性に話を聞いた。

「外園防衛技監は、防衛省が取り組む戦闘機の国産化に、中部地方の高い技術力と人材を生かしてほしいと訴えていました。

『武器輸出のために』とは言わなかったけど、当然そういうことが視野にあるのではないかな。戦闘機としてより優れたものを、国産化ないし共同開発で実現していきたいということでしたよ」

 別の中部企業の参加者はこう話す。

「『デュアルユース』(軍民両用)という言葉を多用していましたね。防衛省としては埋もれている民生技術を国防に生かしたいというわけでしょう。民間の技術が軍用に生かせる場合もあるし、軍用の技術が民間に生かせる場合もある、起点がどちらにあっても、軍民両方で生かせるような技術開発を進めたい、今後は戦闘機を国産化する方向性もあるし……と話していました」

 また別のある商工会議所の関係者は、防衛省の発言を冷静に分析していた。

「どういう民間企業が戦闘機の開発に役立つ力を持っているのかということに関しては、実際は防衛省よりも三菱(重工)や川重(川崎重工)の方が詳しいでしょう。防衛省・自衛隊の地方窓口である東海防衛支局が主体となってセミナーを開いたのは、現在の政府の立場を伝え、民需に力を注いできた企業にも軍用への可能性を検討してほしいというそんな思いからでしょうね」

 話を聞かせてくれた経営者たちは、セミナーの内容について教えてくれたが、その胸の内まで聞かせてくれた人はほとんどいなかった。

 そのなかで、中部地域にある電子部品製造業の経営者は、民生品の輸出とは違い、慎重にならざるを得ない面はある、と認めた上で「正直、おっかなびっくりですよ」と心境を聞かせてくれた。

「我々は三菱重工などと違い、最前線で武器輸出するという感じはありません。だからセミナーに参加はしましたが、どちらかというと様子見ですね。社名が出ることで企業イメージが悪くなる面もあるし、リスクもあると思います。また、国家機密を扱うわけですから、外国籍の社員がいたらどうするのかという問題もありますね。さらにいえば、実際になにに使われるのか、倫理的にどうなのか、海外に出す規定はどうなっているのか……など、まだ見えません。

 具体的に防衛省などから『これを輸出して』『これを武器輸出のために作って』と要請されたり、依頼が来たときに、個々の企業がどう対応するべきか、判断をせまられるのでしょうね……」

22030万部品が集結した「平成のゼロ戦」

 セミナーで防衛技監の外園氏が具体的に取り上げたのは、防衛省と三菱重工が研究開発を進める研究用の航空機、先進技術実証機「X2」だ。

 X2は、機体の長さ142㍍、幅91㍍、高さ45㍍で武器は積んでいない。敵機のレーダーに探知されにくいステルス性能のほか、機動力に優れ、急上昇や急降下が可能なエンジンを備える。このエンジンはIHI、主翼・尾翼は富士重工、コックピットまわりは川崎重工が担うなど、1機の製作に計約220社が参画。約30万点の部品を組み合わせることでできあがった。部品のおよそ9割を国内の防衛関連企業が製作している。開発には5年の月日を要した。

 開発関係者の間で富士山の別称〝しんしん〟と呼ばれてきたX2は、三菱重工の製造部門で開発された零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の遺伝子を受け継ぐ「平成のゼロ戦」ともいわれている。

 その〝心神〟X2のお披露目式が、20161月、愛知県とよやま町にある三菱重工まき南工場で行われた。赤と白を基調とする、双曲線を描く機体は、戦闘機開発のための実証機とはいうものの美しく、実物を前に私は目を奪われた。

 防衛装備庁で航空装備を担当する三輪英昭氏は、この日を待ち望んでいたかのように、同センターの会見室に現れ、晴れ晴れとした表情で報道陣の前に立った。

 三輪氏は、X2が備える新技術と機能について終始興奮した口ぶりで、やや早口に説明した。

「〝心神〟は、従来機が飛行できない軌道を飛べる技術があります。従来機は、同じ水平面の中で運動をしているようなものでした。

 スケートにたとえていうなら、従来機はどちらかというとスピードスケートと思っていただくとわかりやすいと思います。レーストラックを速いスピードで曲がっていきますね。

 一方で(X2に搭載された)高運動機能は、(水平面だけでなく、機体が上下方向にも大きく動く)フィギュアスケートの選手のイメージです。動きながらくるくるスピンする、そういったことを可能にする技術なのです。

 動きながらくるくる回れるので、速い機種(戦闘機)を脅威対象機(敵機)に対して向けることができる、すなわち、レーダーを相手に対して早く照射できる、早くロックオンして、早くミサイルが撃てる、といった技術なのです」

 攻撃に際して、X2の高運動機能が、敵に対してより優位になる側面を何度も強調した。

 220社の民間企業におけるとりまとめ役は、防衛最大手の三菱重工で、同社の「防衛・宇宙ドメイン航空機事業部」が担っている。

 同部の技監・技師長の浜田充氏は、開発スタートから20年の年月を、神宮の式年遷宮になぞらえた。

20年前の開発当初からいたエンジニアは多く残っていません。数少ないエンジニアが、次の世代のエンジニアに技術を継承していっているのです。これは伊勢神宮の式年遷宮の意義とも重なります。

 X2でいうと、開発チームのメンバーは全体で250人ぐらいいますが、数名の経験あるエンジニアが、若い100人以上のエンジニアを育てながら、1機を仕上げていきます。技術の継承、人材の育成で基盤というものは維持されていくと考えます。

 この事業で得られた基盤を次の国産戦闘機の開発に活用したり、得られた技術をスピンオフさせていけば、航空産業全体の強化に役立てられるのではないでしょうか」

 またこの戦闘機の、主にエンジン部分の開発にあたったIHIの航空宇宙事業本部防衛システム事業部開発部長の夏村匡氏は、浜田氏の「技術の継承」の話を受けて、「エンジンの製造企業としてもまったく同じ思いですね」と言葉をつないだ。

 夏村氏は、防衛装備庁の三輪氏が会見で流した、X2のエンジンが燃焼している際の動画についてこう説明した。

「このエンジンには二つの意義があります。一つ目は、(エンジンの)アフターバーナーの炎が見えていましたが、これを装着したエンジンとしては初の国産エンジンであることです。

 もう一つ。(武器輸出により)これから世界の中で主張していくことが必要になっていくので、なるべく先進的技術が必要だと考えています。日本の得意な技術で性能をあげていきたいと思います。

X2の開発は)大変意義のある事業といえるでしょう。IHIはチーム一丸で、防衛装備庁、三菱重工と協力し、飛行試験に向けて全力をつくしていきます」

〝心神〟初飛行が成功

 現在の日本の自衛隊の主力戦闘機F2は純国産を目指しながら、アメリカの圧力で日米共同開発になった経緯がある。

 それ以前の国産戦闘機とされるF11977年に初飛行、さわ基地やつい基地などの支援戦闘機部隊に配備された。機動性の低さから空中戦での不安なども抱えていたが、F2配備にあわせ、F12006年に退役した。

 F2で叶わなかったこともあり、純国産の戦闘機は防衛省の悲願ともいえた。このような流れの中で、〝心神〟X2は開発された。お披露目で開発者たちが終始誇らしげな表情を見せていたのは、長年の悲願である戦闘機国産化が一歩前進したことへのあん感と満足感のためだろう。

 お披露目から3ヶ月後の422日、いよいよ〝心神〟X2が初飛行となった。当初の予定からは2ヶ月ほど遅れたが、多くの報道陣や関係者が見守る中、青空の下、愛知県の名古屋空港を847分にゆっくりと離陸、913分に航空自衛隊の岐阜基地に無事着陸した。

 その報告を受け、ほっとしたような表情を浮かべる中谷元防衛大臣が、記者会見場に現れた。

「これまでずっと地上テストで、技術研究開発をしてまいりましたが、今回の初飛行は、将来の戦闘機を開発するため、必要な技術力の確保にめどをつけるもので、大変重要な意義を有しております。また、航空機産業全体の技術の革新、他分野の応用に大変期待が持てるものだと感じております」

 会見後に話を聞いたある防衛装備庁の幹部は、

「もし仮に次期戦闘機が外国と共同開発になっても、戦闘機において優れた技術を持っていれば、有利な条件で開発が行える」

 と胸をなでおろしていた。

 防衛省はこれまでに約394億円を投入し、X2の開発を進めてきた。X2初飛行の成功は、長期にわたって開発を進めてきた防衛装備庁や三菱重工はじめ多くの防衛企業にとってはうれしいニュースだった。

第1章 悲願の解禁(2)

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