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Vol.19 桐野夏生が語る「フィクションとノンフィクションのあいだ」

国内外のファンが支持する人気作家の桐野夏生さん。『柔らかな頬』で直木賞を、その後も数々の文学賞を受賞し、今年、日本ペンクラブ会長にも就任されました。就任の記者会見では、「ジェンダーが欠かせない視点であるという認識が広がっている」ことや、「そのことに対する反動や差別はあると思うので、それとは闘っていきたい」と語っています。

社会への鋭い眼差しを持つ桐野さんに、フィクションとノンフィクションについて、お話を伺いました。

桐野夏生・小説家

1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年、11年に『ナニカアル』で島清恋愛文学賞と読売文学賞を受賞。15年紫綬褒章を受章。215月に日本ペンクラブ第18代会長に就任。近著に『インドラネット』『砂に埋もれる犬』。他、著書多数。

桐野さんがおすすめするSlowNews収録作品

・原武史『滝山コミューン1974

・大沢真知子『女性はなぜ活躍できないのか』

――SlowNewsは良質なノンフィクションや調査報道を自由に読めると謳ったWebサービスです。桐野さんはノンフィクションを読まれることもありますか?

桐野 ノンフィクションは好きです。好きな作家をあげるとすればアメリカのノンフィクション作家、ジョン・クラカワー。『荒野へ!』や『信仰が人を殺すとき』『空へ ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』などを愛読しました。あと、猪瀬直樹さんも面白かった。『ミカドの肖像』とか『ピカレスク―太宰治伝』とか。女性が描いた作品も印象に残っているものが多いですね。山崎朋子さんの『サンダカン八番娼館』とか、井田真木子さんの『プロレス少女伝説』。内澤旬子さんとは、私が『とめどなく囁く』を東京新聞で連載していた時に挿絵を描いてくださった縁があって、お書きになる作品にも注目しています。『ストーカーとの七〇〇日戦争』は衝撃的でしたね。

それからSlowNewsでも読めるようになっていましたが原武史さんの『滝山コミューン1974。これは私が『ポリティコン』や『東京島』という小説を書くときに、団地というコミュニティについて歴史的背景も踏まえて知りたいと思っていたタイミングで読みました。政治思想研究を専門とする原さんが、小学生時代に体験したソ連式の教育や、それに基づいて行われた集団指導について克明に記憶を検証していくノンフィクションですが、滝山団地という場所の特異性が浮かび上がる面白い作品でした。原さんの作品は、いつも読んでます。

――小説を書くための資料としてノンフィクションを読むことも多いですか?

桐野 小説のための資料としても読みますが、ノンフィクションが好きなのは、言ってしまえば私が書いているものが「嘘の話」だからです。小説は現実の舞台を借りて、そこに生きる人を書くことだと思っています。そこで造型される人物はいわば私が作った「嘘」ですが、その舞台、社会のシステムといった背景に嘘を入れては面白くない。つまり、リアリティの問題です。だから、小説の舞台はよく調べるようにしています。

その場に赴かないと、実感を描けない

――例えば『夜の谷を行く』は連合赤軍の山岳ベース事件を舞台にした作品です。どんな取材や調査をしたんですか?

桐野 裁判資料も読みましたし、当時の記事や著作もたくさん読みました。植垣康博さん(連合赤軍の元活動家)が営む静岡のバー「スナック・バロン」にも行きました。山岳アジトがあったとされる現場も見ました。斜面のきつい山の中の狭い場所でした。こんなところにたくさんの男女がいたのか、と信じられなかった。金子みちよさん(妊娠8ヶ月で殺された)が埋められていた場所では、同行した編集者たちとお線香をあげました。真夜中にこんな山中に運ばれて埋められて本当にかわいそうだ、と切実に感じました。

私は描こうとすることに関わった人に会うことはしません。会ってしまうとどうしてもそれに引きずられてしまうからです。ただ、その事件を取材した方に会って、間接的なお話を伺うことはあります。たとえば、『砂に埋もれる犬』は虐待されて育った少年の非行・犯罪の話です。ある少年事件について本を書かれた記者の方に「その子のお母さんはどんな方ですか」ということを聞いたりしました。

――『砂に埋もれる犬』では、母親の姿にも、考えさせられました。

桐野 ネグレクトしてしまう母親とはどういう人なのか、知りたかったんです。同じ母親としてわかる部分もある。けれど、一線超えてしまうのはなぜなのだろう、と。

――『バラカ』は東日本大震災、原発事故を描いていますが、現地には行きましたか?

桐野 行きました。仙台空港が開通してすぐに、閖上地区を取材しました。自衛隊の方がまだご遺体を探しているところでした。その時のヘドロの匂いは今も印象に残っています。

原発関連では、数カ月後に福島県いわき市に行き、仮設住宅に避難している浪江町の方にお話を伺ったりもしました。隣の声が聞こえそうな狭い住宅で何年も暮らすのは、つらいだろうと思いました。やはり、その場に赴かないと、こうした実感を描けないと思います。

その時は知り合いのテレビ局の人が案内してくださったんですが、私たちは車で外気が入らないように気をつけて移動していたのに、中学生くらいの子どもたちがマスクをしないで集団でランニングをしていました。原発事故の直後でしたので、衝撃を受けました。大丈夫なのだろうかと不安になりました。

――そうした実感が深く描かれているからか、桐野さんの小説にはノンフィクションで描かれる以上の生々しい現実や人物像が立ち上がってくることがある気がします。

桐野 フィクションの場合は、一人称で回したり、三人称で回したり、いろんな視点で立体的にその世界を作っていくものです。ですから、その人が何を感じているかを中心に書きすすめることができます。その結果、より真実を突きつけることができるかもしれないとは思います。

私は「感情の中にこそ真実がある」と思っています。「感情的」というのは批判的に捉えられがちですが、感情とは、実はとても論理的なものだと思うんですよね。だから、その人物の感受性とか感情、自分でわかっていないものや、どろどろした言葉にならない不安を丁寧に言葉化して書いていこうと思っています。書いてみれば、原因があって結果がある。意外と論理的なのです。

すべて書いたものは、フィクションになる

――小説とノンフィクションは虚と実、対照的なものだと思いますが、桐野さんはこの関係をどう捉えてらっしゃるのでしょう。

桐野 ノンフィクションと言いますが、文字に表した途端に、すべて書いたものは、虚構つまりフィクションになると思います。だから、ノンフィクションも作品化された時点ではフィクションなんですよ。

ただ、私の場合は、そこに出てくる人がみんな架空の人物ということです。架空の人物が動く嘘の世界です。『ナニカアル』は林芙美子をモデルにした小説ですが、それでも「林芙美子的な人物」を想像して書いているんだ、と私は思って書きました。

それから、「現実の事件を使って小説を書いている」とよく言われるんですが、そんなこともありません。また、「社会派」と呼ばれてもいるようですが、私としては「社会派」のつもりもありません。そもそも、社会派って死語っぽいと思いませんか。

――桐野さんは「知の濫費」というエッセイ(『白蛇教異端審問』所収)で「作り手が時間と労力をかけて作ったものを軽んじるうちに、誰も作り手になろうとしなくなる時代が来るかもしれない。私はそれを恐れる」ということを書いておられました。

SlowNewsは調査報道・ノンフィクションに特化したサービスなのですが、時間と労力をかけた良質な作品を選りすぐって提供しようという目的を持って展開していて、まさに共感するところがありました。

桐野 今は、何にでも「コスパ」が重要視されていますけど、この流れは手をかけて作るものの価値や文化を衰退させます。だから、SlowNewsは取材や調査に時間と労力をかけた作品をたくさん収録して、読まれた分だけ出版社や著者にお金がきちんと還元されるサービスはとても大切なことだと思います。

サービスの中には読みたいと思うものがけっこうあって魅力的ですね。私も会員になろうと思います。

――ありがとうございます。現在、SlowNewsに書籍を出展くださっている出版社の数は8社で、スタート時の5社から少しずつ増えてきています。桐野さんからそう言っていただけると、強い味方を得た気持ちになります。

桐野 「調査報道を次世代にどう残すか」という危機感に対し、出版社が賛同してこのサービスに良質なノンフィクション作品を提供しているんですね。各社が同じ危機感を持って参加しているSlowNewsの取り組みは新しいですし、調査報道や良質なノンフィクションに対してきちんと対価を払うサービスを形作っていくというのは、世界的な流れかもしれない。

多様性を知っていたら、人のことは簡単には括れないはず

――作品ジャンルで言うと、桐野さんがペンクラブ会長就任の記者会見の際に触れていた「ジェンダー」についての記事や書籍がよく読まれてもいるんです。

桐野 理論武装したい、という時代の流れもあるかもしれませんね。私たちの時代には、まだ「ジェンダー」という言葉もありませんでしたが、もともとはウーマンリブからはじまって、今はジェンダーという、いろんなものを包括した視点になりました。

ちょうどSlowNewsでも読めるようになっている『女性はなぜ活躍できないのか』には、著者の大沢真知子さんと私の対談も収録されていますが、「なぜ女性が正社員になれないのか」「なぜ女性は貧困に陥りやすいのか」、こういったジェンダーの問題は産業構造や経済構造をしっかりと分析した上で解決策が導かれるべきです。大沢さんは経済学者ですので、アカデミックな立場から、綿密な分析をされています。

――ペンクラブには女性作家委員会があって、桐野さんご自身も積極的に関わってらっしゃるんですよね。

桐野 以前、「作家が自作を語る」というイベントが女性作家委員会の主催で開かれていました。今回はもっと対象を広げて、作家に限らず、いろんな仕事をしている方が、自分の仕事について語るのは面白いんじゃないか、ということで、「作家と仕事」というシリーズを立ち上げました。

124日のイベントでは、アフガニスタンから帰国したばかりの「国境なき医師団」の白川優子さんと、映像ジャーナリストの金本麻理子さんのお話を伺います。金本さんは、シリア難民を描いた優れたドキュメンタリーを作り、賞もお取りになった方です。

難民の状況を二人がお話してくれないかな、ということで私が司会します。

――いま、そもそも作家やジャーナリストが取材の成果を発表する場所が少なくなっている問題があります。SlowNewsは「書ける場所」としても認知を広げていきたいと思っているのですが、こうした作家が自由に取材できない、発表できない現状についてどう思われますか?

桐野 とにかく雑誌の数が減って、発表媒体が少なくなっている。ということは、お金も時間もかかる、調査報道を主体にした良質なノンフィクション作品が発表できる場が少なくなっているということですね。これも先ほど話した「コスパ」文化の産んだ負の部分だと思います。

私は、子どもの頃、両親と祖母、兄と弟の6人家族で暮らしていたのですが、みんなそれぞれの読み物や雑誌がありました。祖母の『短歌研究』、父の『文藝春秋』、兄の『螢雪時代』に、母の『主婦の友』、弟の『幼稚園時代』とか。それらを勝手に読み散らかしてきたんです。そのように当たり前のようにあった紙媒体は、まさに多様性を表してますよね。それぞれの年齢の人がどんなことに興味を持っているのか、雑然とある本や雑誌の中で暮らして、何かを培われてきたように思います。

今は、みんなスマホで自分の好きなものを読んで、自分の世界を掘り下げることしかしないから、他人の好きなものへの想像力を失っているでしょうね。

――親の本棚にある本を背伸びして取り出して、読んだりしましたよね。

桐野 そう。今、多様性ということが盛んに言われてますが、本当の多様性じゃないですよね。人を簡単に括ってしまうことも、実は反している。例えば私が「社会派」と括られることも同じです。多様性を知っていたら、人のことは簡単には括れないはずです。

――文化人類学を研究するフィールドワーカーへの支援なども積極的に取り組んでいき、異文化への寛容、理解を促すような記事も発信できるようにしたいと思っています。

桐野 私が現在会長を務めている日本ペンクラブが持つ問題意識、解決していきたいものには、SlowNewsの理念と重ねる部分があるように思います。お互いに、出版社、作家・ジャーナリスト、そして読書文化を愛する人たちにとって良い循環を生み出せるようにしたいですね。

写真=山本倫子

取材・構成=吉田千亜

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