ジャーナリズムやノンフィクションをもっと自由に楽しもう
追加された作品やおすすめのジャンル、機能の改善など、スローニュースに関する最新情報をお届けします。

vol.16『独学大全』の読書猿が選ぶ10冊「SlowNewsは独学のベースキャンプです」

20万部超えのベストセラー『独学大全』(ダイヤモンド社)で話題の読書猿さん。知ること学ぶことの意義と勉強法を説き続け、ギリシャ哲学から最先端の研究まで自在に読みこなす博覧強記が「SlowNews」で出会った名作の魅力、「今読む意味」を語ってくれました。

読書猿近影(イラスト・塩川いづみ)

読書猿(どくしょざる)

ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。

『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした『独学大全』(ダイヤモンド社)が現在20万部超えのベストセラーとなっている。

――読書猿さんは大変な読書家ですけど、SlowNewsにはまだ読んだことのない本はありましたか?

読書猿 それはもちろんです。どんな本が読めるのかワクワクしながら、まずは作品一覧を覗いてみたんですが、ノンフィクションの名作から、いわゆる社会科学系の現代の古典まで、両方揃っているのが魅力的ですよね。

 それから後ほどお話ししますが『『広辞苑』をよむ』とか『バッタを倒しにアフリカへ』とか、「こんな本まであるの!?」と思わず言ってしまう意外なものもあって、リストを眺めるだけでも楽しかったです。

――検索機能もお試しいただけたとか。

読書猿 キーワードを入れると、その言葉が登場する書籍や記事がリストアップされて、しかも全文読める、全文検索機能はやっぱり強力ですね。実は全文検索と全文表示を備えたサービスはあまりないんです。例えばGoogle Booksは検索はできるけど、多くの書籍は一部分しか見ることができない。

 独学者は機関に所属する研究者に比べれば、どうしても読みたい文献に行き着く手間も時間もかかります。そんな独学者を支援する仕組みをサブスクリプションで実現できないかなと勉強を始めたところだったので、これはうれしいサービスが登場したと思いました。

横に横に「トラバース」していく読み方ができる

――現在340作品以上のノンフィクション書籍と、優れた調査報道記事、海外記事が自由に読めるのですが、「独学」のために読書猿さんはどんなふうに作品と出会っていったんでしょうか?

読書猿 ぼくが「本棚トラバース」と呼んでいる独学の方法があるんです。登山家が岩肌を登る時に、横に横にズレていく技を「トラバース」と言うらしいのですが、図書館だと書物は分類順に並べられているので、本棚をトラバースしていくと、一つのトピックについて複数の分野を横断して本を探すことになる。

 1冊読むだけでは点だった情報が、関連書籍を芋づる式に追いかけることで線になり、複数の分野を横断すると面になり、さらに立体的に立ち上がっていく。

 これ、SlowNewsでもできるんですよ。全文検索を利用して「この本とこの本は違う分野の本だけど、同じ話題が取り上げられている」という発見から始めて、作品から作品へと横に渡っていく。関連文献のタテの軸と分野横断のヨコの軸で面ができる。これを繰り返していくと、自分の知識がやがて立体的になる。一冊に注力する「点の読書」から複数冊を読み合わせる「線の読書」そして「面の読書」をやるのに効いてくるサービスだと思いました。

Photo/Getty Images

――そこで読書猿さんには、SlowNewsのラインナップの中から10冊を選んでいただきました。

読書猿さんが選ぶ10 

『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019

『グラミン銀行を知っていますか』(東洋経済新報社 、2006

『反貧困「すべり台社会」からの脱出』(岩波書店 、2008

『自動車絶望工場』(講談社文庫、2011

『経済人類学』(東洋経済新報社 、1979

『政党政治の政治学』(東洋経済新報社 、2013

『政策を見る目をやしなう』(東洋経済新報社 、2019

『この世界の片隅で』(岩波書店 、1965

『『広辞苑』をよむ』(岩波書店、2019

『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社、2017

読書猿 いやこれが10冊選ぶのが難しくて……。気が付けば40冊くらいピックアップしていて、絞り込むのが大変でした(笑)。

 で、最初に「SlowNews」というサービス名を体現している「調査報道」の名作を紹介させてください。

 奥山俊宏・村山治『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019)です。バブル期に世間を賑わせた経済事件を取り上げて、実に30年もの年月をかけて調査と取材を重ねた、非常にスローな調査報道といえます。この本ではふたりの傾向の違う新聞記者が一緒に調査をしています。ひとりは、大蔵省や捜査当局、当事者などに豊富なコネクションがある村山さん。もうひとりは、現場に足繁く通い、裁判記録を丹念に読み込んだ事件記者の奥山さん。

 例えば大阪の料亭の女将・尾上縫が詐欺罪で逮捕された事件は、同時代にセンセーショナルな報道がいくつもありました。しかしこの事件をもう一度調査してみると、被害者であるはずの銀行は2兆円以上もの融資を、金融知識のかけらもない市井に住む一人の女将にしており、堅実なはずの銀行マン証券マンたちがおかしいと思いながら、彼女への融資にのめり込んでいく。その裁判での当事者の発言やインタビューを通して、金融システムの問題や当時の時代状況が浮かび上がってくるんですね。人脈や資料を駆使し、時間と労力を費やしたスローな調査だからこそ、表層的なニュースではなく、背景にまで踏み込むことができる。

 実は「SlowNews」には、著者の一人である奥山さんにこの本を尋ねた、独自のインタビュー記事「調査報道のプロは、いかにして事件の深層にたどり着くのか 朝日新聞 奥山俊宏さんに聞く」があって、調査報道とはどういうものなのかを、実作品と著者へのインタビューで両面から知ることができる。『バブル経済事件の深層』の凄みを知るためにも、併せて読んでほしいですね。

今、ノンフィクションの古典を読む面白さ

――『バブル経済事件の深層』を挙げていただきましたが、SlowNewsでは『平成経済事件の怪物たち』(森功・文春新書、2013)など「バブルもの」が人気作品なんですよ。

読書猿 人とおカネの関係は、いつの世も興味がつきませんからね。ただ、おカネの貸し借りがいつも、人を狂わせ破滅に陥らせるかといえば、もちろんそんなことはありません。

 坪井ひろみ『グラミン銀行を知っていますか』(東洋経済新報社 、2006)は、資金にアクセスできないがゆえに貧困に陥っているバングラデッシュの女性たちにお金を貸す取り組みがテーマです。グラミン銀行は、創設者のムハマド・ユヌスとともに、2006年にノーベル平和賞を受賞したので、ご存知の方も多いかもしれません。

 この銀行の「顧客」である彼女たちに必要なのは、多額ではなく少額の融資です。ちょっとした資金があれば、仕入れで相手に強く出られることもなく、搾取されずに手元にお金を残せて、貧困から抜け出せる。しかしみんな貧しいので担保に出せるものもなく、普通の金融機関の与信審査では通らない。そこで女性たちに、5人でグループを組んでもらい、ソーシャルなプレッシャーをかけることで、無担保で貸すことを可能にしたんですね。額としては小さいけれど、面白いファイナンスの取り組みです。マイクロクレジットの仕組みと文化、歴史を知るには最適の一冊です。

 日本のバブル経済、金融を介して、南アジアの貧困ときたので、再び日本に「トラバース」してみると、湯浅誠『反貧困「すべり台社会」からの脱出』(岩波書店 、2008)があります。この本が出たのはもう10年以上前になるんですね。今読み返してみても、状況はほとんど改善していないことがわかります。一体この10年何をしてきたのか、ぼくらも問われているような気がします。

 そしてさらに現在から過去へ更に「トラバース」してみると、ノンフィクションの古典とも言うべき作品に出会いました。バブルよりもかなり前、70年代初頭のトヨタの自動車工場を舞台にした鎌田慧『自動車絶望工場』(講談社文庫、2011)です。農閑期にやってきた期間工の労働がどうなっているのか、それを調べて書き残しておきたいと思った著者が、工場で実際に働きながら書いた名作にして労作です。1983年に書かれたあとがきで著者はこう述べています。

「十年前に書いた現実が、労働者にとって緩和され、絶望が希望に転化し、この記録そのものが否定される時代になるのを望んでいることを、強調しておきたい」。

――果たして『自動車絶望工場』という記録は否定される時代になったかどうか。

読書猿 ええ。こうした変わらない現実を突きつけて私たちに問いかけてくるのが、まさに一旦出版されると変わらないという書物の力、古典の力なんだと思います。2008年時点の視点、1983年時点の視点から現代を見ると、こうしたひどい現実が変わらないまま、いやむしろ深刻になっている。書物はそのスローな力でそのことをぼくらに突きつけます。

アカデミズムからのアプローチを自分のものにする

――古典といえば、栗本慎一郎さんの『経済人類学』もリストアップしてますね。

読書猿 「SlowNews」でこの本と再会したのは嬉しい驚きでした。『経済人類学』(東洋経済新報社 、1979)は栗本さんの中で一番いい本だと思っています。彼がマスメディアで売れる前の、アカデミズムの世界に打って出ようとするような気合いがこもった本。

 私たちは「経済」や「市場」「お金」について、もちろん重要だと思っていますし、わかった気になっている。でも本当はどういうものなのか理解できているんだろうか。『経済人類学』では「市場」が社会にとって当たり前になったのは、あるいは「お金」があれば何だってかえるようになったのは、人類の歴史の中でむしろレアケースであるところから始めます。非市場社会にある経済から、われわれの市場化された経済を捉えなおそうと試みですね。

 栗本さんが取り上げたカール・ポランニーは、土地やお金を「擬制商品」と言って、本来商品じゃないものを商品化してしまっている、と指摘しました。実際にバブル期には土地が激しく売買され、それが社会を大きく変え、最終的には「土地神話」自体を破壊してしまった。あれから30年。今度はビットコインのような暗号通貨が新しいお金として登場し、それ自体が投機の対象となっている。そうした意味で、今のほうがこの本をよく理解できる時代なのかもしれません。

――学術研究者が執筆したアカデミズムの本としては『政党政治の政治学』、『政策を見る眼をやしなう』も選ばれています。

読書猿 私たちは「おカネ」と同様に、「政党」についても、あるのは知っているけれど、それがどういうものかよくわかっていない。戦後の日本政治は政党を軸に動いてきたはずなのに、日本で政党に関する実証研究というのは、本格的に始まったのは割と最近なんです。

 日本の政党は、よその国と比べると変わってます。アメリカなどでは国のレベルでも、州レベル、個人のレベルでも民主党か共和党か、二大政党が意識されている。しかし日本では、国政では自民党が長らく第一党なのに、地方議員で一番多いのはかつては共産党、最近は公明党の議員だったりする。本当は地方議員で一番多いのは、政党に属しない無所属議員なんですが。また国会と地方レベルで政党が一枚岩で活動しているわけではないし、各党ごとに中央と地方の関係も違う。

建林正彦編『政党政治の政治学』(東洋経済新報社 、2013)は、政治学の中でも実証的な手法を使第一世代の研究者たちが集合し、いろんなアプローチを駆使して今まで手付かずだった政党について分析しています。しかも、県連といった地方組織を徹底的に分析している。私たちがぼんやりと政治について考えている「利益誘導して、いらん道路をつくってるんだろう」といったような政治ジャーナリズムがつくったイメージを、実証的な手法で塗り替えるような仕事をしているんじゃないですかね、この本は。もっともっと読まれてほしいですし、ここに集っている政治学者の本を読んでほしい。本当に大事な仕事だと思います。

『政策を見る目をやしなう』(東洋経済新報社 、2019)は、京都大学経済研究所のシンポジウムをもとにした本です。

 特に面白かったのは、経済ジャーナリストで『官僚たちのアベノミクス』の著者である軽部謙介さんが登壇している点。経済学者が政策を語る本はよくありますが、政治家や官僚、企業関係者など、様々な人物に話を聞いてきたジャーナリストとして、経済政策を語る視点が興味深い。両方とも東洋経済の本ですが、さすが創業者・石橋湛山のイズムが発揮されている。アカデミズムとジャーナリズムの良い面ががクロスしています。

ーー『この世界の片隅で』もアカデミズムの要素を持っている本だとか。意外な感じがしたのですが。

読書猿 タイトルだけ聞くと、漫画とアニメが大ヒットしたこうの史代の作品を思い出す人も多いと思います。SlowNewsに収録された山代巴『この世界の片隅で』(岩波書店 、1965)はこうの作品とは直接関係ないですが、広島での原爆投下から20年後に、当時の様子を聞き書きした一冊です。

 聞き書きというのは学術的にはオーラル・ヒストリーとも言って、アカデミズムの手法でもあるんです。この時代は若い研究者たちが戦争体験についての聞き書きを多く集めてきた時代。でも当人たちは、この聞き書きが何につながっていくのか、当時はそこまで見通しがあった訳じゃないと思います。

 それでもこの人たちの経験や言葉がこのまま失われてしまってはダメだという強い気持ち、使命感にかられて現場に入り、聞き書きをした。ぼくらは原爆の被害がどういうものだったか、詳しくはなくとも知っている。そうした意味で「歴史」として残ったのは、こうした地道な証言の積み重ねがあったからです。

 歴史を編む、そして歴史に学ぶというのは、もっともスローな知的営為のひとつだと思います。資料を読み、時には現場に足を運び、「事実らしい」ことについて激しい論争を重ねてできるかぎり正確な「事実」を確定し、積み重ねていく。どれもすごく時間がかかる。でも、今は歴史をデタラメな物語として語ることが一部で流行っていますが、歴史研究はそれに対抗するために必要なものです。

『バブル経済事件の深層』を読みながら感じましたが、裁判記録や公文書を勝手に捨てるのは、歴史に対する反逆行為ですよね。でも日本では残念ながらそれが頻繁に行われている。

 誰だって失敗したことは恥ずかしいし残したくない。それは人として自然な感情です。でもぼくらが個人を超えて、社会として人類として反省し、そこから知を立ち上げるには絶対に必要なことなんです。ぼくらより賢い人たちが未来にあらわれて、ぼくらの失敗から知を引き出してくれるかもしれない。未来の人間がぼくらよりも賢くなる可能性を期待するからこそ、ぼくらは文書を、記録を残すんです。過去を掘り出し伝えていくことは、そうした希望を未来に手渡すような活動にも思えます。

「なんでこんな本が入ってるの?」がうれしい

――残り2冊は、なかなか変わり種ですね。

読書猿 今野真二『『広辞苑』をよむ』(岩波書店、2019)は完全にぼくの趣味です。辞書を読むのが好きなんです。なぜかというと、辞書なら通読しなくていいので(笑)。拾い読みできる最高のコンテンツだと思うんですよ。この『『広辞苑』をよむ』の、一番のユニークさは辞書を引きながら辞書を読むという、常人には理解し難いことをやってのけているところ。だって『日本国語大辞典』(小学館)や『新明解国語辞典』(三省堂)など、たくさんの辞典を駆使してひたすら『広辞苑』を読むんですよ。これは辞書好きには、たまらない本です。しかし、こんな本が成り立つのはすごいなぁ。心の底からおススメします。

 それからもう1冊、すてきな変態的な世界が堪能できるものを。前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社、2017)は、普通にモチーフも文章もめちゃくちゃ面白い。バッタが大好きで、バッタに食われたいとまで思って、昆虫学者になってしまった人のお話。でも日本にはバッタの害がないから、バッタの研究だと日本では食っていけないんです。それで今までフィールドワークなんてしたことないのに、アフリカに行っちゃう。

 これだけでも、面白そうな要素満載ですけど、アカデミズムがなぜ世の中に必要なのかについても気づかせてくれる本だとも思うんです。たとえば新型コロナが流行して、日本には感染症の研究者がかなり少ないことが露呈しましたよね。なぜなら日本では感染症はもうほとんど無いものだと思われていたため、研究者が日本で就職しづらかった。育たなかった。そうして、ぼくたちの社会は、今役に立たないと思われる「無駄」な研究をさんざん叩いてきた。

 でも、学問というのは、いざというときに、あるいは思わぬところで、ぼくらを助けてくれるものなんです。バッタ研究は日本で「で、何の役に立つの?」と思われがちでしょう。でも研究の多様性を保持していかないと、いざという時に大変なんですよね。ウルドさんはある種の変態的な情熱で、アフリカまで行って自分にしかできない研究をやってのける。こんな世界があるのかとゲラゲラ笑える本ですが、こんなに面白い人材を海外に流出させておいていいのかという気にもなってしまいます。

――まさにスローに考えること、スローに学ぶことを、SlowNewsで体験していただいているように思います。

読書猿 深く知るためには、広く掘ることが重要だと思うんです。ボーリングのような機械があれば、深い穴が効率よく掘れますが、ぼくら人間は手作業で掘っていかなければならない。

 さっきの「トラバース」の方法のように、情報の点と点をつなぎ、分野をいくつも横断して知識の面を作り、やがて立体的な理解を自分の中に作り上げる。そして、自分だけの深い穴を掘っていくために大事なことは、関係のなさそうなところにもその穴を広げていくしかないんです。ターゲットを絞ってそこだけ掘れるのが速そうだしコスパ良さそう気がしますが、でもそれはファストな穴の掘り方で、いくらも掘り進まないうちに行き詰まる。崩れて穴もすぐにまた埋まってしまいます。

 スローな掘り方は、遠回りで余計な場所まで掘ってしまうんですけど、でもそれが結局、深い場所まで到達できる唯一の方法です。SlowNewsで読める多彩な作品ラインナップは、独学のベースキャンプになりうると思う。人生を豊かにするスローな場所へ導いてくれる魅力があると思います。

構成=山本ぽてと

01