密約によって、空の主権が奪われている——「横田空域」の何が問題か
首都圏を広く高く覆う空の壁、急上昇や迂回を強いられる民間機

第一章 首都圏の空を覆う「横田空域」

東京の真ん中にある米軍ヘリ基地

 ろつぽんヒルズや東京ミッドタウン、国立新美術館などが立ち並ぶ都心、六本木・あおやまあざの空に、ヘリコプターの爆音が近づき、やがて高層ビルの壁面に反響して、空気を圧し、震わせる。みるみる高度を下げる灰色の機体。青丸の下地に白星のマークとU.S. AIR FORCEの文字が見える。横田基地の米空軍UH1多用途ヘリだ。回転翼の黒い影が頭上をかすめるように迫り、ヘリは都立青山公園に接する米軍基地「あかさかプレス・センター」(六本木七丁目)のヘリポートに着陸した。UH1は輸送・捜索・救難など各種の任務に対応できる。

 ここは麻布米軍ヘリ基地とも、六本木ヘリポート基地とも呼ばれ、米軍の準機関紙「スターズ・アンド・ストライプス」(星条旗新聞)の極東支社、将校用宿舎、ヘリポート、ガレージなどがある(図1〔*〕。プレス・センターの名称は星条旗新聞の支社があることから来ている。軍事科学技術の情報収集や研究者への資金提供などをおこなう、陸・海・空軍の研究開発機関の事務所もある。さらに、陸軍の軍事情報部隊(スパイ組織)の分遣隊も置かれているといわれる。

 フェンスに囲まれ、ゲートには銃を持った日本人警備員が立っている。面積は約二万七〇〇〇平方メートル。東京ドームのグラウンドの二倍強の広さである。そのほぼ半分がヘリポートになっている。日本占領直後の一九四五年九月に米軍が旧日本陸軍の駐屯地を接収して基地にしたものだ。

 ヘリポートには、軍用ヘリがほぼ毎日、東京都西部にある横田、神奈川県にあるよこあつなど、首都圏の米軍基地から一日に数回、飛来している。横田には在日米軍司令部と在日米空軍司令部、座間には在日米陸軍司令部、横須賀には在日米海軍司令部がある(図2〔*〕。米軍機は日本の空を連日、自由に飛び交っているのだ。

 ヘリの主要な任務はそれらの基地の司令部高官や将校クラスの軍人の送り迎えである。また、トランプ大統領やペンス副大統領のように横田基地に降り立ったアメリカ政府要人が、都心で日本政府高官と会談する際の送迎をすることもある。さらにアメリカ大使館員を乗せたりもする。

 ヘリポートと各基地の間の直線距離は、横田およそ三五キロ、座間およそ三五キロ、横須賀およそ四五キロ、厚木およそ三五キロで、ヘリの飛行時間は一五分から二〇分ほどといわれる。もちろん車で行き来するよりもはるかに早い。道路状況などに左右されず、短時間で能率的な移動ができる。

 ここからはみなと区南麻布の米軍宿泊施設ニューサンノー米軍センター(ニュー山王ホテル)や港区赤坂のアメリカ大使館、かすみせきの外務省も近い。各基地からヘリに乗ってくる司令部高官や将校らが、そうした場所で日本政府の高級官僚らと密室での協議をする際の、便利な中継拠点となっている。かれらはヘリポートから専用車に乗り換えて協議の場所へと向かう。ニューサンノー米軍センターやアメリカ大使館までは直線距離で二キロたらず。車で五分から一〇分の近さだ。

 それにしても、一国の首都の中心部に、フェンスで囲まれ、武装した警備員がいて、外国の軍高官や将校、政府要人に加えて、情報部隊の諜報員までが出入りする外国軍基地が存在していること自体が尋常ではない。

 しかもその基地は日本政府による規制が及ばない、事実上の治外法権ゾーンになっている。日米安保条約の付属協定で日本における米軍の法的地位を定めた日米地位協定が、米軍基地の「排他的管理権」を認めているからだ。米軍は基地の「設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置」(地位協定第三条)をとれる特権を手にしている。

 要するに、米軍は何の制約もなしに基地を自由勝手に使用して、必要な軍事活動ができるということだ。日本の警察など政府機関や自治体の職員も、米軍側の同意がなければ基地に立ち入れない。

ヘリの騒音や墜落の不安

 それにしても、オフィスビル、マンション、住宅、商業施設、文化施設などが密集する市街地の上を、軍用ヘリが爆音をとどろかせながら低空飛行し、基地に離着陸を繰り返す光景は異様でもある。

 私は二〇一八年の春、たびたび青山公園から基地のてつさくごしにヘリポートを撮影した。米軍ヘリの飛来状況を確認するためである。そのとき、犬の散歩で公園によく来るという中年の男性と言葉を交わした。この近くに住んでいるという。

「米軍ヘリは毎日のように飛んできますよ。早朝も飛ぶし、時には夜一〇時頃だったりもします。音がうるさいし、振動もあります。離着陸時に公園の木の葉が吹き飛ぶほど風圧が激しかったりもします。ヘリポートでエンジンを切らずに長々とアイドリングすることもあり、その音も響いてうるさいです。しかも普通のヘリではなくて軍用ヘリじゃないですか。沖縄などで起きているような墜落や部品落下の危険もあるので不安ですよ。こんな都心の市街地で墜落事故など起きたらどうするんでしょう。しかし、東京の真ん中にこうした米軍基地があることを知らない人も多いんでしょうね」

 この男性が不安をもらすのも無理はない。表1〔*〕のとおり、ここ半年たらずの間だけでも米軍機の事故が繰り返されている。

 これらよりも前、二〇一六年一二月一三日には、沖縄県の海岸にMV22オスプレイが墜落して大破している。

 ほとんどが沖縄で起きているため、沖縄県以外では一部の基地周辺の住民などを除いて、米軍機事故の危険性を身近に感じる人は多くはないだろう。しかし、後述するように、米軍は北は北海道から南は沖縄まで、全国的に訓練ルートや訓練空域を設定し、危険な低空飛行などを繰り返している。決して沖縄だけの問題ではない。ふだんは意識しなくても、米軍機事故の危険性はそこかしこにあるのが現実だ。

都心のわずか一五〇メートル上を飛行

 実際、この六本木のヘリポート基地に飛来する米軍ヘリも、危険な低空飛行をおこなっている。

「米軍ヘリは横田や座間の基地とこのヘリポートの間を行き来するとき、南青山保育園やせいなん幼稚園、青南小学校などもある南青山地区の市街地上空を、約一五〇メートルという驚くべき低高度で飛んでいます。日本の航空法では、最低安全高度は、人口密集地では航空機から水平距離六〇〇メートル内で最も高い障害物(建築物)の上から三〇〇メートルと定められています。それをはるかに下回る低さなんです」

 そう指摘するのは、市民団体「麻布米軍ヘリ基地撤去実行委員会」の事務局長、いたくらひろしさんだ。同委員会は港区内の労働組合や平和運動団体を中心に一九六七年に結成され、ヘリポート基地の撤去・返還を求めて活動している。

 板倉さんは二〇一五年七月三一日の午前八時~午後五時、南青山三丁目のビル屋上から、米軍ヘリの飛行経路をビデオと写真で記録しながら調査した。そのとき、キャンプ座間からほぼ同時に飛来した二機の米陸軍UH60多用途ヘリ(通称ブラックホーク)を連続で撮影した。その連続写真を合成した画像をもとに、撮影地点と飛行経路下の複数の建物の間の距離も測ったうえで、ヘリの飛行高度を算出したのである(図3〔*〕

「市街地の上をこんな危険な超低空で飛行するのは、米軍だけでしょう。それは、日米地位協定の実施に伴う航空法特例法〔*〕で、航空法の最低安全高度の規定を米軍に対しては適用除外にしているからです。米軍を特別扱いして、日本の国内法を守らなくてもいいという特権を認めているのです。安全よりも軍事優先の特例法です。この都心で仮に米軍ヘリが墜落したら大惨事になることはまちがいありません。これまで、横田基地のUH1多用途ヘリがすぎなみ区の中学校の校庭に不時着するなど、ヘリポートに飛来する米軍ヘリの事故が何度も起きています」

 この杉並区の中学校への不時着は、一九九三年一月八日に起きたものだ。

『朝日新聞』(一九九三年一月八日夕刊・二月二八日朝刊)などによると、冬休み明けのその日正午前、横田基地を飛び立った米軍の大型ヘリが杉並区内を低空飛行し、大きいエンジン音を立てながら旋回して、がやきた五丁目のすぎのもり中学校の校庭に不時着。回転翼が巻き起こす強風で校庭の砂が舞い上がり、近くの民家の庭のサザンカの花が飛び散った。その日は始業式で授業はなく、学校に生徒は二〇人ほど残っていたが、校庭には幸い誰もいなかった。ヘリの乗組員は「飛行中に故障ランプがついたので、点検のため着陸した」と説明した。校庭のすぐ南側に住む主婦は、「音を聞いたときはドキッとした。怖かった」と、記者の取材に答えている。

 たまたま授業のない日で、無人の校庭だったからよかったものの、そうでなければ怪我人なども出ていたかもしれない。

 一九八三年五月二四日の午後八時四五分頃に、厚木基地のヘリが横田基地に向かう途中、埼玉県はんのう市の市立飯能第一中学校の校庭に不時着したときは、近所の住民約四〇人が夜間照明をつけてソフトボールの試合をしていた。

『毎日新聞』(一九八三年五月二五日朝刊)などによると、試合中の住民たちが米軍ヘリのごうおんに気づいて見上げたとき、ヘリはすでに着陸態勢に入っていた。住民たちは「逃げろ」と叫びながら避難し、幸い被害は出なかった。しかし、中学校の体育館でバレーボールをしていた女性は記者に、「土ぼこりが竜巻のように舞い上がった。ソフトボールをしていた人が一斉に逃げる姿が見え、何が起きたのかわからず怖かった」と語っている。

 二〇〇五年七月三〇日に、厚木基地の米軍ヘリが神奈川県ふじさわ市のかた西浜海水浴場付近に不時着した場所は、大勢の海水浴客でにぎわう浜辺からわずか一〇〇メートルたらずの近さで、一歩まちがえば大惨事になりかねなかった(『朝日新聞』二〇〇五年七月三一日朝刊)

 二〇一三年一二月一六日に、神奈川県うら市のさき港近くの埋立地に厚木基地の米軍ヘリが不時着に失敗して横転、大破した事故の現場は、住宅街から約三〇〇メートル。現場に居合わせた男性は、「怖かった。黒煙と砂ぼこりで落ちたところは見えなかった。でも、次に見た瞬間にはヘリの後ろの方から火が出ていた」と話した(『朝日新聞』二〇一三年一二月一七日朝刊)

 通常であれば安全な場所も、一瞬で危険な場所に変わる。それが航空機事故の怖さだ。米軍機が飛び交う空の下は、意識するとしないとにかかわらず、常に潜在的危険にさらされている。

 これらの事故もふくめて、表2〔*〕にあるように、首都圏とその周辺地域で米軍ヘリが不時着などを繰り返している。

ヘリ基地の返還を求める港区

 このような実態を受けて、地元の港区は一九六七年から何度も、区議会での全会一致のヘリポート基地撤去決議にもとづき、防衛省など政府関係機関、東京都、アメリカ政府に対し基地の撤去・返還を要請しつづけている。

 たとえば直近の二〇一八年二月八日、港区長と港区議会議長の連名で防衛大臣にあてた「米軍ヘリポート基地に関する要請書」では、「港区民とりわけ近隣住民は、ヘリポート基地の使用による騒音に悩まされ、事故発生の不安を常に抱えています」という書き出しで、米軍ヘリの騒音問題や事故の危険を訴えながら、次のように基地の早期撤去を強く求めている。

「昨年815日のハワイ・オアフ島カエナ岬沖での米軍ヘリコプターの墜落死亡事故は、事故機と同型のヘリコプターが飛来している港区の区民に大きな衝撃を与えました。1011日には、沖縄県ひがしそんで米軍ヘリコプターが飛行中に出火し、民間地に緊急着陸後、炎上する事故が発生しました。さらに、米軍ヘリコプターからの窓枠等の落下、度重なる不時着といったトラブルも繰り返されています。

 こうした状況は、米軍基地が存在する港区においても、いつ何時同様の事故が発生するかもしれないという不安を区民に与えています。

 また、基地に関連する騒音については、平成273月に基地周辺の子ども関連施設への影響を把握するために聴き取り調査を行ったところ、一部に授業等に差し障ることがあるということがわかりました。

 引き続き、港区と港区議会は、区民の安全で安心な生活を守るため、ヘリポート基地の早期撤去を目指します。防衛省におかれましては、米国に対し、米軍関連事故の再発防止を求めるとともに、国の責任において区で把握した実態も踏まえ継続的に騒音等の実態調査を実施し、早朝、夜間の飛行をはじめとする騒音等の被害を軽減するとともに、改めて基地撤去へのご尽力をいただきたく、要請いたします」

 こうした港区からの要請に対して防衛省は、「在日米軍にとって都心で唯一、ヘリコプターによる迅速な要人等の輸送が可能な施設であり、現時点において返還は困難であることをご理解願いたい。運用にあたっては周辺住民への影響が最小限になるよう、米側に対し今後とも働きかけを続けるなど適切に対応していく」とコメントしている(『朝日新聞』二〇一八年二月九日朝刊)。港区の長年にわたる基地撤去の願いに本気で向き合う姿勢は感じられない。

 東京都も港区からの度重なる要請を受けて、「都心にある米軍専用ヘリポートを有する赤坂プレスセンターについても、直ちに返還されるよう国に強く働きかけています」と、繰り返し表明はしているが、日本政府が返還に向けて真剣に取り組むといった動きは皆無である。

 ヘリポート基地は騒音被害や墜落の危険性をもたらしているだけでなく、都心の一等地を占有し、暮らしやすい街づくり・都市計画を阻害してもいる。たとえばヘリポート基地の近くに長年住み、自営業をいとなむいしただしさんは、

「基地が返還されれば、運動場やプールのあるスポーツ施設でも、ホールなどの文化施設でも、住民や来訪者が利用できる有意義な施設がつくれます。都民をはじめ国民のために有効活用できるはずの一等地を、米軍が延々と独り占めにしているのはおかしいですよ」

 と訴える。

第一章 首都圏の空を覆う「横田空域」(2)

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