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vol.11 スポーツノンフィクション特集 あの名作短編が無料で

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 SlowNewsをご利用いただきありがとうございます。

 緊急事態宣言の中、オリンピック・パラリンピックがほとんどの会場で無観客で行われることになりました。開会式・閉会式の式典関係者の辞任や解任も相次いでいます。

 前代未聞の異常事態。改めていま、スポーツとは何なのか、スポーツイベントを開く意義とはどういうことなのか、アスリートや主催者側の視点などから問いかけてみたいと考えました。

 719日(月)~25日(日)の1週間、「スポーツノンフィクション特集」として毎日1本、オリンピック・パラリンピックやスポーツを題材としたノンフィクションやオリジナル記事を配信いたします。山際淳司の名作短編「たった一人のオリンピック」は無料で!

719日:たった一人のオリンピック

 第一弾は、山際淳司の傑作短編集。(KADOKAWA)

 「国のためでも大学のためでもない、ただ自分のためだった」

 幻と消えたオリンピックに人生を翻弄された青年を描き、山際淳司のノンフィクション作家としての地位を不動のものにした表題作を無料配信。このほか、「回れ、風車」「すまん!」など、アスリートの執念や悲嘆、相剋や蹉跌を描いた短編を収録。解説・石戸諭。

 無料配信の記事はこちらから

720日:見果てぬ夢

 第二弾は、岸田浩和,、フロントラインプレスによるオリジナルシリーズ。

 「この場所から、世界一を目指す。ここがスタート地点ですよ」

 ナイジェリアの子どもたちを育て、世界ナンバーワンのチームを作る夢を抱いた実業家・加藤明拓。彼を追ってその夢の地に向かった岸田が見たのは、トタン屋根のバラックが一面に広がるスラムだった。「なかなか雰囲気あるでしょ!」と微笑む加藤。男たちは夢をつかめるのか。無謀とも思える挑戦の行く末は。

 連載第2回 こちらから

Photo/岸田浩和

721日:電通とFIFA

 第三弾は、田崎健太がスポーツとカネを問う意欲作。(光文社新書)

 「もう時効だからいいかな」

 ワールドカップ開催、それにともなうスポンサー、放映権。70年代半ばまで欧州中心だったサッカー界を大きく成長させ、そして腐敗させたアベランジェとブラッターというFIFAのドン。その背景には、日本の総合広告代理店・電通の影があった。誰がサッカーを“仕切る”のか。サッカービジネスを知り尽くす電通元専務取締役が、すべてを語った。巨大化するサッカーとカネの関係にメスを入れる。

 記事はこちら

722日:パラアスリート高田千明

 第四弾は、AERA現代の肖像(文=吉井妙子 写真=伊ケ崎忍)から。

 「付きあわされる僕は命がいくつあっても足りない」

 そうコーチに語らせるのは、東京パラリンピックの走り幅跳びで出場が内定している高田千明だ。高3で視力を完全に失った。負けず嫌いのやんちゃ娘は、100m走で日本記録を樹立。両親に反対されるも出産。恐怖と戦いながら跳べるのは「僕のママは目が見えないのに足が速くてカッコいいんだ」という声が闇を払ってくれるから。闇の先の輝き、ただそれを信じる。

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723日:「私は何と戦っていたのか」

 第五弾は、関健作、フロントラインプレスが5人のアスリートの記憶をたどるオリジナル。

 「価値があるのはメダル、僕じゃないのか」

 まさかの予選敗退。ファイナルでの突然の痙攣。そしてメダルを獲っても「祭り」が終わったら消費されてしまう自分という存在。アスリートは何と戦い、その戦いはいつまで続くのか。その先には何が待っているのだろうか。為末大、高平慎士、石塚晴子、菅野優太、長谷川清勝。5人のアスリートたちの栄光の記録に隠れた、苦悩の記憶。誰も知らない内なる戦い。

 オリジナル記事 こちらから

Photo/関健作

724日:体育会系

 第六弾は、ドイツ出身のサンドラ・ヘフェリンが日本を蝕む病を看破。(光文社新書)

 「体育会系思考は、戦後の日本に蔓延し続けている」

 日本人の根性論なんて昔の話…というのは大間違い!パワハラ、体罰、過労自殺、組体操事故など至る所で時代錯誤な現象が後を絶たない。全ての元凶は、絶対的な上下関係に基づく不合理な「体育会系の精神」。そのメンタリティは学校教育を通じて養われ、この国の文化を形作る。負の連鎖を断ち切るには、わが子を幼少期から「ブラック」に触れさせぬよう親が警戒すべし。解決策はシンプル、「頭のスイッチ」を切り替えるだけ!

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725日:日本サッカー辛航紀

 第七弾は、佐山 一郎が描く愛と憎しみの100年史。(光文社新書)

 「サッカーだけは、政治の世界と対極にある若さと知性輝く場でありたい」

 「ドーハの悲劇」や「ジョホールバルの歓喜」だけが日本サッカーの歴史ではない。監督解任や選手間の内紛、無責任な報道も繰り返されてきた。サッカーもまた映画や演劇のように、内外の不特定多数を巻き込む運動や装置として生きてきたのだ。1921年の第1回「天皇杯」から、2018年のロシアW杯出場までおおよそ1世紀を、貴重な文献と著者の視点で振り返る。

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