2020年代の音楽シーンはどこから来て、どこへ行くのか
不要不急のエンターテインメント、自粛すべき「3密空間」とされ、ライブ市場は2019年に比べ約8割が消失。しかし一方で、シーンの動向も、ヒットの生まれる経緯も、従来の常識は塗り替えられようとしている。アーティスト、関係者の声を拾いながら、ポストコロナのライブのゆくえを探る。

1回 瑛人が「香水」を初めて歌った場所

完全なるインディペンデントの偶発的ヒットが生まれるまで

それは地元のライブ&ダイニングバーから始まった

「あの頃は暗い話しかなかったので、あいつが一番いい風を持ってきてくれた感じがありました。みんなビックリしましたよ。『なんだよ瑛人えいと! なに芸能人みたいになってんの!?』って。でも、それがみんなの活力になった。瑛人も頑張っているから、俺たちも頑張ろうって」

 202012月。ライブ&ダイニングバー「GRASSROOTS yokohama」店長の佐間田さまた伝伸ただのぶさんはこう語った。

 横浜駅西口からほど近く。ギターが飾られた階段を地下に降り、アーリーアメリカン調の店内を見回すと、壁の至るところに飾られたアート作品が目に入る。バーカウンターには幅広い年代の客が集まり、毎週のように馴染みのミュージシャンがライブイベントを行う。1996年のオープンから20年以上。店は地元の音楽とアート好きが集まる場所として愛されてきた。

「お客さんというよりも仲間のような付き合い方をしてきたのが、続いてきた理由ですかね」

 佐間田さんは語る。普段は飲食店として営業し、月に数回ライブイベントを行うというスタイルはオープン当初から続けてきた。出演したミュージシャンがまた別のミュージシャンを呼び、フェス常連バンドが定期的にセッションを行うなど、徐々に輪が広がっていった。音楽だけでなくライブペインティングのイベントが多く開催されるのも店の特徴だ。

「もともと自分はDJをやってきて、その現場では音楽もライブペイントも当たり前にあった。でも、音楽に比べると絵が脚光を浴びることはなかったんで、絵を主体にしたイベントをやりたいと思ったのが始めたきっかけです」

 店の壁に展示されているのもそうして知り合ったアーティストの作品だ。画廊に入るのはハードルが高いという客の声を聞き「気軽にご飯を食べながら絵を観られる場所を作りたい」という思いで、店内で月替わりの個展を開くようになった。手数料などは取らず、作品の売り上げは全て還元する。店の常連となった絵描きがまた別の絵描きを呼び、個展の予約は数年先まで埋まっている。

 そんなGRASSROOTSに出入りしていたミュージシャンの一人が、シンガーソングライターの瑛人だ。2019年から相棒のギタリスト小野寺《おのでら》淳之介じゅんのすけら仲間と共に主催イベント「Jersey Eight」をたびたび開催してきた。きっかけは、アルバイトとして働いていた横浜・大さん橋のアメリカンダイナー「PENNY’S DINER」店長の湯浅ゆあさ直人なおとさんからの紹介だった。

「うちは横浜のつながりが多いんで、ハンバーガー屋の直人くんから話を持ってきてくれたんです。『うちで働いている瑛人っていうのが音楽をやっているんで、よかったらここで何かできないですか?』みたいな感じで。それで会ってみたらすごい気持ちのいい子だったので『よかったら是非使ってよ』って言って。そこから始まった感じですね」

 瑛人自身は出会いをこう振り返る。

「もともと僕はPENNY’S DINERで働いてたんですけど、店長の先輩に絵を描いてるアーティストの方がいるんですよ。怖いけどいい人で、自分の夢にも真摯に向き合ってくれて。その人が『よし、ちょっとGRASSROOTS行くぞ!』って、店長の直人さんと一緒に連れてってくれたんです。そこで酔っ払って『こいつ瑛人っていうんだ』『曲を聴かせてみろよ』って話になって。それでデモ段階の『香水』を聴いてもらったら、サマ(佐間田)さんが『いいね、イベントやろうか。いつにする?』って。すぐにカレンダーを見ながら決めてくれたんです」

 瑛人が「香水」を初披露したのも、20194月にGRASSROOTSで行われた主催イベントの場だった。その頃に「来年には瑛人が『NHK紅白歌合戦』に出場してこの曲を歌っている」と言っても、誰もがタチの悪い冗談としか思わなかっただろう。

 しかし、2020年、それは現実となる。

2020年年末、紅白歌合戦出場は現実となった

ライブ市場規模は4237億円から714億円に落ち込んだ

 新型コロナウイルス感染症の拡大によって、音楽を巡る状況が一変した2020年。特に大きな打撃を受けたのがライブ・エンタテインメント産業だった。

 ライブ市場は前年に比べ約8割が消失。それまで10年以上にわたって右肩上がりの成長を続け2019年に4237億円と過去最高を更新した市場規模は、一転して714億円まで落ち込んだ(ぴあ総研の発表による20201025日時点の推定値)。226日に政府が大規模イベントの自粛要請を発表し、そこから数ヶ月にわたりほぼ全てのライブやコンサートが中止または延期となった。緊急事態宣言が解除された後も、感染拡大防止のために密集の回避が叫ばれ、イベント開催の制限は続いた。

 全国のライブハウスやクラブ、ライブバーやライブカフェ、DJバーなどの文化施設も巨大な荒波に晒された。

 もともと狭い空間に人が密集する業態である。緊急事態宣言下の営業自粛要請は大きなダメージとなり、その後も影響は長引いた。感染拡大当初の20202月に大阪市のライブハウスでクラスター発生の報道があったことも逆風になった。

 20207月から8月にかけて「Save Our Space」や「一般社団法人ライブハウスコミッション」など関係10団体が全国のライブハウスやクラブを運営する事業者に行ったアンケート集計結果では、「今の状態が続いた場合、今後のライブハウス/クラブ運営の見通しを教えてください」という質問に対して、410件の有効回答のうち「1ヶ月もつかわからない」が1%、「3ヶ月もつかわからない」が15%、「半年もつかわからない」が44%、「1年もつかわからない」が31%という回答。91%が1年以内の見通しがわからないという厳しい見立てが示されている。

Photo/Getty Images

 各地でライブハウスやクラブの閉店も相次いだ。数十年続いてきた老舗のハコも、有名アーティストを輩出し若手の登竜門となってきたハコも、コロナ禍に直面し閉店を余儀なくされた。

 存続のための支援を募るクラウドファンディングも各地で実施された。休業を余儀なくされ家賃や人件費の負担が重くのしかかる中、佐間田さんも20204月に「SAVE THE GRASSROOTS YOKOHAMA」プロジェクトを立ち上げた。ウェブサイトには、「横浜の文化を繋ぎ生成して来た場所です」「このパワースポット無くして日本のアンダーグラウンドが育む本当の意味での“文化”は生まれない」「自分にとって特別な場所を何とかして守りたい」とミュージシャンやペインターやDJたちの熱い言葉が並んだ。結果、プロジェクトには目標額を大きく上回る支援が集まった。

 GRASSROOTSだけではない。コロナ禍の中で沢山の人が気付いたのが、こうした草の根の“場所”こそが音楽文化の拠点となってきた、ということだ。ライブハウスにあるのはステージと楽屋だけではない。クラブにあるのはDJブースとフロアだけではない。そこに集う人たちのコミュニティ、度重なる夜の熱狂の数々が、その街の文化を生み育ててきた。

 だからこそ、苦境を乗り越えようと奮闘する各地のベニュー(会場)に沢山の支援が集まったのである。

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