「引っ越しできない隣人」 ロシアとどう対峙するか
舞台は四島日本化に移った!! クレムリンを攻略する、対露政策の決定版!

第Ⅰ部 極東新時代

事案1 地政学的状況の変化

意義ある会見

 二〇一三年二月二一日にモスクワでもりよしろう元首相とロシアのプーチン大統領が会談した後、日露間で興味深い情報のキャッチボールが行われている。

 二八日にイシャエフ露極東発展相(兼極東連邦管区大統領全権代表)が、国会内でしんぞう首相と会見した。この会見には森元首相とすずむね新党大地代表も同席した。

 イシャエフ氏が「極東の共同開発を進めるための(日露)両首脳の指示を待っている」と述べたのに対して、安倍首相はこう答えた。

「共同経済活動が日露両国にとって重要なのは、私も承知している。平和条約があれば共同経済活動はもっと進む。平和条約といえば、北方領土問題がある。私はイルクーツク声明(二〇〇一年三月)を大事にしている。あのときの森総理とプーチン大統領の会談の内容について私はよく承知している。ここに同席されている鈴木宗男さんもイルクーツク会談に立ち会っている。私はこのイルクーツク声明を大切にして平和条約交渉を進めていきたい。このことをぜひともプーチン大統領にお伝え願いたい。早いうちにプーチン大統領にお目にかかれることを楽しみにしている」

 イシャエフ氏は、閣議でプーチン大統領と週一回、顔を合わせる。平和条約を締結することによって日露の共同経済活動を発展させる意向を有しているという安倍首相のメッセージはイシャエフ氏を通じて、確実にプーチン大統領に伝わる。

期待のキャッチボール

 安倍首相のメッセージをロシアもしっかり受け止めていることが、三月七日の露国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送、現スプートニク)の以下の論評からうかがえる。

〈安倍首相によると、アジア太平洋地域の戦略環境は現在、大きく変化している。そのため、日ロ関係の強化は、両国の利益に合致するだけでなく、地域の安定にとっても大きな意味を持っている。ロシアとの相互理解の模索は、日中関係の先鋭化と大きく関係している。ロシアの専門家ワレリー・キスタノフ氏は、これはせんかくしよとうや他の領有権問題と関連していると指摘し、次のように語っている。

「安倍首相は国会で北方領土に関する質問に答え、この問題に対するプーチン大統領の前向きな姿勢を指摘した。プーチン大統領は、目的意識を持って協議を行う意向を示しており、一定の進展に期待している。実際にアジア太平洋地域における状況は変化している。日本は隣国との領有権問題を抱えているため、日本の状況は複雑さを増している。これらの問題が解決される見込みはないが、ロシアとの間には、何からママの漠然とした期待がある。2月に森元首相がロシアを訪問した。森氏は、プーチン大統領と会談し、プーチン氏が発言した『引き分け』の真意について直接質問した。プーチン大統領は、双方が受け入れ可能な解決策のことだと説明した。これは、日本人に期待を持たせたようだ。なぜなら中国は、日中が領有権を主張している尖閣諸島を、日本と同じように管理していることを示そうとしており、韓国は1000年後も、日本の過去の軍国主義の犠牲となった国であることを忘れないと指摘している。これらの状況の中で、プーチン大統領の発言は十分に肯定的なものだった。一方で、日本が唯一譲歩の構えを見せているのが、北方領土の長期的な返還だ。日本は、これまでの立場を放棄してはいない。しかし重要なのは、ハイレベルでの協議が始まることだ。日本首相は、10年ぶりにロシアを訪問する。」〉(三月七日「ロシアの声」日本語版ウェブサイト)

 キスタノフ氏はロシア科学アカデミー極東研究所日本研究センター長を務め、クレムリン(露大統領府)へも意見書を提出することができる政策に影響を与える学者だ。東アジアの地政学的状況の変化をにらんで、ロシアは日本との提携を深めようとしている。

(二〇一三年三月九日)

事案2 ベレゾフスキーは日本に好意的だった

オリガルヒ

 英国ロンドン郊外の自宅で、亡命ロシア人の政商ボリス・ベレゾフスキー氏67の遺体が二〇一三年三月二三日、見つかった。代理人(弁護士)は、借金を苦にした自殺と発表したが、英警察が不審死として、捜査を開始した。英警察は二五日、ベレゾフスキー氏は、首をつって死亡したとの検死結果を発表した。

 二四日の露国営ラジオ「ロシアの声」は、ベレゾフスキー氏の死について、こう報じた。

〈ベレゾフスキーの最盛期は1996年から1998年だった。北カフカスでロシア人兵士の血が流されていたとき、モスクワではテロリストらの爆弾によって民間人が殺されていたが、ベレゾフスキーは迅速に自らのビジネス上の問題を解決し、大きな金融・メディアリソースを確実に手に入れていった。多くの専門家らは、そのかぎとなったのが、ベレゾフスキーのエリツィン人脈だったと指摘している。エリツィンが大統領を辞すると共に、幸運の女神もベレゾフスキーを見放したようだ。2000年の11月にはすでに、ロシア検察庁はベレゾフスキーに対して罪状を突きつけ、それ以来、ベレゾフスキーはロシアの地を踏むことはなかった。

 海外で、ベレゾフスキーはロシア新政府の信用を落とそうと、自らの政治ゲームを展開したが、成功することはなっママた。元FSB(引用者注*連邦保安庁=秘密警察)将校のアレクサンドル・リトヴィネンコの死をめぐっては、ベレゾフスキーはおそらく英国政府の了解のもとで、「チェキスト(引用者注*秘密警察関係者の意味)の仕業」だとするキャンペーンを展開したが、求められていた結果を出すことはできず、逆に英国当局にとっての邪魔者となってしまった。

 ベレゾフスキーには大きな失望感もあった。オリガルヒの一人であるロマン・アブラモヴィッチに対する長年にわたるロンドンでの裁判がうまく行かなかったこと、かつての妻の訴えにより、口座が凍結されたことなどによって、事実上、ベレゾフスキーは影響力を行使できなくなり、海外にこれ以上生活できるかどうかも怪しくなった。ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官によれば、ベレゾフスキーがプーチン大統領に許しを請う書簡を送っていたともいわれており、そのなかでベレゾフスキーは、自分が多くの間違いを犯したことに許しを請うているほか、祖国に帰る許可を求めていたという〉(三月二四日「ロシアの声」日本語版ウェブサイト)

「対日勝利の日」法案を阻む

「ロシアの声」は、国営ラジオなので、プーチン政権のベレゾフスキー氏に対する忌避反応を端的に示している。しかし、筆者は別の評価をしている。

 ユダヤ人であるベレゾフスキー氏は、スターリンによるユダヤ人弾圧を憎んでいた。「北方領土問題はスターリン主義の負の遺産によるものだ」という日本政府の説明が、ベレゾフスキー氏の腹にストンと落ちたようだった。一九九八年に、スターリンを崇拝する共産党と民族主義者の画策によって、国家院(下院)と連邦院(上院)で、九月三日を「軍国主義日本に対する勝利の日」とする法案が採択され、大統領の署名を待つだけになっていた。九八年一一月にぶちけいぞう首相の公式訪露が予定されていた。

 この年の夏、筆者がモスクワに出張したときに「このような法案が採択されたら日露関係に悪影響がある。どうしたらよいだろうか」という相談を友人の寡占資本家にした。友人は「スターリン主義復活の動きはよくない。ベレゾフスキーに相談して、大統領拒否権を発動してもらう」と言った。実際にベレゾフスキー氏がエリツィン大統領に働きかけ、拒否権が発動された。

 反スターリン主義という観点でベレゾフスキー氏は北方領土問題をめぐる日本の立場に好意的だったことが筆者の印象に強く残っている。

(二〇一三年三月三〇日)

事案3 対日素人のロシアの事務方

事務レベルの準備が不足している

 二〇一三年四月二八日、安倍晋三首相は政府が主催する「主権回復の日」の式典に出席した後、政府専用機でモスクワに向かう。そして、翌二九日、安倍首相はクレムリンでロシアのプーチン大統領と会談する。

 公式首脳会談では通常、共同宣言や共同声明、共同行動計画、覚書など名称はさまざまであるが、合意文書が作成される。この合意文書の内容によって、首脳会談の成否が評価されるのだが、今回の日露首脳会談に関しては、合意文書の作成に固執すべきでないと筆者は考える。なぜなら、日露の事務レベル(両国外務省)での準備が決定的に不足しているからだ。その最大の理由は、ロシア外務省の態勢にある。

 ロシア外務省で対日交渉を担当するのは、モルグロフ外務次官、タタリノフ第三アジア局長だ。ロシアの外務次官は八人もいる。肩書は次官であるが、機構的に見れば、日本外務省の局長に過ぎない。日露事務レベル協議で、日本側の代表を務めるのはさいあきたか外務審議官だ。斎木氏は外務省事務方で外務事務次官に次ぐ文字通りのナンバー2だ。しかも、斎木氏は安倍首相の信任が厚い。これに対して、モルグロフ次官が、プーチン大統領と直接会う機会はほとんどない。従って、事務レベル協議において、日本側は安倍首相の意向を正確に反映して交渉することができる。これに対して、ロシア側は外務省の立場を反映するのみで、プーチン大統領の政治的判断を踏まえた交渉はできない。モルグロフ次官は中国専門家で、これまで対日外交に従事したことはないので、北方領土交渉の過去の経緯についても、書類上の知識しか持っていない。

 タタリノフ局長は、ベトナム専門家で、日本に関しては素人だ。モスクワの日露関係に通暁するロシア筋は、筆者に「現在のロシア外務省はどうかしている。日露首脳会談の合意文書に『第二次世界大戦後の現実を変化させることはできない』という文言を入れるべきだと主張した」という情報が入ってきた。複数の信頼できる筋から、この情報が事実であるとの確証を筆者は得た。

責任追及を恐れる官僚

 この文言は、ロシアによる北方四島の領有が合法的だという主張を強化することになるので、日本側としては絶対に受け入れることができない。北方領土問題の素人であるモルグロフ次官やタタリノフ局長にも、こういう文言を提示すれば、日本側が猛反発することぐらいは簡単にわかる。

 それでは、ロシア側でなぜこのようなことが起きているのか。ロシア外務省が日本外務省をなめているのか。筆者はそう見ていない。プーチン大統領は、日本との戦略的提携を強化する可能性を本気で模索している。そのためには、北方領土問題でロシア側が妥協しなくてはならないということをロシア外務省は正確に理解している。しかし、領土問題に関して妥協案を出して、それが政治的批判や世論の反発を招いた場合に、責任を追及されることをロシアの外務官僚は恐れているのだ。

信頼関係構築に絞れ

 この状況を冷徹に認識する必要がある。通常の外交ルートでは北方領土交渉の突破口は作れない。二九日の日露首脳会談の目標は、安倍首相とプーチン大統領の信頼関係の構築のみに絞るべきだ。中途半端な合意文書は必要ない。

 北方領土交渉を前進させるためには、プーチン大統領に「安倍首相は魅力のある政治家だ。それに国際戦略について、確固たる思想と哲学を持っている」という印象を強く植えつけることが効果的だ。安倍首相とプーチン大統領の間で、メッセージをやりとりする「個人代表」を任命することについて、秘密裏に合意しておく必要がある。プーチン大統領に直結するチャンネルを作らなくては、交渉は前進しない。

(二〇一三年四月二〇日)

第Ⅰ部 極東新時代(2)

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