ホークス3軍、一流の育成術 “やらなきゃ、負ける”
千賀滉大、甲斐拓也、牧原大成、石川柊太、周東佑京、大竹耕太郎、王貞治会長他、多くの関係者の取材で秘密に迫る。

序 章 「俺を使え」

偉大なる「サーバント・リーダー」

 事を興す。

 新たなミッションに挑む。

 その思いは共有している。なのに、プロジェクトがスタートした途端、当初の意気込みとは裏腹に、あちらこちらの部門で機能不全に陥り、次第にその動きが止まっていく。

 ビジネスの世界で、日常茶飯事の〝あるある〟だろう。

 総論賛成、各論反対。

 Not In My Back Yard 略してNIMBY(ニンビー)という。

 訳せば「私の裏庭では困ります」

 具体論のところで、自分の部署に絡んできたり、責任が及んできたりするとなると、できる限り、厄介なことは避けたいという心理が働き出す。しかも、初めてのことともなれば、その先の予測も、なかなか立ちづらいものがある。

 人が足りない。カネはどうする? あれはどうなってる? これはどうするんだ?

 重箱の隅をつつくというのか。これらの〝消極的賛成〟の状況の中で、メンバーたちが互いにけん制し合うかのようになってくる。

 時期尚早。さらに検討、調査を続けるように。

 その提言を、計画のストップとイコールと受け取るのも、ビジネス界の常でもある。

 そうした組織の停滞、硬直した状態を打破する「頼みの綱」は、どこにいるのか──。

 米国の通信会社、ATTマネジメント研究センターでセンター長を務めたロバート・K・グリーンリーフ氏が提唱した、世界的に有名な理論がある。

「サーバント・リーダーシップ」

 そのコンセプトの肝は、実行部隊の中堅・若手のリーダーたちに対し、リーダーたる人間は、尽くす(サーバントする)ことにあるという。

 組織の末端まで、携わる人間の全員が100%、納得できるようなプロジェクトなど、あろうはずもない。

 どこかに、ちょっとしたひずみやきしみが出てくる。

 そうした異論を、どうやってクリアしていくのか。

 つべこべ言わずに、やりゃいいんだ。

 そのように、上司から部下へ「やれ」と命令を下ろすだけでは、絶対に人は動かない。

 トップダウンの、ワンマン型のマネジメントは、いまや「パワー・ハラスメント」の引き金にもなりかねない。21世紀のビジネス界で、そのスタイルは容認されることはない。

 その「支配型リーダー」の対極にいるのが「サーバント・リーダー」だ。

 イニシアティブを取る若手、中堅のリーダー格を「支援」する。

 つまり「やってみなさい」と、物心両面でバックアップをしながら、全体の足並みを巧みにそろえ、最終的に大きなゴールへと導いていくスタイルだ。

 大同小異。その〝小さな異論〟を乗り越え、部署間の対立を緩和していく。

 この人に任せておけば、悪いようにはならない。

 この人がそう言うのだから、きっと間違いない。

 その「信頼」を寄せられるだけの存在が、いるのか、いないのか。

 福岡ソフトバンクには、王貞治という、偉大なる「サーバント・リーダー」がいた。

3軍育ち」

 2019年(令和元年)

 3年連続日本一を達成したソフトバンクの厚い戦力層に、他球団は完全に圧倒された。

 主砲の柳田悠岐をはじめ、故障者が続出したレギュラーシーズンこそ2位に終わったが、ポストシーズンでの戦いぶりには、目を見張るものがあった。

 クライマックスシリーズでは、2戦先勝のファーストステージでリーグ3位の東北楽天を相手に、初戦黒星を喫しながら2連勝で突破。さらに、リーグ連覇を果たした埼玉西武とのファイナルステージは、無傷の4連勝で突破した。

 日本シリーズでも、セ・リーグの覇者・巨人に無傷の4連勝。ポストシーズン10連勝という快進撃で、3年連続での日本一を達成した。

 先発投手を、責任回数といわれる「5回」よりも前で降板させ、「第2先発」と称するロングリリーフの投手を惜しげもなくつぎ込み、相手打線の反撃を封じ込める。

 レギュラーシーズンの143試合、すべてに出場した松田宣浩が不調に陥っていると判断すると、監督の工藤公康は、負ければシーズンが終わるというCSファーストステージ第2戦で、松田をスタメンから外した。

 その前年の2018年(平成30年)には通算2000安打を達成した内川聖一にも、CSファイナルステージ第1戦、1点差を追う82死一、三塁の場面で代打が送られ、日本シリーズでは2度、送りバントを命じてもいる。

 誰もが認めるレギュラーであり、実績のあるベテランであろうとも、その立場は決して安泰ではない。松田でも、内川でも、その「代わり」はいるというわけだ。

「負ければ終わり」の短期決戦では、相手に勢いをつけさせず、勝負の流れを渡さないように、先を見越し、次々と、あらゆる手を打っていかないといけない。

 そこでは、戦力の出し惜しみ、決断の鈍さが勝利を分けてしまう。

 短期決戦ゆえに、次から次へと、新たな戦力を繰り出していく。つまり、ポストシーズンの戦いでは、顕著にその「戦力差」が表れてしまうのだ。

 球界の盟主と呼ばれ、かつて、昭和の高度経済成長期には、日本シリーズ9連覇を果たした巨人、1980年代から90年代、世紀末の20年間にリーグ優勝13回、日本一8回の西武という、伝統と強さを誇る両球団ですら、全く歯が立たなかったのだ。

 21世紀の新たなる覇者・ソフトバンク。

 その「強さの原動力」として注目されたのは「3軍育ち」

 育成選手としてプロ入りした、たたき上げのプレーヤーたちだった。

 千賀滉大は、日本シリーズの開幕を担い、その初球に159キロの剛速球を投げた。

 甲斐拓也は、徹底したインコース攻めのリードで、巨人打線のリズムを狂わせた。

 周東佑京が「代走」で登場すると、盗塁への期待でスタンド中が沸いた。

 牧原大成は、シリーズ初戦で2安打2得点。1番打者としての重要な役割を果たした。

 石川柊太は、シリーズ3戦目に「第2先発」として5回からの2イニングを無失点。

 彼らに共通しているのは「育成出身」であることだった。

 育成ドラフトで指名され、育成選手としてプロ入りを果たした。

 3桁の背番号を背負い、3軍で鍛えられた。その努力の末に支配下選手の座をつかみ、日本一を支える主力選手としての地位を築いた。

 底辺から這い上がってきた男たちが、球界の盟主・巨人を打ちのめす。そのカタルシスとサクセスストーリーは、日本人の琴線に響くのだ。

 球団会長の王貞治は、育成出身選手の活躍ぶりを「大きな夢」と評した。

 育成から出てきた選手には、みんなが拍手喝采ですよ。ファンの皆さんも、ましてや(選手の出身地の)地元の人たちには、彼らが頑張って、ここへ来たことが分かっているからね。

 周東でも、足が速いというのは、みんなが知っている。打つ方はまだアレ(弱いの意)だけど、ある部分でずばぬけているわけです。甲斐だって、一芸に秀でていた。強肩、スローイングがあったんですよ。千賀も、お化けフォークでしょ。セールスポイントを持っている人が(1軍に)上がってくるんです。全体、平均で80点の人より、片方は60点でも、一方が90点の方がいいんですよ。

 それを、獲ろうと提案するスカウトがいるわけです。一つで95点という選手を獲るというのがスカウトの力であり、決断力なんです。ドラフト1位の選手は、スカウトの力は関係ないよ。あれは、くじ運ですから(笑)。ドラフトされるような選手は、みんなの目に触れている。ウチのスカウトは、選手を見る目の幅が広いんです。知られていないけど、これだけの伸びしろがある選手を見つけられるか。スカウトの腕の見せ所ですよ。

 育成で入ってくる人たちが「俺、育成だから」と、そういう思いを持たなくてよくなったんですよ。「支配下に入れなかった」ではなく、上に上がれることを示せた選手がいる。それは、大きなことですよ。千賀なんて、その功労者ですよ。

「育成選手」とは

 2020年(令和2年)21日付で球団から発表された「2020年ホークスメンバー表」によると、ソフトバンクには投手9、捕手3、内野手6、外野手6の計24人の「育成選手」が所属している。

 ただその立場は、プロ野球球団の一員でありながら、実に曖昧な位置づけでもある。

「日本プロフェッショナル野球協約」には「日本プロ野球育成選手に関する規約」が定められているが、その第1条では「70名の年度連盟選手権試合に出場できる支配下選手の枠外の選手として、同選手権試合出場の可能な支配下選手登録をめざして、球団に所属して指導を受け野球技術等の一層の鍛錬向上を受ける選手」(一部抜粋)と記されている。

 つまり、その規約で記されているように、事実上の〝半人前扱い〟ともいえるものだ。

 そのルールを、列挙してみよう。

 1軍の公式試合には、育成選手は出られない。

 2軍の公式試合にも、育成選手は1球団1試合5人以内に限定。

 育成選手として3シーズン在籍する間に、当該球団から支配下選手として契約されなかった場合には、自動的に自由契約になる。

 最低参加報酬は年額240万円(※1軍最低年俸保証額は1600万円)

 契約する際の支度金の標準額は300万円(※ドラフト指名の契約金上限は1億円)

 一般社団法人日本野球機構の定める年金規定の対象者には該当しない。

 日本プロ野球選手会には所属できない。

 支配下選手と育成選手では、条件も、待遇も、何もかも違うのだ。

 2005年(平成17年)に、プロ野球界が、改革の一手を打った。

 育成選手選択会議を、初めて開催したのだ。

 スポーツの多様化、少子高齢化という社会状況も相まって、野球のプレーヤー人口の減少と、ファンの野球離れが危惧され始めていた頃だった。

 その要因の一つとして挙げられたのが、プロ野球界に多くの逸材を供給する「人材プール」の役割を果たしていた社会人野球の衰退傾向だった。

 日本経済の衰退。それに伴って「企業スポーツ」を抱える体力がなくなってきたのだ。

 企業チームとして日本野球機構に登録されていたチーム数は、高度経済成長期には200以上を数えながら、いまや100を切ってしまい、ピーク時の3分の1程度だ。

 プロに行けなくても、社会人のトップチームに行ければ、引退後も大企業で働くことができる。さらに、五輪にはアマ選手だけが出場していた時代には、その「安定」も相まっての魅力となり、プロ入りを拒否して、社会人に進む選手すらいたほどだった。

 この「アマ球界のトップ」が、先細りし始めている。

 トップの容積が小さくなれば、必然的に、アマ球界というピラミッドの裾野も縮小傾向に入ってしまう。つまり、野球を続けたくても、続けるための「場」が乏しくなっていく。

 プロへ至る「道の細さ」は、プロ野球の魅力を失わせ、それがひいては、野球人口の減少にもつながっていく。

 そうした悪循環を、何とかして食い止めなければならない。

 球界全体で共有した危機感から「育成選手制度」が設けられたのだ。

 70人枠の支配下選手に入れない選手にも、チャンスを与える。人件費を抑制すれば、各球団の負担が、それほど大きくない形で、育成枠を創ることができる。

 それが、野球界の「育成の裾野」を広げることになる。

 それでも、発足当時は心ない評判やウワサが飛び交った。

「そんな中途半端な選手を獲っても、しょうがない」

 無名の公立高校であろうが、離島であろうが、ちょっとでも評判になったような選手だったら、プロのスカウト陣は漏れなくチェックしている。

 市井の野球好き、マニアレベルの人たちが、高校野球を見に行って、逸材の動画を録画して、その場でツイッターやインスタグラムで発信できる時代だ。

 耳寄りな情報は、瞬時に伝わる。スカウトが知らない選手を見つける方が難しいのだ。

 いまや「隠し玉」は死語に近い。私も、記者としてよくこの言葉を使ったが、スカウト陣から「隠し玉、って書いた時点で、隠していないじゃない?」と笑われたものだ。

 ドラフトで指名する選手は、精査を重ね、厳選に厳選を重ねた末での球団の決断だ。

 育成は、その〝本指名以外の選手〟なのだ。

 獲った選手は、選手1人あたり、食費など育成にかかるコストとして、年1000万はかかるといわれている。ドラフト本指名の選手でも、育成選手でも、入団すれば「一選手」として同じだけのコストがかかる。

 単純計算で、育成3年間で3000万円。10人なら3億円。

 育成選手を増やせば、コーチもスタッフも増やす必要が出てくる。

 いくら年俸を抑えたところで、育成のコストは現状よりも大きくなる。その投資のリターン、つまり、選手はモノになるのか。

 親会社から経営を任されたフロントが、そのコストを是とするだけの理由は、なかなか見当たらないのが現実だ。

 ソフトバンクは、そのコストセンターというべき「育成」に投資してきたのだ。

序 章 「俺を使え」(2)

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