東大で名物講義のエッセンス 4つのパターンでわかる「炎上の方程式」
炎上する広告には、ジェンダーに対する無知を背景としているものが多い。誰もが知るべき教養を「4つの型」で考察。

1章 子育てママの応援かワンオペ礼讃か(性役割×女性)

 本章では、序章で紹介した「味の素型」と「サッポロ一番型」と同じパターンにあたる、女性の性役割が取り上げられ、問題になったケースを扱います。第象限なので、女性を応援したつもりのCMが性役割を強調・再生産するものと受け止められて話題になったというものです。そしてその後で、こうした性役割分担や共働き、専業主婦といった問題を現代の日本社会の文脈でどのように考えるべきなのかをデータで補いながら解説します。

 味の素のような食品メーカー、あるいは日用品のメーカーの主たるお客さんは女性です。当然、家事や育児を担う女性に寄り添うメッセージを発するわけですが、逆に問題視されてしまったというCMは少なくありません。それだけ、多くの女性の心にひっかかるテーマなのだともいえます。

父親はどこへいった?

 そのひとつが、2017年、「ワンオペ育児」という言葉とともに炎上した、ユニ・チャームのおむつブランド「ムーニー」の宣伝動画『はじめて子育てするママへ贈る歌。moms dont cry(原題表記)』です。テーマソングがまさにその世界観を表現しているので、まずは歌詞をご紹介しましょう。

♪子育てって 長いトンネルみたい

 初めてのことばかりで うまくいかないことばかり

 なかなか寝てくれない君 ぐずる声を聞くだけで 体がこわばる私がいる

 ずっとだっこの君 肩や腰が悲鳴を上げる

 私の時間は全部君の時間 保湿もご飯も サッとしなきゃ

 ああ、君はかわいいのに なんだかイライラしてしまって

 ほかのママが立派に見えて もっといいママでいたいのに

 Moms dont cry ママは泣いちゃダメだって思ってた

 Moms dont cry ママは強くなきゃダメだって思ってた

 でもね、泣いて笑って一歩ずつ 君と一緒に生きていく

 泣いて笑って一歩ずつ 君と一緒に生きていく

 映像は冒頭、「はじめまして」とわが子を抱く笑顔の女性を映すのですが、その後は、夜泣きや赤ちゃんを抱っこしての買い物、ままならない入浴や食事など、育児に奮闘する様子を描きます。道端ですれ違う親子は穏やかで、いつも必死で余裕がなくて、泣きそうになりながら子育てをしている自分とつい比べてしまう。しかし、小さな手に指をギュッと握られ笑顔が戻る。そして最後、穏やかな表情で眠る母と子の姿をバックに「その時間が、いつか宝物になる。」というテロップ──といった内容です。

 情感豊かに作られてはいるのですが、育児をしているのは女性だけ。この2分のCMで父親と思われる男性は、冒頭の出産時と赤ちゃんの具合が悪くて病院に向かうのかタクシーの中の2回しか登場していません。

 そのため、動画が公開されるやいなや、「ワンオペ育児賛美か!?」と批判の声が上がりました。ワンオペ育児とは、子育てをワンオペレーション──母親ひとりで担うこと。藤田結子の著書1で一躍有名になった言葉です。ユニ・チャームはウェブ媒体の取材に対し、次のように回答しています。

 子育ての理想と現実にギャップがあった、ということに悩む、母親のリアルな日常を描いて、それを応援したいという思いがありました。様々な環境で子育てをしているお母さんたちがおり、決して「ワンオペ」を肯定も否定もするつもりはありませんでした。ただ、現実にはこうした状況があるということを踏まえて、こうした環境下で子育てするママに寄り添って応援したいという意図でした2

 このCMについては、「男は何をやってるの」「自分が子育てしていたころがフラッシュバックしてつらい」といった批判意見とあわせて、「あれが現実」という冷めた意見のほか、「むっちゃいいのに何があかんの? だいたいの家庭こんな感じじゃない? むしろすごい感動したけど」といった肯定的なコメントも多く見られました。いずれにせよ、このCMにリアリティを感じた人が多かったということでしょう。ムーニーのCMは何が問題だったのか? それを考えるために、比較として、別の会社の同じおむつのCMを見てみましょう。

ムーニーとパンパースを分けたもの

 PGがウェブで公開しているパンパースの宣伝動画『MOMS 1ST BIRTHDAY ママも1歳、おめでとう。』です。こちらは、炎上どころか「感動した!」「泣いた!」と、かなり好意的に受け止められています。

 どんな動画かというと……舞台は病院の小児科診察室。1歳児健診で何人かのママが赤ちゃんを抱っこしてやってきます。医師の質問に答えながら、みな、この1年を振り返ります。

「新生児のころは本当に不安で、毎日、泣いて過ごしてたんですよ」

「誕生日がきたときにいちばんに思ったのは、あ、1年まともに寝なかったなって、思いました」

そんなママたちに対し、診察室の外ではパパがサプライズの準備

病院の廊下に家族の写真パネルを貼りながら、パパたちはママへの感謝の言葉を口にします

「子育てに参加できていないことは本当に申し訳ないなという気持ちしかないんですけど」

「感謝してますね。すごく」

診察室を出てサプライズに気づき、ママたちは驚きます

「人生でいちばん大変だった1年に、ありがとう」

「本当の幸せっていうものをはじめて知りました」

「おめでとう」

パパからのメッセージに、ママたちは目に涙を浮かべながら大きな笑顔を浮かべます

テロップ「ママも1歳、おめでとう」

 いかがでしょうか?

 私自身の感想からいうと、ムーニーは母親の過重負担が気持ち悪い、と思いました。これを見せられただけでは、「こんなことを全部女にしろっていうの?」という反応が来るのは自明です。他方のパンパース、確かにホロッとくるものはあるのですが、同時にムーニーと大差ないな、とも思います。パンパースは外資系の分、男性の関与も少しは入れようと考えたのでしょうか?

 パンパースのCMでも「1年まともに寝なかった」という女性のコメントがありますし、男性側も「子育てに参加できていないことは本当に申し訳ない」といっています。男性がおむつを替えるシーンもなければ、1歳児健診に連れてきたのも母親。

 私の場合は、キャンパスにある保育所に預けていたので健診や予防接種はほとんど私が行きました。東京という場所柄もあるのでしょうが、そこはもののみごとに母子ばかりの空間。乳幼児期は子育て期間の中でも、母親の負担が大きくなりやすい時期なのはわかります。それにしても……。育児が母親ひとりだけのものになっているという現状認識は、ムーニーもパンパースもまったく同じなのです。

 パンパースは夫が感謝を表明しているだけマシだから炎上しなかったのでしょうが、乳児期の大変な子育てを母親だけに任せておいて、それだけか? という違和感は禁じえません。それが現実だという声はわかります。ただいずれも、「イクメン」なんていう妙な言葉が存在するこの社会を象徴するようなCMのように思います。

 私は「イクメン」という言葉が大きらいです。イクメンを定義するならば「子育てに積極的に関わる父親」となるのでしょうが、この言葉は少なくとも私の知る範囲で、海外ではまったく意味が通じないはずです。「イクメン」を英語に訳しても、fatherとかdaddyとしかいいようがありません。自分の子どもの子育てをしているだけですから、fatherとしか訳せないのです。

 自分の子どもの育児にすら関わらない父親なんてものがのさばる社会においてしか、「イクメン」という用語法は成立しません。自分の子どもですから、父親が子育てに積極的に関わるのは当たり前。当たり前のことが当たり前になっていないために、当たり前の「イクメン」が特別視される。この社会のありかたがそもそもおかしいのです。

 ……などと大上段に振りかぶらずとも、日本の多くの父親が、あの育児のしんどいときや幸せなときを共有できていないことは、純粋にもったいないと思います。保育所に迎えに行って「パパァ~!」と両手をあげて一直線に走りながら子どもが抱きついてきたとき、横にいたお母さんが「人生至福の時だね」といっていました。いつもの光景だったので、そのときはよくわからなかったのですが、いまとなっては「確かにそうかも」と思い「そういえばあのお母さん、もう第2子のときだったな」と思い返しました。大変だろうけど、至福の時はもうそんなに長くないんだよと、教えてくれていたのかもしれません。日本の父親たちがもう少しふつうにfatherになれるために、男性も主体的に考え、行動してほしいと思います。育休は労働者の権利なので、(非正規を含め)就労期間など一定の条件3を満たす労働者が取得したいと申し出たときには、男女を問わず、使用者側がこれを拒否することはできません。

 話を戻します。この似たり寄ったりのムーニーとパンパースの評価を分けたものは何かというと、当たり前ですが「男性」の描き方だったように思います。

 先にも述べましたが、ムーニーで男性が登場するのは2分の動画でたった2回。しかも、(味の素と同じく)亡霊のようにそこにいるだけ。パンパースのような男性からの感謝の言葉もありません。ワンオペを賛美する意図はなかったのでしょうが、ワンオペになっている現状を反省することなく、応援している。ひとりで育児をして大変ですよね、わかります。そんなあなたに寄り添いますよといわれて、わかってくれている人がいた! と思う人がいれば、大変な状況を当たり前にしないでほしい! と感じる人もいる。そのため、多くの人の気持ちをざわつかせ、賛否両論が噴出したのでしょう。

 子どもを産む機能が備わっているのは女性だけです。厳密にいうと先端的な医療技術を利用すれば、男性が生むことも不可能ではないとされています。また「生物学的性差」と考えられているものが、実は社会的な産物だというのも、ジェンダー論の中では常識です。ただここではあまり議論を複雑にせず、出産を生物学的な性差と考えて議論していきましょう。

 だからこそ逆に、家事や子育ては完全に社会的性差の領域にあり、男性がその全部をやったっていいし、できないことではありません。授乳を含めてです。授乳の場合は女性の比率が高くなるケースが多いかもしれませんが、別に男性でもやっていくことはできます。赤ん坊が泣いたときにすぐに目が覚めるのは私の方だったので、夜中の授乳はいつの間にかけっこう私がやるようになりましたし、子連れで地方の講演に行ったりしたので、当然その間の授乳も私でした。

「家事や子育ては女性が行うもの」というのは、そう考えている人がいるというだけの話。生物学的に決まっていることではありません。人が作ったものですから、人と人とが相談して変えていくことができる。これがジェンダーという言葉の持つ破壊力です。

 ところが日本ではまだまだ性役割分業意識が根強く、同時にパートなどで働く女性も増えたので、女性に「家事も仕事も」という二重負担が生じてしまっています。昨今、このテーマのCMが炎上しやすいのは、負担の大きさに苦しんでいる女性が少なくないことの証左だといえるでしょう。

第1章 子育てママの応援かワンオペ礼讃か(性役割×女性)(2)

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