「すべての失敗は、ヒューマンエラーから起こる」
六本木ヒルズの回転扉事故やJALの連続トラブルなど、具体的な失敗例をもとに、危機回避の要諦と方法を説く実践書

1講 想定され得ることは必ず起こる

六本木ヒルズの大型回転ドア事故

【六本木ヒルズ・回転ドア死亡事故の概要】

 二〇〇四年三月二六日、六本木ヒルズの森タワーで、大阪府吹田市に住む六歳の男の子が自動回転ドアに挟まれて死亡。家族と一緒に観光で訪れていた男の子は当初、母親と手をつないで歩いていた。しかし、ドアに近づくと手を離して走り出し、回転ドアの閉まる側の柱の前に設置してある、飛び込み防止用の高さ約八〇センチのポール二本に赤いベルトを渡した安全柵の左側をすり抜けて回転ドア内に一人で進入。その際、閉まりかかったドアに強く頭を挟まれた。

 回転ドアには足元に赤外線センサーが設置されていたが、男の子が前傾姿勢でドアに入ってきたので感知することができなかった。また、地上から八〇センチより上の障害物を感知する天井部に設けられた赤外線センサーは設定が変えられており、身長一一七センチの男の子が進入したときにやはり機能しなかった。

 森タワーでは、前年にも二歳の女児が足首を挟まれ軽傷を負ったり、六歳の女児が頭を挟まれて打撲傷を負うなど同様の事故が相次いでいた。また、回転ドアにおける同種の事故は他所でも起こっていたが、そのことを把握しているにもかかわらず「効果的な対策を怠っていた」として、東京地検は管理者の森ビルとメーカーの三和タジマの関係者を業務上過失致死の容疑で起訴。裁判の結果、両社の関係者三人が有罪判決を受けている。

人気スポットでの死亡事故

 大型自動回転ドアの事故は、二〇〇三年の四月に華々しく開業した六本木ヒルズの象徴でもある五四階建ての森タワーで起こりました。「新しい人気スポットで起こった」ということもあって世間の注目度も高く、事故のことは連日のように新聞やテレビなどで大きく扱われたのは周知のとおりです。

 また、この事故が発生した後、各報道機関が独自に取材を進めた結果、回転ドアを巡る事故が全国で多々発生していることもわかりました。この事実は、日常的に回転ドアを利用している多くの人、回転ドアを設置しているビルの管理者の双方に大きなショックを与えました。

 この事故をきっかけにして、回転ドアの安全性そのものを改めて見直す動きが全国に広がったのもそのためです。ほとんどの自動回転ドアで、一時的に運転を中止したり、警備員を配して運転を行うなどの緊急措置がとられました。一方、行政もすぐに動き出して、監督官庁である国土交通省とメーカーを所管する経済産業省は専門家による「自動回転ドアの事故防止対策に関する検討会」を合同で設置しました。ここでまとめた事故の再発防止のための安全指針を受けて経済産業省が「自動回転ドアの事故防止対策に関するガイドライン」を発表したのは、事故からわずか三ヵ月後の二〇〇四年六月二九日のことです。

 当時、建築基準法には回転ドアの安全基準自体ありませんでした。回転ドアの安全対策は事実上、メーカーやビル管理者などに任されていたのです。そのことが事故を機に大きな問題になりました。「早急に改善しなければいけない」ということで、行政としては異例とも思える素早い対応を行ったのです。

 じつは当時、私はこの事故に深く関わる立場でした。といっても、国土交通省と経済産業省が設置した「自動回転ドアの事故防止対策に関する検討会」に参加したのではありません。事故後、知人を介して、事故の当事者である森ビルへのアドバイスを求められたのです。そして、そのことがきっかけとなって、最終的に「ドアプロジェクト」をち上げることになりました。

「ドアプロジェクト」とは?

 ドアプロジェクトというのは、いわゆる事故調査委員会(事故調)のような事故の原因究明を目的にしたプロジェクトです。

 ただし一般の事故調と違うのは、役所などの公的機関や特定の企業を主体としていない点です。私が中心になって事故から二ヵ月ほど経った〇四年五月末に発足し、約一年間続いた活動はプロジェクトに賛同する人たちの手弁当による協力によって支えられていました。どこからも何の制約も受けずに好き勝手に活動を行った、いわば「勝手連事故調」のようなものです。

 私はこれまで公的機関を主体とする数多くの事故調に参加した経験があります。そこでいつも感じていたのは次のような問題でした。一般的な事故調は、背後で必ず警察・検察が責任追及を行うべく控えています。そのことで当事者から真相解明に必要な情報が思うように得られないのです。また、お役所仕事特有の厳密さが要求されるという特徴もあり、委員会の中で事故原因の真相に迫る議論が行われても明確な根拠のない見方は決して採用されません。そのため最終報告書には誰もが納得できる無難な見方しか示されず、せっかくの調査が事故の再発防止にまったく役立てられないことが多かったのです(図11

 そこでドアプロジェクトを起ち上げるに際しては、これまでの反省を生かすことを心がけました。本当の意味で事故の原因究明をするには、国や企業など特定の人たちの意に影響されない独立した第三者によって、「責任追及のための調査」ではない「原因究明のための科学的調査」が行われるのが理想です。私はこれを「勝手連」であるドアプロジェクトの場で実現しようと思ったのです(図12

 その際、回転ドアに限定せず、間口を広げて「ドアに潜む危険を調べる」としたことで、趣旨を理解した多くの人や企業から協力を得ることができました。また、責任追及ではなく純粋に原因究明を目的としたことで、事故の当事者の森ビル、のちには事故機のメーカーである田島順三製作所からも積極的な協力を得ることができたのです。事故の当事者が社会的責任を果たすべくプロジェクトに加わった意義は大きく、核心に迫る情報の提供が受けられたことで、事故の直接原因だけでなく背景にある様々な原因にまで迫ることができました。

 この勝手連事故調に参加したメンバーの多くは、ドアに関係する企業。ざっと名前をあげると、事故の当事者である森ビルや田島順三製作所のほかに、日産自動車、JR東日本、小松製作所、東芝エレベータ、ナブテスコ、東洋シヤッター、森精機製作所、リョービ、ファーストテクノロジー、日本キスラー、新川電機などです。これらの企業の協力を得て、回転ドアに限定することなくスライドドア、エレベーターのドア、シャッター、電車や新幹線のドア、自動車のドア、それに事務所のドア、家庭にもあるアルミサッシの引き戸などドア全般に関する調査を行ったのです。

 調査の狙いは、ドアに挟まれるのはどのくらい危険なのか科学的に明らかにすることでした。そのためセンサーやダミー人形を使ってドアに挟まれたときの力や挟まれたときに起こる現象を観察する実験を繰り返しました(写真11。次に示した図(図13は、一連の実験結果を簡単にまとめたものです。これによると、センサーを挟んで測った力の大きさの比較で、自動回転ドアの挟み力が他のドアとは比べものにならないくらいに大きいことがわかりました。

 一般的に子どもの頭は一〇〇〇N(ニュートン)、大人の頭でも二〇〇〇Nの力を受けると致命傷を負うと考えられています。単純に数字だけで判断すると、自動回転ドアは「殺人機械」と呼ばれてもおかしくない、極めて危険性の高い代物だったのです。一方、同じ自動のドアでも、エレベーターのドアやビルや店の玄関などに使われているスライドドアは極めて安全性が高いことがこれらのデータからわかります。

 これは電車のドアや自動車のドアにもいえることですが、一般的に自動のドアは手動のものに比べてはるかに安全につくられています。手動よりも自動のほうが発生する挟み力が大きいのは、見た目の美しさや耐風圧強度を求めて自重を大きくした回転ドアだけです。他のドアは手動よりも自動のほうがはるかに安全です。その中でもエレベーターのドアやスライドドアは別格で、これらのドアは長い技術の蓄積によって安全が確保されていることが一連の実験からも確認できました。

 ドアプロジェクトの活動では、様々なドアにおける実験を通じてこれ以外にも多くの新しい知見を得ることができました。それらはドアという狭い世界に限定されるものではなく、安全対策を考えるうえで他の分野でも重要なヒントになり得るものです。ドアプロジェクトの実験の様子やそこで得られた知見については、拙著『危険学のすすめ──ドアプロジェクトに学ぶ』(講談社)に詳しく記しています。興味のある方は、ぜひそちらを読んでください。

子どもには好奇心がある

 ここでは、私がドアプロジェクトの活動を通じて新たに学んだことをいくつか取り上げたいと思います。一つ目は、「子どもには好奇心がある」ということです。「子どもには好奇心がある」と言うと、「なに当たり前のことを言ってるんだ」と思われるかもしれませんが、じつは子どもがよく利用する器具などでも、そのことを前提とした安全対策を講じないでつくられているものが、意外に多いのです。

 本講冒頭の事故の概要にもあるように、六本木ヒルズの事故は母親の一瞬のすきを突くような形で起こりました。当時、回転ドアの閉まる側の柱の前には、飛び込み防止用の、高さ約八〇センチのポール二本に赤いベルトを渡した安全柵が置かれていました。回転ドアに近づいたとき、男の子は母親とつないでいた手を離し、この安全柵の左側をすり抜けて回転ドア内に入り、閉まりかかったドアに頭が挟まれてしまいました。

 この回転ドアには、安全装置として足元と天井部に赤外線センサーが設置されていました。事故のときは、男の子が前傾姿勢でドアに入ってきたため、足元のセンサーはたまたま感知することができませんでした。一方、天井部にも地上から八〇センチより上の障害物を感知するセンサーがありましたが、こちらは設定が変えられており、身長一一七センチの男の子が進入したときにはやはり機能しませんでした。つまり、この事故は回転ドアに付いているセンサーがうまく機能しなかったことが原因で起こったものなのです。

 事故後、母親が手を離した直後に事故が起こったという状況から、「親の不注意も大きいのではないか」という声もあがりました。これはまさしく正論です。しかし、正論であっても私はこの見方が正しいとは思いません。クルマがビュンビュン行き交う大通りならいざ知らず、そもそも回転ドアが殺傷能力を持っているということが、世の中の共通の認識になっていたわけではありません。そうした状況では、多くの子どもが出入りする人気スポットに殺傷能力を持つ回転ドアが設置されていることが根本的に間違いだったと言わざるを得ません。

 子どもには好奇心があります。珍しいものがあれば、少々危険な場所にも平気で突っ込んでいきます。そのことを私は、ドアプロジェクトのメンバーでもあった緑園こどもクリニック院長の山中龍宏さんから教わりました。山中さんは、日本では数少ない子どもの事故を専門にしている小児科医です。

 山中さんによれば、日本では一九六〇年から、子どもの死亡原因の第一位は病気ではなく「不慮の事故」だということです。こうした事故の多くは子どもの強い好奇心から引き起こされます。たとえば、子どもは目の前で透明できれいなドアが回転しているのを見たら、周りのことなど気にせずに一直線に入ってみたくなるものなのです。あるいはガラス越しに見える別のものに反応して、ドアが閉まりかかっていることなどおかまいなしに一秒でも早くその場所に行こうとするかもしれません。子どものこうした衝動を周りが制御することは、非常に難しいことです。

 もちろん、わが子を危険から守るのは親の責務です。被害者の母親も含めて、ほとんどの親はわが子のことを常に気にしています。しかし、いくら注意して見ていても、衝動的に動き出されるとすぐには対処できないこともあります。まして精神的に未熟な子どもがこの種の衝動を自分自身で制御できるわけはありません。そうなると一瞬のすきを突く形で起こる事故は、親がいくら注意したところで完璧には避けることはできないのです。

 つまり、安全対策を機械を使用する側の「個人の自覚」に頼る考え方には無理があるのです。責任はやはりつくり手が負うべきなのです。そのためにもまず、子どもの行動パターンを理解し、予想外の行動にも対処できる機械を設計するのが一番です。それにはまず、子どもがどのようなものに好奇心を示し、どのような反応を示すかを把握することから始めなくてはいけません。

 山中さんは、「事故サーベイランスプロジェクト」を起ち上げ、子どもの事故の実態を把握するためのサーベイランスシステムの実現に向けて尽力しています。サーベイランスシステムというのは、医療機関などと連携して有用な情報を継続的に集め、これを事故防止に役立てるという制度です。欧米ではすでに一部の国で一九九〇年代後半からこうした制度の運用を始めており、一定の成果をあげています。

 子どもがどのようなことに興味があるのかを知るには、現実にどのような事故が起こっているかを調べるのが一番です。これは全国の医療機関の協力なしにはできないことなのでたいへんな作業です。しかし、こうした努力なしには、四〇年以上も続いている「不慮の事故」が子どもの死亡原因の第一位であるという状況をなかなか変えることはできないのではないでしょうか。

 二〇〇六年七月には埼玉県ふじみ野市の市営プールで、プールの吸水口に小学二年生の女の子が吸い込まれて亡くなるという痛ましい事故が起きました。じつは吸水口に子どもが吸い込まれる事故は過去何度も起きています。そのたびに管理の不備が指摘されますが、結局ひとつひとつの事故の経験が孤立して存在するために、知識として次の事故防止に役に立つ社会の共有財産になっていないのが現状なのです。

第1講 想定され得ることは必ず起こる 六本木ヒルズの大型回転ドア事故(2)

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