有力者の多くは、彼に関する質問に答えることを拒んだ
エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞を全て手にした天才プロデューサー。しかし、彼は自らの「パワハラ」によって栄光の舞台から退場させられた――。俳優や作家、エージェント、プロデューサー、投資家、事務所のアシスタントら総勢数十人に取材し、さらに、ルーディン氏の手掛けた興行の財務記録、関係する裁判記録を分析。ニューヨークタイムズがエンタメ界の「権力者」を徹底調査した。
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スコット・ルーディン アメリカのエンタメ界で振るわれた「強権」

執念深い「瞬間湯沸かし器」

 何十年もの間、そのプロデューサーはエンターテインメント業界のあらゆる立場の人々を指導し育ててきたが、同時に、パワハラ行為も繰り返していた。彼は今、その代償を支払っている。

取材・マイケル・ポールソン、カーラ・バックリー

 スコット・ルーディンは長年、ハリウッド(米国の映画業界)、そして特にブロードウェイ(ミュージカル業界)で、最も有名かつ最も力のあるプロデューサーの一人として活躍してきた。実際、彼はEGOT(イーゴット)の一人である。EGOTとは、テレビ番組が対象のエミー賞、音楽作品に与えられるグラミー賞、映画界の最高栄誉とされるオスカー(アカデミー賞)、ミュージカルを対象としたトニー賞のすべてを受賞した人にだけ与えられる称号だが、彼はそのすべてを獲得し、特にトニー賞には延べ17回も輝いている。しかし、彼はその過程で、エンタメ業界で最悪のボスの一人という評判も獲得していった。

 ルーディン氏は、映画の『ソーシャル・ネットワーク』や『ノーカントリー』、ミュージカルの『アラバマ物語』や『ブック・オブ・モルモン』で見せたセンスや才能で尊敬を得ている半面、業界内では、カッとなると、下の立場の人たちにホチキス、携帯電話、マグカップ、その他いろいろな物を投げつけ、威嚇することで知られていた。

 しかし、アシスタントらに対するパワハラ行為は、彼が権力を振りかざすやり方のほんの一部にすぎない。

 ルーディン氏の評判の一つに、復讐心が強いというのがある。例えば、航空運賃をめぐってあるエージェント(代理人)と論争になった後、そのエージェントの顧客の俳優らに、エージェントを別の人に変えるよう圧力をかけたとされている。彼は訴訟好きでもある。彼のミュージカル作品の一つが打ち切りになったとき、それを、出演していた女優のオードラ・マクドナルドが妊娠したせいにし、巨額の保険金支払いを求めて保険会社を裁判所に訴えた。彼はまた、他人の苦しみを何とも思わない。彼の作品に出演していた女優のリタ・ウィルソンが乳がんにかかったことを彼に告げると、彼は嘆いて、トニー賞の投票期間中は(がんのせいでパフォーマンスが落ちるといけないから)舞台を休むよう求めた。

2017年、自身がプロデュースした『ハロー・ドーリー!』がトニー賞のミュージカル・リバイバル作品賞を受賞し、喜ぶスコット・ルーディン氏(中央)。ルーディン氏はトニー賞を延べ17回受賞している。 Photo/Sara Krulwich for The New York Times

「マフィアのボスのようだ」

 劇作家のアダム・ラップは、ルーディン氏を「マフィアのボスのようだ」と評する。ルーディン氏がラップ氏のエージェントとけんかになったとき、ルーディン氏はラップ氏に対しエージェントと縁を切るよう迫った。ラップ氏が断ると、ルーディン氏はラップ氏が台本を手掛けたミュージカル『ザ・サウンド・インサイド』を制作リストから外した。

 しかし今、62歳のルーディン氏は、自らのしたことへの報いを受けている。エンタメ業界誌の「ハリウッド・リポーター」は今月、ルーディン氏が長年続けてきたアシスタントらに対するいじめの内容を詳細に報じた。記事は即、ルーディン氏に対する激しい非難を呼び起こし、ルーディン氏は、彼がかかわっているブロードウェイ、ハリウッド、そしてロンドンのウエスト・エンドのプロジェクトへの「積極的な参加」から身を引くと発表した。そして、ニューヨーク・タイムズの質問に文書で回答し、自身のこれまでの振る舞いを「心から反省している」と述べるとともに、ミュージカルなどのプロデューサーと劇場のオーナーが会員となっている事業者団体ブロードウェイ・リーグを退会すると明言した。

 ルーディン氏は、「謝れば済むことではないのはわかっているが、私は、私の対応が不十分で遅すぎると感じている人が大勢いるということを十分に認識しながら自分の問題と向き合っていきたいし、そのために身を引くことにした」と述べた。

 ルーディン氏は自身の言動が引き起こす結果に向き合うことなく、何十年間も過ごしてきた。すでに名声を確立しているアーチストも売り出し中のアーチストも、彼に群がった。芸術的に優れた、野心的な(そして、しばしば賞を取る)作品を作りたいという彼の意欲が、アーチストをそうさせた理由の一つだった。しかし同時に、情け容赦ないという彼の評判も、彼には好都合だった。なぜなら、彼の怒りで傷ついた人の多くは、復讐を恐れて他言しなかったからだ。

退場求めてブロードウェイをデモ行進

 ブロードウェイは今、新型コロナウイルス感染拡大による長期の休業から、ようやく再開に向けて準備を進めている。そうした中にあってルーディン氏は、自身の過去の振る舞いに対する社会的な批判の高まり——今週木曜日には、エンタメ業界の変革を求めるデモ行進がブロードウェイであり、ルーディン氏も批判の対象となった——を受けて、興行主として身動きが取れない状況に置かれている。彼は、コロナ禍からのニューヨークの復興を進めるクオモ・ニューヨーク州知事のアドバイザーの一人として、ブロードウェイの再開に重要な役割を果たすことになっていた。だが、その役を完全に外された。

演劇業界の改革を求める抗議者は木曜日、「スコット・ルーディンは出ていけ」とシュプレヒコールを上げ、街中を練り歩いた。途中、12月から『ザ・ミュージック・マン』が上演されることになっている劇場の前を通り過ぎた。同作品はルーディン氏の最新の大作だ。 Photo/Jeenah Moon for The New York Times

 ルーディン氏を支持する有力者さえも、ルーディン氏に変化を求めている。

 億万長者のデヴィッド・ゲフィンは「彼は気が短い」とルーディン氏を評する。ゲフィン氏は、仲間の有力者バリー・ディラーとともに、ルーディン氏の最近のブロードウェイ作品を共同プロデュースしてきた。「彼はアンガー・マネジメント(怒りを制御する心理療法プログラム)か、それに近いものを学ぶことが明らかに必要だ」とゲフィン氏は語る。

 ニューヨーク・タイムズは、ルーディン氏と仕事をしたことがある俳優や作家、エージェント、プロデューサー、投資家、事務所のアシスタントら総勢数十人に取材し、さらに、ルーディン氏の手掛けた興行の財務記録を分析し、また、彼がかかわった訴訟の裁判記録を読み直した。そこからわかったことは、まず、「ハリウッド・リポーター」の報道の大部分は真実だったということだ。さらに、ルーディン氏が彼の事務所内でいかに権力を利用し振りかざしてきたかという全体像がより鮮明になった。彼のパワハラ行為は、エンタメ業界のあらゆる立場の人たちに及んだ。彼は代わる代わる新たな人材を育成していったが、同時にパワハラ行為も繰り返していたのだ。

「スコットに関しては、いつもコインの表と裏のどちらかだった。彼が何をしたいかで表と裏が入れ替わった」と語るのは、約10年間、ルーディン氏と仕事をしてきた英国人プロデューサーのロバート・フォックスだ。フォックス氏は、ルーディン氏と関係を持った多くの人がそうであるように、彼と論争になり袂を分かった。「彼は、他人を完璧によく扱うか、名誉棄損に値するほど酷く扱うかのどちらかだ。その中間はほとんどない」とフォックス氏は言う。

 何十年にもわたる支配の後、ついに天罰——もしそれがそうならば——がルーディン氏に下った。それはエンタメ業界の多くの人々が、コロナ禍が収束に向かうなか、コロナ以前とは違う未来が業界に訪れることを期待しているときに起きた。

一人だけルールを守らない

 ルーディン氏の事務所の新入りスタッフに配られる社員手帳には、守るべき厳格なルールや行動基準が記されている。「無礼な、攻撃的な、言語道断のふるまい」は禁止。同僚は互いに「忍耐、尊敬、思いやり」を持って接しなければならない。礼儀正しくし、互いの助けとなり、怒りながら書いたメールや無礼なメールを送ってはいけない、などと書いてある。

 しかし、従業員たちはすぐ、これらのルールを守らなくてもいい人物が一人だけいることを知った。それはボスだった。ミスは、それが実際に起きたものであろうとルーディン氏の勘違いであろうと、彼の怒りに火を着けた。間違ったフォント(ルーディン氏はガラモンドを使うよう指示していた)、名前のつづりの誤り、きれいに拭かれていない会議用のテーブル。あらゆることが怒りの原因となった。

 ルーディン氏はいつも叫び、罵声を浴びせていた。「なんでお前はそんなにバカなんだ」「お前は救いようのない間抜けだ」「クラウン・カーがオフィスの中を走っている」(クラウン・カーは、たくさんのピエロが乗った車のこと。間抜けに見えることをたとえた表現)「お前は哀れな負け犬だ」

ルーディン氏の事務所で働いていた25歳のジョシュ・アーノンは「エンタメ業界の誰もが知っているのに何も変わらないなんて、狂っている」と語る。 Photo/Vincent Tullo for The New York Times

 元従業員は、ルーディン氏は物を壁や窓や床に向かって投げつけ、ときどき部下にも投げつけたと証言する。

 2018年のことだ。ルーディン氏が投げたガラス製のボウルが、会議室の壁にあたって砕けた。数人の目撃者がそう証言した。複数の元従業員によれば、従業員の手の上でパソコンのモニターを叩き割ったこともあった。元アシスタントのジョナサン・ボーガッシュは、2003年、ルーディン氏が、チキンサラダの皿を別のアシスタントの顔に投げつけたのを目撃した。

 恐怖におののいたアシスタントたちは、彼の怒りから逃れるためキッチンやクローゼットに隠れたこともあったという。

 アシスタントの中には、ルーディン氏に取り上げられ壊されたときに備えて、予備の携帯電話を持ち歩く人もいた。予備のパソコンも必要だった。パソコンに保存されたルーディン氏の連絡先リストは、バックアップのため、「ドラゴン」と名付けられたマスター・コンピューターにも保存された。

 今月初めの「ハリウッド・リポーター」の記事は、多くの人の怒りを呼び起こした。彼の横暴な振る舞いを指摘する記事は、それ以前にも複数のメディアが書いていたが、それほどまでの影響はなかった。

 ルーディン氏は、彼を「ボス」として描いた記事の内容について謝罪したが、記事の一部に関しては反論もした。「最近報道された私に関するいくつかの話は正確さを欠いていると考える一方で、私は私の振る舞いに不適切な部分があったことを自覚し、そうした振る舞いが他人に与えた結果も自覚している」とルーディン氏は述べ、「それらの振る舞いをほめられるものだとは思っていない」と過ちを認める態度を示した。

 2018年秋、ルーディン氏の事務所の従業員たちは、ハラスメント防止のための研修を受けるために一カ所に集められた。その場でルーディン氏は講師に対し、簡単な質問をいくつかしたが、それらはどれも彼の本心を垣間見せるものだった。

 当時、事務所の管理職のアシスタントとして働いていたキャロライン・ルーゴは、研修中にとったメモを読み返しながら、次のように証言した。「彼はこう言いました。面と向かって叱責しても構いませんよね、と。また、相手の体に触れさえしなければ、怒鳴っても大丈夫ですよね、と」。(ルーディン氏はルーゴ氏の証言に反論し「若いスタッフたちのためにハラスメントの定義について訊ねただけだ」と述べた。)

 昨夏までニューヨーク市マンハッタンのタイムズ・スクエアにあったルーディン氏の事務所で、彼はしばしば会議室に閉じこもった。アシスタント二人の話によれば、会議室のドアには次のようなサインが掲げられていた。「あっちに行け。入って来るな。この中には、お前らのためのものは何もない」

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