「私はデジタル兵士。コンピューターを使って活動するだけ」
ハーバード大学出身の作家兼女優、バレリー・ギルバート、57歳。彼女は、1月の「議事堂占拠」でも名を知らしめたトランプ支持の極右集団「Qアノン」の信者だ。毎日何をやっているのか? 本当に陰謀論を信じているのか? The New York Timesコラムニストのケビン・ルースは2019年から彼女に接触、知られざる信者の日常を詳細にレポートした。

Qアノン「デジタル兵士」は動じない 

陰謀論を論破されてもマイペース

 バレリー・ギルバートは「ミーム女王」。荒唐無稽な陰謀論を信じて1日に何十回もフェイスブックに投稿する。彼女の物語が示しているのは、陰謀論者がなかなか現実の世界に戻れないという現実だ。

(取材・執筆 ケビン・ルース、取材協力 ジュリア・ロンゴリア)

ハーバード大卒で作家兼女優で「Qアノン」信者

 米ハーバード大学出身の作家兼女優、バレリー・ギルバート(57)。アッパーイーストサイドにあるマンションの一室に住んでいる(アッパーイーストサイドはニューヨーク・マンハッタンの高級住宅街)。朝目覚めると、愛犬マイロと愛猫マリーナとセレストに餌をやり、コーヒーを入れ、楕円形の食卓に座る――。これで準備万全だ。

 これから何をするのか。ノートパソコンを起動し、世界的な秘密結社との戦いを始めるのだ。

 ギルバートは、ドナルド・トランプ支持で結束する極右集団「Qアノン」の信者だ。信者の陰謀論に従えば、悪魔を崇拝する民主党幹部やセレブが共謀し、児童売春組織を運営している。背後ですべてを操っているのがディープステート(影の政府)であり、世界支配をたくらんでいる。

 では、このような巨悪と対峙する救世主は誰か。第45代大統領のトランプだ。水面下で何年にもわたって秘密のミッションを率い、巨悪を打倒しようとして戦い続けている。Qアノン信者にとっては絶対的リーダーだ。

バレリー・ギルバートはニューヨーク・マンハッタンのマンションを拠点にして、Qアノンのためにフェイスブック上で1日に数十回投稿する。 Photo/Meghan Marin for The New York Times

人気歌手レディー・ガガは悪魔の手先

 ギルバートは自分のフェイスブックページに1日に何十回も投稿している。極右系ニュースサイト「ブライトバート」や「エポック・タイムズ」の記事をシェアしたり、ツイッター上のミームをシェアしたりしている(訳者注:インターネット上で広がるアイデアや画像、動画がミーム)。シェアする記事やミームはすべてQアノン関連だ。

 つい先日も彼女のフィードはQアノンでいっぱいだった。①新型コロナウイルスの感染拡大に伴って実施されるロックダウン(都市封鎖)に対する怒り、②国家反逆罪で連邦議会を糾弾するミーム、③人気歌手レディー・ガガは悪魔の手先であると決めつける投稿、④「covfefe」は暗号化されたメッセージであるとの主張ーーなどだった(「covfefe」は4年前にトランプのツイートの中に出てきた言葉。実際はタイプミス)。

「私はミーム女王」と彼女は私に言う。「自らミームの発信源になっているわけではないけれども、多くのミームをシェアしている。悪意に満ちたミームも含めて。感情をそのまま出してしまう性格なので」

トランプの敗北でQアノン信者は混乱

 インターネットの深淵部で生まれた陰謀論Qアノン。ここにきて信者の間で混乱が起きている。予言通りに現実世界が動いていないからだ。

 Qアノン信者は大きく二つの予言を本気で信じていた。一つは、トランプが202011月の大統領選挙で地滑り的な勝利を収めるということ。もう一つは、「嵐」が起きて児童売春組織が大規模な摘発に遭うということ。

 しかし、トランプは大統領選挙で敗退してホワイトハウスを離れ、2度目の弾劾裁判も不可避の情勢になった。一方で、児童売春組織は摘発されず、民主党幹部やセレブの間で逮捕者は出ていない。

 そんななか、16日の連邦議会議事堂乱入事件を主導したとして、著名なQアノン信者の多くが逮捕された。しかも、何千人にも上る信者が主要なソーシャルメディアから追い出された。大統領選挙の不正を唱えるなど偽情報を拡散させたと見なされたのだ。司法当局も腰を上げ、「Qアノン=国内テロ」という図式で監視を強め始めた。

 新大統領就任日の120日を目前にして、Qアノン信者は土壇場の大逆転に期待を寄せている。ギルバートが描いたシナリオによれば、トランプは①新大統領就任日を迎えてもホワイトハウスを離れない、②代わりに戒厳令を敷いてディープステートに関する機密情報を公開する、③次期大統領ジョー・バイデンも含めて児童売春組織のメンバー数千人を一網打尽に逮捕する――という展開になる。

Photo/Doug Mills/The New York Times

「オタク戦士」から暴力的過激派までいる

 Qアノンほど広範な運動になると――正確に規模は把握しにくいが、信者が数百万人に達しているのは間違いない――「アノンズ(匿名者)」と呼ばれる信者の思想や行動も千差万別だ。何年もかけて陰謀論の研究に没頭しているベテランもいれば、漠然としたアイデアしか持っていない新参者もいる。法律を順守しながらキーボードをたたき続ける「オタク戦士」もいれば、タガが外れたような暴力的過激派もいる。

 2017年にネット画像掲示板「4chan」上で生まれたQアノン。「Q」と名乗る人物――一説ではトランプを信奉する政府高官――が投稿したのが始まりといわれ、当初は数ある極右集団の中で末端的な存在にすぎなかった。

 今は違う。Qアノンは多様な階層や信条を網羅した「陰謀論コミュニティー」になっている。例えば、ヨガを愛する左派の母親も信者になっているし、ロックダウンに反対するリバタリアン(自由至上主義者)も信者になっている。言うまでもなく、「ストップ・ザ・スチール(選挙泥棒を止めろ)」を連呼するトランプ支持者も忘れてはならない。

Photo/Erin Schaff/The New York Times

「信者になることで怒りをぶちまけるターゲットを手に入れる」

 要するに、Qアノン運動はアメリカ社会に深く浸透しようとしているのだ。ここでは年齢も性別も学歴も関係ない。アメリカ国内どこに行っても一定数の信者は必ず存在する。歯科医、消防士、不動産業者――。童話『不思議の国のアリス』よろしく、ある日ソーシャルメディア上をうろうろしているうちに「ウサギの穴」に飛び込み、二度と戻ってこないアメリカ人は多い。

「Qアノンの正体は何か。仕事を見つけられずに、実家の地下に閉じこもっている若い男性インセル(非自発的禁欲主義者)――こんなイメージを抱いている人は多いのではないか。実態は全然違う」と陰謀論の研究家マイク・ロスチャイルドは語る(彼は現在Qアノンに関する書籍を執筆中)。「信者になることで怒りをぶちまけるターゲットを手に入れ、行動を起こせる。何らかの形で現状に不満を抱いている人であれば、誰でもQアノンに吸い寄せられる」

 学歴を見る限り、ギルバートは明らかにエリートだ。マンハッタンにある全米屈指の私立進学校ドルトン・スクールで学び、卒業後には名門ハーバード大へ進学。同大在学中の1980年代には、同窓生のコナン・オブライエンと一緒に伝説的パロディ誌ハーバード・ランプーンの編集を手掛けた(オブライエンは後に著名コメディアンになる)。なのに、今では完全にQアノン陰謀論のとりこになっている。

 彼女の物語が示しているように、高学歴者も含めて多様なアメリカ人がQアノンに取り込まれている。彼らを陰謀論から解放し、現実に引き戻すのは至難の業だ。

フェイスブック投稿を分析すると、陰謀論への大転換が読み取れる

20161117日(2016年の大統領選挙後にギルバートの投稿が始まった日)

2016年の大統領選挙後、ギルバートの個人用フェイスブックページ上は何日もまったく動きがなかった。しかし、選挙から1週間以上経過した1117日、彼女は30回も投稿した。

*投稿のおよそ半分は政治・社会問題に関係していた。なかでも彼女は環境問題に大きな関心を持ち、アメリカ緑の党から大統領選挙に出馬したジル・スタインへの支持を表明していた。

*彼女がシェアしたリンクの一つは、「工場式畜産農業」に反対する署名キャンペーン「チェンジ・ドット・オーグ」だった。

*もちろん、彼女のフィード上には政治・社会問題以外のたわいもない話も含まれていた。ゾウガメと子牛の友情物語であったり、自著も含めてアマゾンのお薦め本であったり。

*この時期、彼女は特定の党派に染まらずに政治批評していた。彼女の批判対象になった政治家には民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンや民主党の急進派上院議員バーニー・サンダース、共和党の次期大統領ドナルド・トランプが含まれた。

202117日(アメリカ連邦議会議事堂への乱入事件が起きた翌日)

2021年までにギルバートの投稿内容は激変した。アメリカ連邦議会議事堂への乱入事件から一夜明けた17日、彼女はフェイスブックに53回も投稿している。投稿の大半はQアノン陰謀論。乱入事件に関するフェイクニュースのオンパレードだった。

*ある投稿では、彼女はQアノンのTシャツを着た暴徒の写真をアップし、「議事堂乱入組の一部はアンティファ活動家」と断じている(アンティファとは「反ファシスト」を意味する急進左派グループのこと)。

*彼女の投稿のいくつかは「うそ」「危険」と見なされ、警告ラベルを貼られていた。

*その日、彼女は一貫してトランプ支持を表明し、「トランプは大統領選挙で敗北を認めたわけではない」と主張していた。

「コミュニティーの一員であることに喜びを見いだしている」

 ギルバートをはじめとした信者はどうしてQアノンに引き寄せられるのだろうか。もちろん陰謀論そのものに魅力を感じているからだろう。だが、それだけではない。信者になることで、コミュニティーの一員としての帰属意識や「巨悪を倒す」という使命感も得ているのだ。

 新たにQアノン信者になったとしよう。そうすると、チャットルームやグループテキストに招待される。そこで何か投稿すれば、瞬く間に「いいね!」やシェアの洪水を浴びせられる。そのうちたくさんの友人を見つけられる。フェイスブックでつながる友人はパパラッチの写真を追い求めるネット中毒者ではない。来るべき革命に備えて情報収集に奔走する愛国主義者なのだ。

 Qアノン信者がよりどころにしているのは、使命感を共有するコミュニティーだ。いったん陰謀論に傾斜した信者が正気を取り戻すのは難しい。彼らの理性に訴えても心に響かない。

「洗脳されたカルト集団という構図だけでQアノンを見てはいけない」とロスチャイルドは指摘する。「Qアノン活動家は陰謀論に魅了されているというよりも、コミュニティーの一員であることに喜びを見いだしている。だから、ファクトチェックによって陰謀論のうそが暴かれても動じない。とにかくコミュニティーを離れたくないのだ」

01