「あれ、人間ですよね?」
2019年6月30日、爽やかな日曜日の午後、ロンドン南西部にある自宅の庭で、エアーベッドに横たわりくつろいでいたウィルは、上空の飛行機から何かが落下するのを目撃した。それがまさか、人間だとは、密航者だったとは。刑事、メディアを巻き込んだ身元不明のケニア人をめぐるミステリー。英ガーディアンからの特選記事。

空から落ちてきた男

ケニアからの密航者は何者だったのか?

2019年、旅客機からひとりの男の遺体がロンドン南部の庭に落下した。この男はいったい何者だったのか?

取材・執筆 シリン・ケール

 2019630日の日曜日、爽やかな夏の午後のことだ。ソフトウェアエンジニアをしている31歳のウィルは、ロンドン南西部クラッパムの自宅で外に出したエアーベッドでくつろいでいた。彼はパジャマ姿でポーランドのビールを飲んでいた。陽光の降り注ぐなか、彼は同居人と雑談をしていた。その頃、空中ではヒースロー空港に向かう飛行機が何機か、着陸に向けたアプローチに入っていた。ウィルは、航行する飛行機のルートと機種を表示してくれるスマホアプリを同居人に見せた。彼は一機について実際にアプリでチェックしてみた。次いで、スマホを上に掲げて陽光を遮り、目を細めて空を見上げた。

 そのとき、彼は何かが落下してくるのを目撃した。「はじめはバッグだと思いました」と彼は言う。「でも数秒後にはかなり大きな物体であることがわかりました。落ちるスピードも速かったですね」。たぶん着陸装置の一部、もしくは貨物室からスーツケースが落ちてきたんじゃないか——彼はそう考えた。しかし、彼は何年も前に読んだ、飛行機を使った密航についての記事のことをぼんやりと思い出した。認めたくはなかったが、落下してくる物体がどんどん近づいてくると否定のしようがなくなっていった。「最後の数秒で手足が見えました」とウィルは言う。「人間にちがいないと確信したのです」

Photo/Getty Images

「あれ、人間ですよね?」

 ウィルはフライト情報アプリのスクリーンショットを撮り、同居人が警察に連絡して詳しい情報を伝えた。ナイロビのジョモ・ケニヤッタ国際空港を8時間6分前、現地時間で午前935分に出発したケニア航空KQ100便で、機種はボーイング787ドリームライナーである、と。ウィルはバイクに乗って外に飛び出した。「単なるバッグかコートのようなものであってほしいと祈りながら、落下物を見つけ出したいと思ったのです」と彼は言っている。途中で路上にリュックサックが落ちているのを見つけ、安堵で満たされた気分になった。しかし、近づいてよく見てみると、それはほこりまみれだった。飛行機から落下したものなら、そうなっているはずはなかった。

「次の道を走っていたとき、反対方向から警察車両がサイレンを鳴らしながら来て、すれ違った際にこっちのバイクのハンドルに接触しそうになったんです。『ああ、なんてことだ。やっぱりあれは人間だ。間違いなくそういうことなんだ』と思いましたね」。ウィルはそう振り返っている。ウィルは警察車両についていくことにし、彼の自宅から300メートル離れたオファートン・ロードにたどり着いた。顔面蒼白の若い男性——20代か30代前半に見えた——が瀟洒なタウンハウスの外で身体を震わせ、無言で立ち尽くしていた。この男性は名前をジョン・バルドックといい、ウィルと同じくソフトウェアエンジニアで、デヴォンの出身だった。「彼はただひたすら現場を凝視していました」とウィルは言う。

 ウィルはガラス窓越しにタウンハウスの庭をのぞき込んだ。そこは「完全に破壊された状態でした」。彼はジョンに目を向けた。「彼には最初、こう声をかけたんです。『あれ、人間ですよね?』。100%確信を持っていたわけではありませんでしたから。彼は何も言いませんでしたが、わたしのほうを見てうなずきました。その事実を知って、わたしはレンガで殴られたような気持ちになりました」 

 ウィルは正しかった。たしかに死体だったのだ。それ——彼、というほうが正確だろう——は高度3500フィートから半分凍った状態で真っ逆さまに落下してきて、午後338分に地面に激突したのだった。彼こそまさに、「空から落下してきた男」なのだ。記事にあったような「密航者」だ。

飛行機の車輪格納部でケニア通貨が見つかった

 このケニア航空密航事件は、通常であればロンドン首都警察の失踪者班が担当することになるが、通報が入ったその日、同班は多忙を極めていた。そうしたなか、特殊犯罪班のポール・グレーヴス巡査部長が手を挙げた。「面白そうな任務だと思ったんです」。ブリクストン警察署の、手狭で細長い蛍光灯で照らされているだけのオフィスで昨年取材に応じた際、グレーヴスはそう語った。

 30年にわたる警察官人生のなかで、グレーヴスは刺傷や銃撃、誘拐、殺人未遂といった事件の捜査に携わってきた。こうした事件は難易度が高いものばかりで、彼はメディアの執拗な取材、真相究明を求める家族や友人、協力に乗り気ではない目撃者への対応はお手のものだった。経験豊富なベテラン刑事として、グレーヴスは落下した男性の身元を特定して遺体を送還できればと考えたが、必ずしも楽観的というわけではなかった。「署内で楽観的に見ていた人間を探すのは至難の業ですよ」。彼はニヤリと笑いながら言った。

 午後339分に入った通報を受けて、署員がオファートン・ロードに急行し、ウィルやジョン、近隣住民に話を聞いた。警察はヒースロー空港にも連絡した。空港側は職員をケニア航空の機体に派遣し、車輪格納部(離陸後に着陸装置を格納しておく、与圧されていない区域)を点検させた。車輪格納部には人間ひとりが身をかがめて検査をすり抜けるのには十分なスペースがあることがわかった。内部を調べた職員は、「MCA」というイニシャルが記された汚れたカーキのリュックサックを発見した。

 リュックサックからは重要な手がかりはとくに見つからなかった。パンが少し、ファンタのペットボトル、水のペットボトル、ジョギングシューズくらいしかなかったのだ。「食料と水と靴一足。文字どおりサバイバルのためのものですね」とグレーヴスは言う。ただし、少額のケニア通貨があったほか、ファンタのペットボトルはケニアの店で購入されたものであることがわかり、この密航者が同国から乗り込んだことはほぼ確実であることを示していた。このフライトは元々ヨハネスブルグからナイロビに到着したものだった。したがって、この情報は、密航者が南アフリカで忍び込んだ可能性は排除できるという点で有用だったとグレーヴスは語っている。

ジョモ・ケニヤッタ国際空港のケニア航空機 Photo/Getty Images 

「二つの世界の出会いですよ。時速200マイルでね」

 ランベスの遺体安置所では、法医学者が男のDNAサンプルや指紋を採取し、その情報をケニア当局に送った。DNAのほうはすぐに回答が返ってきた——「該当なし」、と。グレーヴスは、指紋の方は期待が持てるのではないかと考えていた。ケニアでは、仕事の採用時に応募者に対し指紋採取をするケースが多いからだ。ところが、この密航者の指紋もケニア警察のデータベースで該当したものはなかったのである。

 グレーヴスが捜査活動を進める一方、報道陣はオファートン・ロードに殺到し、近隣住民への取材を展開した。その結果、大量の記事が作り出されたが、そこではジョンが借りていたタウンハウスの値段(230万ポンド)や彼の出身校(オックスフォード大学)についてもしっかり触れられていた。この事件が大きな扱いで取り上げられたのは想像に難くない。生命の危険を冒してでもヨーロッパにたどり着こうとする移民の物語は定番のニュース素材だ。その一か月前には、一日だけで記録的な数のボートが英仏海峡で発見され、70人以上が国境警備隊に掴まったことがあった。前年には地中海を渡ろうとする者が一日当たり6人のペースで命を落としたという推計が国連難民高等弁務官事務所から発表された。しかし、こうしたニュースはありふれたものになりすぎていて、関心が向けられることが少なかった。その点、ケニア人密航者のニュースには新鮮味があった。正体不明の男は、人口の約3分の1が一日当たり2ドル以下で生活する国の出身。その彼が飛行機の底部から数千フィートもの距離を経て、ロンドンでも最富裕地域のひとつに落下したのだから。「いきなり殴り込みに入ったようなものです」とグレーヴスは言う。「二つの世界の出会いですよ。時速200マイルでね」

 客観的に言って、旅客機の車輪格納部に隠れて密航を試みるのは、自殺行為だ。アメリカの連邦航空局によると、1947年から20202月にかけて、世界各地でこのやり方で密航を試みた者は128人に上るという。このうち75%以上が死亡している。これは驚くべきことではない。密航のあらゆる段階で、即座に死にいたる危険性はかぎりなく高く存在しているからだ。離陸の際に密航者は飛行機から落下する可能性がある。これは19702月、シドニー発東京行きのダグラスDC-8で車輪格納部に隠れた14歳の少年、キース・サプスフォードが落下するという形で実際に起きた話だ(驚くべきことに、この少年が飛行機から落下する瞬間を撮影したカメラマンがいる)。離陸時を凌いだとしても、車輪が格納される際に密航者を押し潰してしまう可能性もある。これは、20117月に23歳のキューバ人密航者、アドニス・ゲレーロ・バリオスがマドリード行きエアバスA340に乗り込んだものの、ハバナ上空で死亡した際のケースだ。

 格納部で押し潰される危険を逃れたとしても、密航者はほどなくして死亡することになる。離陸から約25分以内に大半の旅客機は巡航高度35000フィートに到達する。機体の外の温度はおよそマイナス54度にもなる。着陸装置を出し入れする際に用いられる油圧パイプからの放熱によって20度は温度が上がるものの、マイナス34度というのは致命的な低体温症をもたらすのに十分な寒さだ。巡航高度での気圧は海上のおよそ4分の1で、これは人間の肺が大気中から十分な酸素を吸入できなくなることを意味する。これは低酸素症をもたらすことになる。血液が身体の組織に十分な酸素を送ることができなくなり、心臓発作や脳死の原因になり得る。上昇時の急激な気圧の低下は、減圧病——ダイバーには「ケイソン病」(減圧症)として知られる症状だ——の原因にもなり、体内にできた気泡がさまざまな衰弱症状をもたらし、なかには死に至らしめる場合もある。

 密航者が何らかの方法で航行時を生き延びたとしても、飛行機が降下を開始したときには意識不明に陥ることは確実だ。したがって、最終アプローチで飛行機の着陸装置が外に出たとき——滑走路から5マイル以内に近づいた段階が一般的だ——、密航者は車輪格納部から数千フィート下の地面に落下することになるだろう。ロンドン南部上空はヒースロー空港に向かう通り道であり、密航者の遺体がこのエリアで見つかることがあるのはそのためだ。20156月にブリティッシュ・エアウェイズの機体から落下したモザンビーク人のカルリト・ヴァレは、リッチモンド(訳注:ロンドン南西部の高級住宅街)のオフィス区域で空調設備に当たったときの衝撃で頭部が胴体から分離してしまった。パキスタン出身のムハンマド・アヤーズも、20016月にブリティッシュ・エアウェイズの機体から落下した際の衝撃で死亡したが、これも現場はリッチモンドにあるホームベース(訳注:イギリスのホームセンターチェーン)の駐車場だった。

 しかし、何と言っても驚嘆すべきなのは、これだけのリスクがあるにもかかわらず、密航者のなかには生き延びるケースがあるということだ。科学者がこれについて説明するのは容易ではない。人間が高高度で車輪格納部に閉じ込められたら何が起こるかを実験することは不可能であることを考えればなおさらだ。「わたしたちが完全には理解できない何かが起きているのです」と航空宇宙医学協会のパウロ・アルヴェスは語る。死を回避できる密航者がいることについて、彼らの推測は何だと思うだろうか?——「冬眠」である。

01